第四節 狂宴の支配者。
夜会に設定される時間は、長居をする客もいれば、ご機嫌伺いで短時間を過ごす客もいる。
紳士淑女、家人、主催者側の行き来が波のように、満ち引きを繰り返す。
広過ぎる正面玄関の間口は、隙だらけの
「あのォ、隊長? 先程、会場で音がしましたけどォ、行かなくて大丈夫ですかァ?」
「
特に必要は無い」
「その伯爵様も、追い返しちゃいましたけどォ」
その
若い割に年中顔色が悪い、痩身男性の『ヴェルゲイン=ロッサイス』が、語り掛ける長身の相手は、
先程も、覗き魔にペイント弾を
「そんな事よりィ、良いんですか? エフエオフイの案件を、民間の交渉団体に取られたままでェ。
あんなの民間で解決出来る規模じゃないでしょ」
「好きにさせろ。どうせ、半年も
「そんなの面倒ですゥ。何ならボクに任せて下さいよォ。
民間団体ごと〝お掃除〟しますからァ。……アハハァ」
〝青の屋敷〟の明度も届かない、ヴェルゲインの心根の闇は、生み出した惨事を想像し、熱を帯びる様に集中する。
「恩着せがましく動いた方が、色々と美味しいだろう」
「ァアははァ。さすが隊長ォ」
ヴェルゲインの言い様や変化に、特に気を留める事もせず、ロゼルは虚空を見上げる。
口元の
「こんな時は、
「……隊長。見栄を張ってどォするんですか。大体、
それに、ここは禁煙ですよォ」
黙るしか無くなったロゼルは、無色無害な溜め息を
○●○
家人や給仕達が、自らの役割を果たす最小限の物音が、やけに大きく響く。
騒動の中心に現れた、典型的な老紳士は夜会の主催者。
フォーヴハンス=ウェリエ=ゲーネファーラ伯爵が、無残に荒らされた会場を受け、招待客から発生する様々な視線を跳ね返し、たっぷりと時間を掛けて
「フレンヴェイリ=ハーネヴェリア。
私の親愛なる大切な客人達に、不安を与えたばかりか、尊い生命の
何と罪深き所業だろうか」
今も根強い人気を集め続ける、老練の美しさを保つ伯爵の顔が、悲壮に曇る。
「外圏の物を並べて、媚びやがって。
「ジルの帰還を祝う席でもあるが、来期に向け導入を検討する外来種の品評会でもある。
『ロ=ダの所長様』より指南して頂いた品々もあったのだが、上手く説明が伝わらなかったようだね」
ロ=ダの所長。
この呼称を耳にした者は皆、息を飲み事の重大さに身を
公式経済圏で取り引きされる通貨は〝ロダ〟。単位の全ては、ロ=ダに
国家機関よりも、統制機関の役割を負う、第一級を冠する経済海里。
その所長となると、存在の噂に触れる機会さえ
「ロ=ダの名を出したからと言って、私が退くとでも思ったのか。罪深いのは、お前の方だろう!」
「何よりの大罪は、主役の僕よりも目立ってくれた事ですよ」
別方向からの一言に、
ハーネヴェリアの
真っ先に目を奪われるのは、深紅のドレス。
ジルハイン=コーフ=ヘーネデューカは、荒れ果てた雰囲気の中、威風堂々と会場入りした。
「出迎えも少ないと思ったら、こんな事に。
君の上にあるシャンデリアでも落とそうか、君の背後にある大窓を蹴破って、お客人の視線を集めようか、思案していたのです。
〝その前に、お前の
「うふふ。
さらりと恐ろしい冗談を言ったプリヴェールは、ヒールも手伝い夫のジルよりも背丈が高い。
言葉とは裏腹に、プリヴェールの敬う思いは、余す事なく最愛の夫に向けられ、やや低く甘い声を注ぐ。
その背後には意外な事に、
「〝雛鳥の巣立ち〟を
私の庭に入るのは、まだ早かったようだね。
この事は
笑みの中に厳しさを
○●○
速やかに会場の案内は滞りなく済み、騒ぎの前に時間が巻き戻る感覚に包まれるのは、生きる高級宝飾が行き交う、許される者のみに与えられる、楽の音が寄り添う至高の歓談の場。
不始末を詫びて回るのは、〝青の屋敷〟の主・ゲーネファーラ伯爵と跡継ぎ夫妻。挨拶回りも一段落ついた頃。伯爵は、お仕着せの少年達と、何やら話を弾ませている。
「伯爵、眼鏡の仕上がりは間に合ったんですね」
「おお、旋君。気付いてくれたかね。右側が『リラージ』、左側が『ジャン=ジャック』の足型なんだよ」
伯爵の犬好き、馬好きは有名な話だ。愛犬二頭は、軍用犬にも登用される二種の短毛の大型犬種。
可能な限り伯爵が常に連れ歩き、愛犬達もまた、伯爵以外には数名を除き触れさせず、近付こうものなら無視を決めるか、牙を剥く。
馬に至っては数年前。
リュリオン競馬史上無敗の
「旋君達も、とても良く似合っているよ。
ご養父達も、
「嫌だな~、伯爵。
まるで死んでるような言い方ですよ」
「おや? 言われてみれば。これは一本取られたな」
律は、正直羨ましかった。
伯爵だけに止まらず、ロゼルとシグナの会話にも度々挟まれる、的外し会話の応酬にも、律は何度も腹の中で、封じ込めの独白を吐いたか数知れず。
そんな、会話の消化不良を起こす律を構わずに、やり取りは続く。
「うむ。これは、後世に残さねばなるまい。
旋君達の姿を、画像ルームにアップさせてくれんかね」
「駄目ですって。伯爵でも問題になりますから」
「私も、閲覧数を伸ばしたい。
プリムのルームは盛況だと聞く。私も味わいたい。
ちやほやされたいのだよ」
「プリムちゃんは、確かに人気ルームの主です。
更新すると、あっという間に、三億くらいの閲覧が付きますから。
でも駄目です。
また、お小言を食らっちゃいますよ?」
「そう、それだよ。最近、あの子は冷たいと思わんかね。
先程も、この眼鏡を自慢しに行ったら、無言で睨まれてねェ」
「またそんな。仕事の邪魔をした伯爵が悪いです」
「何と。私に非があると?」
援軍の調達に失敗したゲーネファーラは、シグナの姿を認めて呼び止める。
「時に、長官。
サンローアで出される、例の紅茶。次の機会はいつ頃ですかな?」
「そればかりは、ご勘弁を」
「非常識とは考慮の上。
こちらの対価で、手を打って頂けませんか」
伯爵は、手に取ったケータイを操作し画面を向けると、シグナは、最上級の一礼と共に口を割った。
「残念ながら、今期の入荷は御座いませんが、直接『グランツ』に掛け合います。
あいつの名を出せば、秘蔵のキルシュヴァッサーも差し出す事でしょう」
「それは至悦の極み。ささ、お受け取り下さい」
「痛み入ります。伯爵」
彼らは見た。
受け取った情報を落としたケータイを胸に伏せ、極上の美丈夫が、大満足に
場所も忘れたシグナが、夢見心地に浸る情報の内容は、愛猫・スサに向ける甘い
リラージとジャン=ジャック、スサと共に隙だらけで
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