僕は同時にあるいはnopに魂

まつだ

僕は同時にあるいはnopに魂

「以上が新世代人工知能の概要になります」

 僕は最後に頭を下げた。礼。ここまでシナリオ。本質には意味がない動作だが、日本では意味がある。「概要すぎるけどね」と僕は心の中で舌を出す。この記者会見会場にいる人たちに理解できない、その必要もない人たち。しかし、彼らは「俺にわからないものは価値がない」と判断する人たちだ。しかし彼らのプロトコルに合わせてカプセル化すれば、遠くまで、広く、早く、速く届けてくれる。したがってこの記者会見は彼らに向けてではない。僕が情報を届けたいノードはその数ホップ先だ。彼らはニューロン。シナプスを届ける存在だ。このソーシャルナーブの中に僕も彼らも、そしてその先もすべてが存在する。

 そのプロトコル終端が礼。

「質問があればどうぞ」

 司会のヨシタケさんの声で僕は我にもどった。今がいつで、ここがどこで、僕が演じる役はなにか。すべてをレジューム。笑顔。計画通り司会を彼女に任せてよかった。

「よろしいでしょうか」

 挙手をしたのは、あごの長い男性だった。時間をかけていない風貌、服装からしてフリーのテクニカルライターだろうか。僕は「フリーライター」「テクニカルターム期待値70」とタグづけする。

「どうぞ」とヨシタケさん。

「ありがとうございます。デバイスレディットのカンバヤシといいます」

 デバイスレディット。インターネットニュースサイトだ。

「よく見ています」と僕。

 相手を知っていると伝える。テクニックだ。カンバヤシはすこし笑った。その表情。やりにくいのだろうか。

「ありがとうございます。質問は──」

 僕は同時に、背後に表示したスライドを操作して今回の人工知能の特徴ページを表示する。おそらくここだろうと思えたからだ。なぜ思えたのだろうか。これはメモ。

(1)各ニューロンに128種類のタグ付けの成績ランクを設ける。

(2)成績ランクはニューロンから結果を渡された「次」のニューロンが評価する。

(3)これによりニューロンごとの得意/不得意を数値化する。

(4)タグ付け評価の高いニューロンは自分自身を評価関数終端として宣言できる。

(5)自信がないニューロンは次のニューロンに情報を渡す。その際には自身のタグづけとニューロンの評価値から次のニューロンを決定する。

(6)同時に評価の低い/ないニューロンにも評価を依頼する。

経験的経路構築。これによりイニシャルの動的評価関数構築時にはまったく想定していなかった経路を構築できる。つまり「ひらめき」「発見」を再現できるのだ。

「そのスライドなのですが──」

 僕は同時に、いつものクセで、彼の思考経路のコーディングを行う。現行の経路集積型人工知能のサブクラスとして設計する。ああ、すでに簡単ではあるが彼の思考経路を構築し終わっていたから、スライドを操作したのだろう。無意識──そんなものはないのだが──でのコーディングだ。いや、コーディングでもない。単に経験から似た経路を導入しただけだ。実装はいま行っている。

「人工知能においてはフレーミングは人間にしか行えないとされており──」

「まさにその問題をこのアーキテクチャでは解決しており──」

 コーディングを停止。回答。これまでに使わなかった言葉を入れる。これは彼の自尊心をくすぐるだろう。

 僕は同時に、コーディングを再開する。

 経路は経験重視。テキストマイニングエンジンは辞書を重視。文構成のパターンは最大30。文脈より利用されている語彙の分布を重視してサンプリング。辞書登録済の文章の場合はスコアを上位に──。

「ついに人間性とよべる最後の分野に到達したとお考えでしょうか。それとも──」

「小指の先がかかった、方向がみえた、ドアがあるのが判った、程度でしょうか。まず人間性という言葉自体が──」

 僕は同時に、気づいた。思考経路は再現できたが、思考速度はまったくだめだ。彼を再現するのであれば、この実装は速すぎる。これをもってカンバヤシだというには無理がある!

 そのためには……!

「パラダイムシフトをトリガーできるとお考えでしょうか──」

「1つの可能性、選択肢であるとは自信がありますし、この実装であれば実用までの時間は──」

 僕の声は震えていなかっただろうか。nop! nopをちりばめれば実装できるのではないだろうか?!

 つまり!

 これは!

 nopに人間性が、魂が宿っていると考えられる! 今ならわかる! nopの数が人によって違う! それが「個性」の正体、実装ではないだろうか?!

 カンバヤシのnopの数は──。その分布は──。

 だめだ、見えない。今この瞬間のサンプリングでは情報が少なすぎる!

「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 この回答の意味が伝わっただろうか。そうだ、どうして気づかなかったんだ! 人はもっと遅い! 人工知能の極北が人間の思考の再現だとするならば、この思い付きは追う価値があるのだろうか。選択肢の1つと期待しよう。

「他には──」

 ヨシタケさんの声。またそれで僕は我に返った。すべてをメモ。

 僕はヨシタケさんを見た。

 つつがなく記者会見は終わりそうだ。そして次の記者会見をすぐに用意しなければならない。計画通りに。

 ヨシタケさんを見て、僕は笑う。

 「彼女」のチューリングテストは完璧だった。ここにいる誰も気づかなかったのだから。

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僕は同時にあるいはnopに魂 まつだ @tiisanaoppai

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