第二節 火と油。
年令不詳の〝マーレーンの魔女〟は、相手の思いなど
しかし、今も続く異音が横槍となって気は
「まずは、部長の
整列をしていた訳ではないが、偶然にも近くにいた
ルブーレンの大貴族、ゲーネファーラの
「フレク=ラーイン様、お手ずから?」
この
「あら、そんなに身構えないで。
どうぞ、副部長の
「恐縮ではございますが、何故、我々に?」
メディンサリならいざ知らず、リュリオンの御曹子と言えども例外ではなかった。
ルブーレンの社交界事情を知るが故に、不安を
「明後日、夫のジルハイン=コーフ=ヘーネデューカが、長期出張から戻りますのよ。
親族と近い関係者が集まる、小規模な夜会なの。
どうぞ、
「……痛み入ります」
「小規模な訳がないやろが。
天下のゲーネファーラを支える、次世代を囲う夜会やぞ。
ワシらが行っても笑われるだけじゃ」
「おれだって、こんな話は祖父からも聞いてないってのッ」
「ご心配なく。
どうぞ、千丸様。
メディンサリ様」
少年達の密談を、しっかり
「我々が招待されるのは、どう考えても不自然です。
それに、コーフ=ヘーネデューカ伯爵が戻られるのは、四年後だと祖父より聞き
「あら、さすがですわね。
でも、お忘れにならないで。情勢は常に一定ではなくてよ? ゲーネファーラが、招待客を見誤る事はありません。
はい、
最後になってしまいましたが、
「身に余る栄誉でございます」
「お手ずから、光栄です。お気遣い、ありがとうございます」
蓮蔵、都長も
「あの、プリヴェール様」
「はい。何かしら、在純様」
「
「別の用件があるからと、断られたの」
「冗談でしょう!? ゲーネファーラの招待を断るって、あいつ何を考えてるんだよ~」
「あり得ねェ……。おれン
都長とメディンサリが背中に冷や汗を感じる中、プリヴェールは
「士紅に、社交界の常識は通じませんし、縛れませんわ」
妖艶と幼い清楚を使い分ける女性の
その代表格の昂ノ介に、プリヴェールは意地悪く指摘した。
「うふふ。そんなに気になる?」
「……!? 失礼致しました」
「よろしくてよ。異国の言葉で小言。確かに珍しい姿でしょうから」
「う~ん。何をしたんですか? 丹布」
都長の率直な質問に、
「詳しい流れは言えませんが、士紅が貴族と揉めて、
「うわ……ァ。何やらかしたんだよ、あいつ」
貴族が、どれ程に面倒な思考と言動で構成されるか、身に染みて実感するメディンサリは、心の声が表に
「内容が内容でしたので、シグナ様のお耳に入れたら、この
士紅には、悪い事をしたわ」
「大変な事態になっているのでは? プリヴェール様の所まで話が行ってしまうような貴族と揉めるなんて」
「在純様は、お優しいのね。大丈夫です。
相手は黙らせましたし、士紅は説教で済みそうですから」
日傘の下でも、
「そうそう、都長様。
営業前に招待して下さった新しい保養所、とても心地好かったです。
裸で過ごす南洋の世界に包まれる体験なんて、素晴らしい発想ですわ。
宿泊施設の構造も、他の利用者と出会う事もなくて、あの開放感は
今度、『
まずは、発案者の都長様に、お礼が言えて良かったわ」
「え? いや、その~。
母に聞かれて、その場で思い付いた事を、考えずに答えてしまったんです。まさか実行するなんて驚いちゃって。
でも、嬉しいです。開放感って大事だと思いますし」
「そうね。
また、母や友人を誘って、予約を入れますわ」
「あ、ありがとうございます~!」
都長の表情に、盛夏の
家業の利益より、利用者の思いに応えられた喜びに満ちる、明るく真っ直ぐで、分け隔てなく照らす
開花した年令相応の表情に、プリヴェールは思わず本音を表現する。
「まあ、素敵な向日葵の笑顔。
夏用の薄い手袋越しだが、プリヴェールの手は都長のふわふわの頭髪に触れ、ヒールも手伝い、女性の割に背が高い目線を、都長に寄せる。
間近で
だが、無情な反応が都長に訪れた。
小さいが、鼻筋が通る奥底で、何かが重力に従って導かれる。
当の都長が気付いて動く前に、その鼻先を音も無く白い指先で
「ふお?
「間に合って善かった。のぼせたか?」
「おっと、都長君、処置しますね。
丹布君、そのままでお願いします」
深歳が、素早く携帯用の救急箱を取り出すと、都長の
「都長の鼻粘膜の弱さは、お母さん譲りだな」
「な、何で丹布が知ってんのさ~」
「何年か前に、シグナを見て鼻血を出して
「……嘘でしょ? そんな事があったの?」
「ルブーレンの王立劇場。
五年前の冬だったな」
シグナも説教を切り上げ、会話に合流した。
目上の相手に対し、失態を重ね恐縮する都長が、更に心身が縮む思いに埋没する。
しかし、徐々に話の内容が変質する兆しを放つのは、明らかな不快を込める貴夫人の声だっだ。
「異様な外圏の大男に驚かれての事でしょうね。
保子様も、お気の毒に。魔性の容姿も考え物ですわね」
「ゲーネファーラ伯爵家の跡取りとは言え、
「あら、そうかしら。
物欲しそうな目で、士紅を追う貴方の視線こそ穢らわしくてよ。
「勝手な事を言わないで頂こうか。
姫君の方こそ、士紅に近付き過ぎです。今日も、足だの背中だの露出する衣装で、士紅と言わず、彼らも誘引するつもりでは無いのかね」
確かに、プリヴェールの服は、正面から見れば白地に、
ここで感心するのが、
「貴方が、
どうして下さるの?
「私の事など、気にされる必要など御座いますまい」
「士紅だけならともかく、貴方の〝椿の紋章〟まで預からねばならない、
「預けて居るのは、ゲーネファーラだが」
「同じ事です」
過熱する舌戦に、誰も口を挟めなくなった所で、メディンサリが細く整う眉の片方を、ついつい軽く吊り上げた。
いつぞや、強化組全員によるケータイ機種変更での場面で、〝狼と鈴蘭〟を耳にしたメディンサリが起こした疑問。
今、話題に
重ねられた、現状の事実を
当時のメディンサリに、貴族としての〝丹布士紅〟の名は記憶にはない。
詰まり、違う名前で貴族としての銘と紋を負う可能性があると言う事だ。
──士紅さんの血統は、それだけ
先日の千丸邸での茶宴で出会った、九央の
余談だが、
「丹布だけじゃなく、この銀髪の大男も、そこそこの血統と地位があるって事だよなァ」
腹の内での仮説を保留にしたのは、野暮な確認を避けるためと、消化の
やがて、不毛だと気付いた極上の男女の矛先は迷わず一致し、同時に突き付けた相手は、当然の事ながら士紅だった。
「答えて
「君は、私と小娘。
どちらを深く愛して居る?」
プリヴェールとシグナと言わず、場面を共有する全員の注視を
「甘い菓子と、美味しい紅茶が飲みたいな」
全く脈絡の無い一言に、周囲は静まり返るが、心得た二つの影が動く。
「お任せなさい。夜会のために、『ヴァッサー』がルブーレンから戻って来ています。
士紅が大好きな、季節の果実を使った最高のガートを用意してよ?」
「規模が小さいのだよ。
士紅、そんな物より〝サンローア〟シユニ店に在庫の確認を取り次第、ゲーネファーラの茶葉など
芸術の範疇を越える男女は、その顔を一つ突き合わせ、翡翠と銀の火花を散らして
「これで、練習に戻れるな。
行こうか」
「ず、随分、慣れた感じだったね」
異空間に似た時間から、日常の風景の一端を取り戻してくれた雰囲気すら
「仲が悪いんだよ。プリムとシグナ。
たまに、険悪な会話で盛り上がって居る。
う~む。これは
あの剣幕を前にして、仲が善いと感想を言える士紅のズレた感覚に、一同は恐れ入る。
「丹布って、罪作りなんだね」
「私が? プリムとシグナの交渉手段に、巻き込まれて居るだけだよ」
「……本人に自覚がないとは。始末に負えんな」
部室へ向かう前の青一郎と礼衣の言葉にも、我関せずを貫く士紅の返事は、単に照れ隠しか、
手元にある破片だけでは、一枚絵を仕上げて鑑賞するには程遠く、奇妙な人脈を持つ頼もしい仲間には変わりないと、それぞれを胸に、士紅以外の強化組は貴重な招待状を保管するために、部室へと向かった。
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