第三節 捧ぐ居場所。
ホゼカには、ランテナと呼ばれる特別区域がある。
その中にあって、最も古く広大な敷地を
同じ文字が名前に入り、密かに親近感を持つ
何とか一波乱をやり過ごし、邪魔にならない位置で休憩を取りつつ、
「
着いて早々、引き離されちゃうなんてさ。〝雛鳥の巣立ち〟済ませてないからって、油断した~」
「
「意外だったのは、真っ先に
「
「そうだった~……。あ! 美味しそ~。
あれって、おれ達も食べて良いんだよな?」
「大丈夫だと思うよ。
給仕さんに言えば、取り分けて……」
「すみませ~ん、それ下さい。えっと、隣りのも!」
都長は既に、白いクロスに立食形式で並ぶ、目にも鮮やかな細工やクラームス、果実に彩られる菓子の波間に飲まれていた。
「なァ、今、花を食った?」
「うん。あ、凄い。この香り」
「蜜の芳香だよ。外圏種だけど、ジルさんが交渉で集めて来た食材の一つ。
どう? 気に入った?」
取り分けてくれた、給仕からの説明だと思っていた青一郎は、別方向からの聞き覚えがある声を探し当てたものの、姿を符合させるまでの時間を要した。
そこには、お仕着せに身を整える、
「こんばんは~。在純君、都長君」
「確か、八住さんでしたよね」
「覚えてくれたんだ、ありがとう」
「在純、知り合い?」
不躾にならない調子で都長が尋ねると、先日、中間考査欠席に伴い、
との青一郎の説明に、大いに納得した都長が改めて名乗り、挨拶を済ませる。
大量の課題を受け取った、その時の士紅の様子が気になった二人が、質問しようとする頃合いだった。
前触れなく。
上質で穏やかな照明で満たされる、回廊を含めた一角から、紳士淑女の悲鳴や驚きの声、様々な質感が激しく接触し、砕け散る音が重なる波が響き渡る。
現場で突如起きた、小さな喧噪地帯を示す中心には、騒ぎを起こした張本人と、小揺るぎもせずに見据える少年が立つ。
「お止め下さい。ハーネヴェリア様」
若い男子の声に、現状に臆さず発言する芯を通し、八住
「お前は確か、ウチの庭球部にいる、八住の似てない弟だよな。
小虫の分際で、何故こんな所に紛れてんだ?」
傲慢と傲岸を重ねても、足りない雰囲気と容姿を持つ相手は、律を認めて口を動かしながら、高価な靴で下にある物を踏みにじる。
仕上げた老舗の店も、泣くに違いない。
立食も兼ね、試食品評会でもある品々が、原型を留める力を失っている。
手織りの
「応えて頂くのは、そちらの方です。これ以上の暴挙を、見過ごす訳には参りません」
「なるほど~! 誰かの小姓として入ったのか。
飼い主とはぐれたのなら、今すぐ私の相手をしろよ。
前から気になっていた所だ。綺麗な
質だけは高級な夜会用の手袋に包んだ指を、律に向けて伸びる欲望の先端の前に、黒を
「
場所を考えて頂きたい」
品格も最上級の客層、迎え入れる場所も楽の音も、人としての興味を満たす舞台と化した劇場に、旋を追って来た青一郎と都長は、騒動に引き寄せられた仲間と次々と合流した。
「
「だ、駄目なんですか~?」
「そうじゃ無いけれど、あの貴族先輩が、何を言い出すのかが怖いんだよ」
「フレンヴェイリ=ハーネヴェリアじゃねェか」
「やっぱ、来とったんかい」
「では、彼が
すみません、八住さんの前で失礼な事を」
「善いよ、大丈夫、平気だってば。あの貴族先輩が来てから、第一部の奴らが益々調子に乗り出して、うんざりして居るんだから」
「済みません、廻兄さん」
「
「おいおい、勝手な事をするな。
それとも、こっちの美形の似てない兄さんが相手をしてくれるのか? 別に良いが本当に、お前らの
美形の戦災孤児を並べて引き取って、目的は私達と同じか?」
廻に変化は無いが、判る者にしか
「私が知っていて意外そうだな。お前達は、私達の間では有名だ。
それにしても、青年から少年まで囲うとは恐れ入った。
あの、お澄まし伯爵も仲間に入っているのか?」
色欲と下世話で埋め尽くされ、
「もう嫌だ、あの貴族先輩。
どうしてくれるんだよ、廻が本気で怒ってるよ」
喧噪の中、渦中の二名の会話は聞き取り
「あの、止めないんですか」
「無理です。
本気で怒る廻兄さんは、俺達でも止められません」
退避して来た律が、流れで青一郎の進言を封じる。
「お律ちゃ~ん、勘弁してよ。
あの貴族先輩には、近寄るなって言ったでしょうが」
「……済みませんでした」
「偉い! 言い訳なら、後でお兄ちゃんが聞いてあげるから、皆を安全な所へ誘導するよ」
「はいっ」
即座に気を持ち直した律が、使命感を込めた返事をした頃、ハーネヴェリアは手近な八つ当たり対象へ、自らの感情をぶつけ再び聞き苦しい和音を奏でていたのだが。
「廻君、落ち着きなさい」
極上の風貌で視覚を
シグナが推参する。
「他の誰かに曲解されたとして、穢される御養父では無いだろう。
真なる姿は、君の中に刻まれて居るはず。それでは不満か」
「……申し訳御座いませんでした」
「
まずは、伯爵に詫びよ。追って君の師より、処断を受けるが善い」
「承知致しました」
場を取り上げられたハーネヴェリアが面白い訳もなく、使い古された
廻は、シグナの指示に従い退席する。
「勝手な事をするなよ、この〝
静まり返っていた観客も、ハーネヴェリアの一言に反応を波立たせる。
「今の地位を手に入れたのは、その綺麗な顔と身体で手に入れたって話は有名だもんなァ、おい」
「相手から言い寄って来るだけだ。私とて相手は選ぶ。
その手の噂は私も知る所だが、己の器量も
もっと私を動揺させてくれ」
ハーネヴェリアは、鼻白んだ。
「貴族先輩、どこまで愚かなんだ。
君達も気を付けなよ? あの銀髪の長身は、偉いさんじゃ無くて〝ど偉いさん〟だからね」
旋の、内容とは真反対の軽い口調の説明に、青一郎達はどの顔を表せば正解なのかが分からないまま、状況は刻々と過ぎる。
シグナの独演場に染まりながら。
「君が誇る生まれが、高みの価値があろうと、君程度の誉れと、私が手に入れた居場所と一緒にして貰っては不快だ。
生命を代償にしようが、尽き底果てる事の無い愉楽を捧げたとして、あいつの隣に立てる機会など得らぬわ」
八住兄弟を押し退け、今や主演を張るシグナの演目に、楽しげな合いの手を入れる客が現れる。
「おやおや、愉快な舞台ですね。私も混ぜて頂こうかな?」
ロマンスグレーの老紳士が、眼鏡越しに浮かべる聡明な笑みを絶やさず、
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