強欲

 再び金玉が縮こまる。カメレオンのように周囲と同化した婆さんは、風景に埋没したままその底光りする金壷眼で店に訪れた珍客をずっと観察していたのであろう。私が力加減を誤り引き戸で豪快な音を立てたのも、それにビビってそっと締めたのも、店に入ってからあちこちを軽蔑とも侮蔑ともつかぬ珍妙な表情で眺めていたのも全て見ていたのだろう。もしかするとろくなものは無さそうだと声に出して言った覚えはないが、それくらいの気配は悟られたかも知れない。そう考えると居たたまれなくなる。そもそもこの婆さんは私が入店したときに時に「いらっしゃい」などと客商売では当たり前な挨拶をいったのであろうか?それがあれば私も婆さんの存在を認識し、不躾な態度をとることもなく普通に相対する事も出来たであろう。今このような肩身の狭い思いで居るのはこの陰険そうなババアの仕打ちに相違ないのである。忌々しい。早くここを立ち去ろう。そう判断したものの、やはりここまで来てこれで帰ってしまうのも癪にさわる。そうだ、行者餅だ。そいつを買ったらさっさと退散しよう。そう思って行者餅をさがすと目の前のガラスケースの上、汚ない笊の上に商札と共に行者餅が二つ乗っていた。ヨモギと普通の二種類。何?生意気にも二種類存在するのか。こういう場合、私は両方食べたくなる性分なのだ。が、値段を見ると一個110円也と書いてある。その時の私の気持ちは(セコッ。消費税分を乗っけて端数も取り込みやがった。)である。手元にある小銭はちょうど200円。1個100円なら二個とも食えたのにババアの欲深い料金設定の為に一個しか食えない。もう二度と来ないだろうからもう一個は永遠に食えないのだ。腹立たしい。しかし、仕方ないのでノーマルを指して愛想良く「これを下さい」と申し出ると間髪を入れず「118円ね」とババアの聞き取りにくい籠った声。

外税か!そんな中途半端な料金設定かよ!いや、これは、あれだろ、消費税込みで端数も取り込んどいてからのさらに消費税ぶっ込む荒業だろ。田舎の小売り業者だからって好き勝手やってるんだろう。なんという強欲な価格設定だろうか。と渦巻く気持ちを余所に200円を渡す。案の定、ババアは釣り銭の82円を出すのにモガモガしている。ほら見ろ、キリの良い料金設定にしとけばこんなモガモガすることは無いんだ。そう考えると待つ時間もイライラが募る。やっと82円を揃えたババアはシワシワの手でお釣りを私に手渡すと、小さな袋に行者餅ノーマルとヨモギも入れて寄越す。「もう閉店するし、1つ残っても仕方ないからね」とおばあさんは優しそうな小さな目で微笑みかけてそう言った。私も笑顔で「いや、そんな。いいんですか?すいません」と答える。

何かが氷解していく感覚。

改めてお店全体を眺めると、小さくとも歴史ある店の気品というものが宿っている感じがする。この雑多な感じも酢昆布を噛み締めるような味わいがある。お婆さんのつぶらな瞳の奥には伝統を受け継いでいく強い意思が感じられた。なるほど、良い店である。素晴らしい。そういえば、入店時に戸を叩きつけてしまった時にお婆さんが上品な声で客に威圧感を与えないような小さな声で「いらっしゃい」と言ったような言わなかったような。いや、恐らく言ったのであろう。しかし、それは戸の激突音にかき消されたと推察される。そんな些細な事はどうでもいいじゃないか。私は清々しい気持ちで店を出た。帰りの列車の中で食べた行者餅は、ありがちな餡入りの焼き餅だったが疲れた身体に甘味が沁みて旨かった。小旅行が終わる前にもう一度だけ途中下車をした。何かの街ぶら番組で見た立ち飲み屋のバイトの子が目茶苦茶可愛かったので、覗いてみようという魂胆だったのだが、行ってみると年増のオバサンばかりだったので直ぐに帰った。欲というやつはどうしようもないものである。

おわり

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片田舎で強欲というモノを垣間見た話 江戸川原 うんぽ @Edogawara_unpo

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