進入
その店は古く老舗のような気配はあるが京都や奈良にあるような堂々とした感じは無かった。店の表は三間ほどの幅で向かって右側に引き戸の入口がある。その入口のさらに右手に笠を目深に被った托鉢僧の色褪せた等身大パネルが立っており、お腹あたりに白い塗料で「名物行者餅」と書かれている。遠目に見ると和菓子屋と隣家の間に笠を目深に被った薄汚れた坊主が突っ立っている様に見え、夜中にこのパネルに出くわしたらいい歳だが悲鳴をあげる自信がある。
少し無気味だったが他にいく当てもなし、行者餅というのも気になったので店に入ってみることにする。見た目から立て付けが悪いだろうと勝手に判断して勢いよく戸を引いたら、案外滑りが良く戸板が反対側の枠に激突してしまった。ガタンッ!という大音響に金玉が縮こまる。いちいちビビらせる店だなと思いながら静かに入店して今度はそっと閉めた。
入ったところは左右反転したL字型の土間になっていて、そのL字の内側に年季の入ったこちらも反転したL字型のガラスケースが設置されている。店の奥に向かって左側は天井までの棚で埃を被ってそうな古びた人形やら壺やら雑多な物が置かれている。その壁棚とガラスケースの間に少しスペースがとってあり、そこから土間へ出入りできるようになっているようだ。右側は板壁でポスターや時計が掛かっている他は全体的に飾り気はない。土間の右の奥は本来であればL字の縦棒分の奥行きがあるのだが、そこには空箱やら何かの台やら諸々の物が置いてあるので行けない。また、そちらに面するガラスケースの中も空の折り箱やら人形といった小物が無造作に放り込まれており、つまり機能しているのは正面のガラスケースだけということである。さて、その正面のガラスケースの中はというと、茶色や黒の煤けた感じの何かの物体が鎮座しており、おそらく羊羮の類いと思われるが、色合いがお店全体の色褪せた雰囲気の中に埋没していて何だかよく分からない。
ろくなものは無さそうだなと独りごちたかごちないかのタイミングで風景に埋没していた婆さんの金壷眼と目があった。
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