第三節 魔女の介添え。




 そこには、四者四様の表情がある。

 一同は目的地の男子庭球部・屋内練習場の倉庫に着くと、引き扉を開き、直後に閉じていた。


「えっと。どうしよう。これ」

「我々で、事足りるとは思えん。事務局で相談するか、顧問の先生を探すべきだ」

「……出来れば触りたくない。ケホッ。失礼」

「典型的な隠れゴミ屋敷だな。これは凄い」


 最後の士紅だけ、何故か言葉とは裏腹に声が弾み、嬉しそうにして居る。頭の中で清掃段取りが付き演習しているように、見えなくも無い。


 そう言えば、清掃活動には自信があると話していたな。と、士紅を尻目に礼衣が考えていた矢先、閉めたはずの屋内練習場の入口が両開きし、賑やかな気配が立った。


「やはり、残っていらっしゃいましたね」

「上等上等。サッサと終わらせようかのゥ」

「そんな事言って~、手を抜くなよ~」

「こんだけいたら、作業も分散されて楽だろうよ! 

 新入生一年。蒼海学院中等科・男子硬式庭球部所属予定、レクール=メディンサリ。戦列に参加させてもらうぜ!」

「同じく、新入生一年。都長 ヨータ。入りま~す」

「同じく、繰り上がり組一年の蓮蔵 マコトです。お手伝いに上がりました」

「堅いの~、マコトは。同じく、一年の千丸 咏十。無理せず頑張ります。ってな所かの」

「お前達」


 昂ノ介が来た四人を見て、驚きの息をこぼしたのは、この場所に足を運ぶとは思えない顔触れだったからだ。

 しかも、あの騒動の後の事。少々、感動したのは伏せておきたいものだった。


「わざわざ、済まない」

「何をおっしゃいます。こんなに広い空間を、一人や二人で、どうするつもりだったのですか? 意地を張らないで、これからは我々も呼んで下さい」

「事と次第にもよるがの。何せ、無料ただで庭球が出来るのは魅力的じゃ」

「大金持ちの言葉とは、思えないな~」

「で? 何から、やりゃイイんだ?」


 口々に思いを語り、行動に移そうとする学友の勢いは、大変ありがたかったのだが、青一郎は告げなければならない事実があった。


「意気込んで来てくれたのは、その、嬉しいんだけど」


 言いながら、青一郎は倉庫の扉を開き、すぐ閉める。

 短時間で見えた惨状を、正確に把握した新参四人は、仲良く同時にうなずいた。


 どうしたものかと、青一郎が礼衣に相談しようと目を向けると、当の礼衣は、いつの間にか士紅と共に移動し、戻って来る途中だった。


「……丹布と手分けして、辺りを確認して来たが、清掃具合が酷すぎるし、倉庫を片付けるにも用具すら足りない。

 今は出したままの備品や用具を片付け、戸締まりと消灯を果たせば良い」


 今のうちに足りない清掃用品と数を確認し、帰り際に事務局へ申請しておけば、明日の放課後までには揃えてくれるはず。そう、礼衣は付け加える。

 了承の意を示す昂ノ介の視界の端で、また出入口に動きがあった。


「あれ? 誰かいる?」

「部外者が勝手に済みません。庭球部の先輩ですか?」

「うん。二年のイレイユ。最後に、そこの彼に負けた奴だよ。

 驚いた、戸締まりだけでも、しようと戻って来てみたら、……ハハッ」


 照れ笑いで誤魔化したが、あの庭球部にあって、本来の活動を念頭に置いている先輩がいた事に、腹の中で驚く面々がいる。

 その様子を察したのか、イレイユは言葉を続けた。


「その分だと、倉庫を見たんだな。庭球が出来ればそれで十分。部長は、そう言う人だから。

 シャートブラムさんは、三年生から部長を勤めている。この方針は三年間、変わっていないって事さ」


 非難と愚痴と言い訳をしているのが分かっているからか、イレイユは誰にも目を合わせず、ひとごとのようにつぶやいた。

 その姿は、庭球に対する懺悔のようでもある。だからこそ一人で、この場所に戻って来たと言えた。


「じゃ、ぼくは戸締まりをして来るから、思うようにやってくれ」

「はいはい! おれも手伝います~」

「わたしも行きます」


 イレイユに、都長と蓮蔵が続く。分担をそれぞれ決め行動に移す中、士紅がケータイを耳に添えて通話の最中だった。

 いつまでも見ていたくなる、端正な口元から語られる音律は、耳慣れぬ異郷の響き。気を取られた青一郎は、不作法だと知りながら、聞き耳を立てつつ作業を進める。


 慣れない響きだが、心地好ここちよい異国の歌劇を聴く思いで耳にしていると、不意に聞き取れる音を拾った。

 〝在純青一郎〟と。気を取られた本人は、その心境によって行動を支配され、身体や意識が士紅に向けられる。

 通話が済んだのか、モルヤンでは型遅れだと認識されている、二つ折りのケータイを畳む士紅と視線が合った。


「悪い。ケータイ使用禁止では無かったから、着信に応じてしまった」

「そんな、おれの方こそ不躾ぶしつけでゴメン。今のは、どこの言葉なの?」

「『シザーレ』って所。私は、そこから来たんだ」

「へェ、シザーレ」

「『ロスカーリア』の方が、判りやすいかな」

「何!? お前、大ロスカーリアから来たのか!」

「また、遠い所から来たんやのう」


 近くで零れ球やカゴに手を付けていた、メディンサリと千丸が、自然に会話へ加わる。


「仕事だからな」


 故意なのか、性格なのか。主語が無い士紅の一言に、彼らは無難な肉付けをして、話を進める事にした。


「親父さん、お袋さんの転勤か何かで?」

「そんな所」

「大変やのう」

「あ、さっき通話中に、おれの名前が出てたみたいなんだけど、気のせいかな」

「出した。話のついでに、草臥くたびれた面の張り替えの予約を頼んだ。心配するな。リメンザのセツト支部だよ」

「何だか、申し訳ないよ。会ったばかりなのに」

「気にするな。借りた物を、壊した私が悪いんだ。腕も落ちたからだし。続けて居ないとにぶるな」

「あれだけ動いてたのに? お前スゲーな」

「恐ろしいやっちャな」


 それぞれの手元が片付きかけた頃、戸締まりや他の作業を終えた有志が戻り出す。近い未来の部活動の先輩後輩は、情報交換をしながら屋外練習場へと移動した。




 ○●○




「我々の仮入部届けを受理しないとは、どう言う事ですか……ッ」


 昂ノ介にしては、怒気も押さえ気味に目上に対する質問を行っている場所は、明けた日の放課後における中等科の男子庭球部の選抜選手専用の部室。

 新入部員希望の八名を正面に構えて、言い放ったのは現部長で六年生のシャートブラム。


 郷里きょうり、『ルブーレン』様式の優雅なお茶の時間を主張する品々が、部活動とは不似合いな飾り机に並んでいる。

 当然、席に着いているのは、シャートブラムとお気に入りの腰巾着達だ。

 立ち姿の八名は、雰囲気に飲まれる事も無く、冷静に何の支障があるのかを口々に問う。


 現部長の返事は一言。


「昨日のような騒ぎを起こす奴が入部すれば、この先の志気に悪影響が出るのが、目に見えているからだ」


 わざとらしく、部長のシャートブラムは士紅を見据えて言い放つ。当の士紅は顔色も変えず「何故、私を見るんだ?」我が事では無いように見据え返す。

 惨めに動揺する様を見ながら、高価な『マーレーン産』の茶葉の香りを楽しもうとしたが、叶わなかったので標的を移す事にした。


「しかし、どう言う風の吹き回しだ? 再三の勧誘にも応えなかった〝リメンザの申し子達〟が揃って入部希望とはな」 

「……学生が、学校で部活動を望む事は、そこまで不思議なのですか」

「生意気だなァおい。少しでも褒めるとコレかよ!」


 思い通りに場が動かない事に苛立ち、飲み干したティーカップを乱暴にソーサーに戻した。

 有名工房の逸品が悲鳴を上げる様を、空色の瞳に映したメディンサリは、貴族然とした顔に不快感を表している。

 同時に、昂ノ介が抗議を試み一歩踏み出した所、士紅が制し進行役を買って出た。


「詰まり、私が目障りなのですね」

「昨日も、清掃と称して色々と嗅ぎ回ってくれたようだな。外圏人が」


 ようやく舞台に引きずり出せたと、部長は喜色満面。先程からの趣味の悪さも同時にさらしている事に、気付いていない。

 黙る士紅に気を良くしたのか、部長は歪んだ選民意識をも披露する。


「それで? 何か、めぼしい物は見付かったか。外圏人」


 約十年前までの政策混乱に乗じて、大量の外圏人が流入し、低所得・失業者を抱え込んだ時期の印象を揶揄やゆしているのだが、日常会話に出す内容としては品性が疑われる。

 耐えかねたのか、今度は蓮蔵が静かに参戦した。


「いくら先輩だとしても、それは無礼ではありませんか。撤回された上で、丹布君に謝罪して下さい」

「成り上がりの蓮蔵ごときの小倅が、わたしに意見しようなど百万年早い!」


 家名まで貶められた蓮蔵も、曇り一つない眼鏡の奥に、怒りも悲しみも浮かべてはいない。

 ただ、毅然と士紅への謝罪だけを黙して要求している。その蓮蔵の言動を受けて、千丸が火蓋ひぶたを切った。


「ここは学校。家名なんて、何も関係ないのでは?」

「な、何だと」

「聞こえませんでしたか。家名や貨幣では庭球の腕なんて、どうにもならんでしょ」

「ぐッ」

「センパイ。昨日、五回も丹布に挑んで、一度もまともに打ち返せなかったと聞きましたよ。最新設備に囲まれてるのに、一体、今まで何やってたんですかって話」

「千丸、危ない!」


 青一郎の鋭い警告で、千丸の話が途切れ沈黙を導く。音の始点と終点に、部室にいる全員が注視する。

 千丸の言葉に、神経を刺激されたシャートブラムが癇癪かんしゃくを起こし、飲み頃のポットを千丸に向かって投げつけたのだが、そこから全員の記憶が曖昧になっている。


 少なくとも、シャートブラム本人と青一郎は、熱いポットが千丸に直撃して、惨事となる風景を見ているはずだ。

 しかし、千丸の前に士紅が壁となって立ち塞ぎ、一滴の紅茶を零さずポットの柄を持って居る。


 そう。主が、お気に入りのカップに、最高の時間を注ぐために控える、熟練の上級使用人に映った。


 おかしな事が起きているが、それに触れさせる前に士紅が動く。


「このままでは話がとどこおる。何より尊い貴重な時間が、こんな下ぬ事に費やされるなど、にあらず。ケータイを使ってもよろしいですか」

「勝手にしろ」


 目の前で起きた不思議な事態に、落ち着かないまでも強がる事だけは出来たシャートブラム。

 対する士紅は、短く断りながらポットを音も立てず元の位置に戻すと、もう耳元に例の二つ折りケータイを当て通話を開始して居る。


 三呼吸くらいの後、流暢りゅうちょうな西の大陸・ルブーレンの言葉が立つ。

 発音も正確で、唐突な故郷の言葉に、メディンサリも違和感なく聞き取れる。会話の内容から、親しい相手を起こして非を詫びつつ、今から代わる相手を黙らせて欲しいと伝えて居た。

 外圏人だと信用されないからと。


 程無く、異国の言葉で語った通り、士紅がケータイをシャートブラムに差し出した。「この方なら、信用できるでしょう?」と、付け加えて。

 小煩こうるさそうにケータイを受け取り、尊大な態度と口調で通話中のシャートブラムは、早々に顔色を失う。

 言葉遣いも媚び、下にも置かない態度に変わり、ケータイを士紅に突き返した。


「どこまで喋ったんだよ。先輩、顔面蒼白だぞ。……っははは。駄目だろう」

「相手は、何方どなたなのでしょう」

「さァのう~」

「あぁ、助かったよ。ありがとう。もちろん埋め合わせする。

 ……うん。では、後日。おやすみ」


 通話が済んだ所を見計らい、シャートブラムが、様々なものをくじかれながら、士紅を問い詰める。


「な、何故お前ごときが、あの方を知っているんだ! お前のような存在など、聞いた事もないぞ!」

「おや。まだ信用して頂けませんか。ならば、もっと判りやすい御方と、お繋ぎ致します」

「ま、待てッ。あの方より上だと? 一体、何なんだ! お前は!」

「身の証しも立てられた。と言う訳ですね。それでは、シャートブラム先輩。我々八名の仮入部届けの許可は、頂けますね?」


 畳み掛ける士紅が見せた一連のやり取りは、明らかにシャートブラムを動揺させ、場を支配する優位を示す天秤は、仮入部希望者達に傾く。


 ただ当然ながら士紅は、腑に落ちない一同の視線に囲まれる事になった。


 


 ○●○

 



 這々ほうほうていで、八名の仮入部届けを受け取ったシャートブラムを、取り巻き達が、何か言いたげに視線を向けて来る。


「ぶ、部長ォ?」

「腰抜けだと思っても良い。アイツには手を出すな」

「急に、どうしたんですかァ」

「さっきのケータイの相手は、ゲーネファーラ商会・次期会長のフレク=ラーイン。

 本名『プリヴェール=ルーヴメイア=グリーシク姫』だ」

「は!? 冗談でしょう?」

「だと良いな。ここだけの話、あいつ自身、大ロスカーリアの首都『炎州』に身を置く、商会の大事な客だそうだ」

「大ロスカーリア!? このモルヤン経済圏の外圏参入の片翼を担う、大グランツァーク財団の総本陣じゃないですか!」

「あの調子だと、『穂方』の目に留まるだろうが、何があっても放っておけ。関知するな」


 宿主の決定に、ただ頷くしかなかった。厳格な貴族世界のルブーレンにおいて、シャートブラム如きでは楯突く日など、百万年待っても訪れる訳がない相手なのだから。






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