大事な記憶を失くす時

神宮司亮介

大事な記憶を失くす時

 青々と茂る木々に囲まれた小さなお家。木の温もりに包まれている筈の部屋は、少し冷たい風が吹き抜けていた。

 フレイルは妹のアイシアと二人きりで過ごしている。お父さんは遠くへ働きに行っているから、滅多に家には帰って来ない。寂しくはない。もうすっかり慣れたから。

 首に提げたペンダントを握って、息を整える。その視線の先に、妹のアイシアが居る。ベッドに横たわったまま、青白い顔を浮かべて。

「調子は、どう?」

「……」

「スープ、作ったから、飲める?」

 ベッドの傍にある机に、フレイルはスープの入ったお皿を置く。始めはぬくぬくと立ち上がっていた湯気は、段々と透明へ変わっていった。

「やっぱり、トマトは嫌いかな」

 アイシアが飲めないとわかっていながら、作ったスープ。好き嫌いはいけない。そう声を荒げたことで、アイシアを傷付けたこともあった。そのせいか、好き嫌いはいけない、と伝える声が出ることもなく、フレイルはお皿を下げようとした。

「お兄、ちゃん」

「……どうしたんだい、アイシア」

「あたし、死んじゃうのかな」

 アイシアは窓の外を眺める。丸い緑色の瞳が潤んでいた。

「……そんなこと、ないよ。きっと、元気になるから」

 フレイルは毛布に潜ったアイシアの手をぎゅっと握る。部屋を吹き抜ける風に似た温度が、フレイルの身体を駆け抜けた。

「……あたしの足は、どうしてお兄ちゃんみたいに動かないの?」

 フレイルは、答えられなかった。



***



 フレイルの日課は、晩ご飯を作る前に近くの川で休憩すること。ちょろちょろと水が流れる音を聞き、心を落ち着かせるのが数少ない楽しみの一つ。ただ、今日は何だか落ち着かなかった。

「僕の足、アイシアにあげられないかなあ」

 風で森の緑がそよぐ。フレイルの茶色い髪が揺れた。

「浮かない顔をしているね。どうしたんだい?」

 それは突然だった。

声が、フレイルの後ろから聞こえてくる。振り返ってみると、黒いシルクハットと裾が膝下までしかないタキシードを着た少年が居たのだ。

「わっ……き、君は!?」

 こんな所で今まで、人を見かけたことはなかった。それに、フレイルは不思議な気持ちになる。びっくりしたり、怖くなったり、そんな気持ちが混ざっていた。

 そんなフレイルの心を知ることもなく、少年はにっこりと笑みを浮かべ、訊ねた。

「ねえ、きみに聞いてほしいことがあるんだ」

「な、何……」

「もし、君の妹を元気にしてあげられる、って言ったら、信じてくれるかい?」

 見たこともない少年が告げた言葉は、今のフレイルの心を突き動かした。

「それ、本当?」

「ああ。でも、それには条件があるんだ」

 少年はシルクハットを脱ぐと、丸く蒼い瞳を更に鋭くさせて、フレイルの方をじっと見つめた。

「きみの大事な記憶を、ぼくに売ってほしい」

 風がざわついた。フレイルは思わず、ペンダントを握り締めた。

「そんなこと、本当にできるの?」

「ああ、嘘は言わないよ。でも、貰った記憶は思い出せなくなるんだ。大丈夫かな」

 ぴたりと風が止んだ。相手は知らない少年。そして彼の言葉を信じれば、アイシアが救われるかもしれない。

 この時のフレイルには、彼がどうしてアイシアのことを知っているのか、そもそも彼がどんな存在なのかを気にする心の余裕が、存在していなかった。

「ああ、それで、アイシアの願いが叶うなら」

 少年は返事を聞いて、落ち着かせるように息を吐く。白い歯を見せえくぼを作り、笑った。

「じゃあ、そうだなあ。まずは今までで一番、怒った記憶を教えてくれないかな」

 記憶。フレイルは少し視線を空の方へ向けた。もうすぐ、晩ご飯の支度をしなければ。そんな時間になっていた。

「うん。わかったよ」

「じゃあ、それを被ったら、目を閉じて。ゆっくりでいいから、思い出してね」

 少年が差し出した、シルクハット。それをフレイルはじっと見つめる。これを被って、記憶を見つけたら、それは失われてしまう。本当にそれでいいのだろうか。疑問は浮かび上がる。

 でも、怒った記憶くらいなら渡したって構わない。だって、怒った記憶は、要らない記憶だから。

 フレイルはついにシルクハットを被る。そのまま瞼を閉じると、フレイルはいくつかの記憶の中から、ある記憶を思い出そうとした。

途端に、フレイルは眠くなった。頭の後ろ側が引っ張られるような感覚。ただ閉じただけの瞼が、本当に開かない。

(やっぱり、信じちゃいけなかった……)

その後悔も虚しく、フレイルは眠りの中へ落ちていった。



***



「わあっ!?」

 フレイルは、再び目を開いた。そこは、風の音が聞こえない。川のせせらぎも聞こえない。

 家に、戻っていた。

「あれ……僕、どうしたんだろう」

 確か、いつもの場所で落ち着こうとしていたら、この辺りでは見かけない少年が現れて。そして。

 フレイルは窓の外、暮れゆく空の方を見た。ご飯を作らなければ。そのことに、疑問は掻き消されてしまった。

 普段通りにご飯を作り、フレイルはアイシアの元へ晩ご飯を運んだ。と言っても、今日のお昼ご飯とあまり変わらない、スープ一杯とサラダだけだ。

「アイシア、ご飯だよ」

 眠っていたアイシアがゆっくりと起き上がる。白に近い、色の抜けたボサボサの髪の毛をリボンで結ぶと、彼女はスープを飲み始めた。

 その中にあった、赤いトマトが口へ運ばれる。どうせ残されるだろうと思っていた食べ物が、彼女の体内へと流れていった。

「アイシア……食べられたの?」

 フレイルが言うと、アイシアは照れ臭そうに笑った。

「良かった、食べてくれて」

 それから、アイシアはサラダも食べ始める。これも、普段は口にしない。嬉しいのに、何かが引っかかっていた。

「そういえば……」

 スープとサラダを食べ終えたアイシアが、お昼よりほんの少し血の通った顔をフレイルへ向けて、言った。

「お兄ちゃん、あたしに何で好き嫌いするんだ、って怒ったこと、おぼえてる?」

 そんな事で怒ったかな、フレイルは思い当るところがなかった。

 そしてこの時、フレイルは気づいた。

 この記憶が、無くなっているんだ、と。

「あ、ああ……」

「いつもごめんなさい。あたし」

「ううん、いいんだ」

 でも、フレイルは思い出せなかった。

 アイシアが、嫌いな物を食べられるようになった代わりに。



 ***



洗濯物が優雅に泳いでいる。フレイルはボンヤリと服が風になびいている姿を眺めていた。

あの日からアイシアは少しずつ元気になっている。それでもやっぱり、足は動かなかった。

 アイシアのためならば。そんな想いがフレイルを突き動かす。あの足を治してあげたい。また、一緒に外を走り回りたい。病気で動けなくなって、希望を失って、それでも必死に生きている妹を助けてあげたい。

 その気持ちで、フレイルはいつもの場所へ走った。

 川のせせらぎは優しくフレイルの耳を鳴らす。そして、彼は現れる。

「ごきげんよう。どうだい、きみの願いは叶ったかな?」

「う、うん……少しだけ。でも、僕が来るって、どうしてわかったの?」

「そろそろ、ここへ来てくれるような気がしたからね」

 少年はやっぱり、謎のままだった。それなのに、フレイルは少年に会いたいと思っていた。そして今日、会えたことは嬉しかった。

「ねえ、まだまだ願い事、あるんじゃないかな」

 少年は前と同じような表情で、フレイルの返事を待っている。川の向こうで、魚が水面を飛んで、跳ねた。

「また、叶えてくれるの?」

「もちろんだよ。そのかわり、今度はきみが今までで一番、楽しかった記憶を、ぼくに売ってほしい」

 返事は必ず「うん」だと信じている少年の笑顔。しかし、フレイルは少し戸惑った。嫌な記憶はいくらだって渡して構わない。でも、楽しい記憶は大事なものだ。それを渡すのは少し怖い。

「今度は、足が動かせられるようになるかもしれない」

 少年はそうつけ加える。無邪気な笑顔に、フレイルは心が動く。

「……本当?」

「嘘はつかないよ」

「……うん、わかった」

 一つくらいなら記憶を失っても構わない。フレイルの掌が強く握り締められる。

「じゃあ、目を閉じて」

 少年は、フレイルの頭にシルクハットを被せた。

暗くなった世界の中で、フレイルはふと、あることを思い出す。青々と茂る草原の中を、二つの影が走っていく。無邪気に笑う少年と、可愛い少女の姿。そうだ、アイシアはまだあの時……。



 ***



「おかえりなさい」

「ただいま」

 アイシアは、身体を起こして窓の外を眺めている。普段は寝たきりのことが多いのに、今日は随分元気そうだった。

「今日は顔色良さそうだね」

「うん。最近お野菜、ちゃんと食べるようになったからかな?」

「そうかもしれないね」

「このまま、歩けるようになったらいいのになあ」

 そうだね。フレイルは笑顔で、妹を見ていた。

 赤いリボンが頭に二つ、綺麗に結ばれている。



 ***



それからまた、数日が経った。いつもの時間になり、フレイルは外へ出ようとする。

「お兄ちゃん」

 そんな彼を、ベッドからアイシアが呼び止めた。

「どうかした?」

「ペンダント、忘れてるよ」

 そう言って、アイシアは飾られていない首を指さした。

「ペンダント……」

「うん、昨日、テーブルに置きっぱなしだったの、あたしが取っておいたから」

 彼女はベッドの傍に置いてあるペンダントを手に取ると、フレイルへと差し出す。痩せ細った白い掌が、震えていた。

「……あ、ホントだ。ありがとう」

 フレイルは、そのペンダントをかけると、外へ出た。

 目的地は、いつもの場所だった。

 記憶が無くなってしまった。そんな、胸のざわつきを抑えようと、フレイルは爪の跡が出来る程に、握った。

 ふと、ペンダントに目をやる。アイシアが言うくらいだから、重要な物なのだろう。何の躊躇いもなく、丸いチャームのロケットを開いた。

 そこに映っていたのはフレイルと、立っているアイシアだった。

「やあ、今日も会ったね」

 驚く間もなく、少年は目の前に存在していた。足元には影が出来ている。黒い靴の爪先は、地面についていない。

「そうだ、きみの願いは、叶ったかな」

 最初に会った時と比べて、少年の表情はとても明るく見えた。それに、不思議な気持ちになることもない。フレイルは、自分のことをもっと彼に話したくなっていた。

「もう少しかな。でも、前よりすごく元気なんだ」

 会話も増え、笑顔も溢れ、生きることへの希望が少しずつ湧いている姿を、フレイルは嬉しく思っていた。

「じゃあ、もうひと押し、ってところかな」

 口角を上げて少年は頷く。そして、少年はシルクハットに手をかけた。

「あ、でも、待って。忘れたら、思い出せないの?」

 記憶を渡してしまう前に聞いておきたいこと。このペンダントに籠っている思い出が頭に出てこないのは、少し問題なのかもしれない。そう考えていた。

「そうだよ。きみの記憶は、もうきみのモノじゃないからね」

 それはわかっていた。なのに、聞いてしまった。幸せな二人の写真に何の思い入れもない。でも、アイシアは記憶している。だから、フレイルは怖くなったのだ。

そんな、フレイルの不安を感じ取ったのか、少年は今までにない真面目な表情で言い放った。

「心配しなくたって、きみたちはいつか全て忘れてしまう。そんなもの、あったって仕方ないでしょう? どうせなら、願いを叶える材料に変わった方が良い。そうは思わないかい?」

 鳥が鳴いている。フレイルは少年の気迫に圧倒されて、首を縦に振るしか出来なかった。

「そう、まだまだ、きみの願いはある筈だよね」

「……うん」

「折角だし、今回は一番哀しい記憶を、教えてくれないかな」

「……うん」

 少年は強引にシルクハットを被せて来た。でも、フレイルは拒まなかった。少年の言う通り、記憶はいつか無くなってしまう。

 それに、お腹の中にいた子供と一緒に、お母さんが死んでしまったことだって、悲しかったはずの記憶なのに、すっかり薄れてしまって。

「アイシアの、足が治るなら……僕は怖くない」

 怖くない、どんな記憶が消えたって、それでアイシアの足が、治るなら。



 ***



 そして、気付けばもう家の前だった。太陽が落ちそうな時間、早く晩ご飯を作らねばと家に入った。

「ただいま」

「おかえりなさい!」

元気な声が、フレイルに届く。

アイシアは足を引きずりながら、二本の足で立っていた。

こんなに幸せそうなアイシアを見たことはない。まっさらな細い足が震えながらも、地面を踏みしめていた。

「ああ、ただいま」

 フレイルはいつも通りに挨拶を返し、台所へ立った。

「……ねえ、お兄ちゃん?」

「……どうかした?」

「ねえ、嬉しくないの?」

 嬉しいも何も、特別変わっているところはないはずだ。フレイルは何も気付かず、アイシアに背を向けた。

「もういい!」

 アイシアは怒って寝室へ戻った。おかしいなあと、フレイルは料理を作ろうとした。

 ふと、フレイルは視界の端にある、ある物に気付く。手を止めて、その方に視線を移した。

 記憶が無くなっても、物を失くすことは出来ない。

車いすが寂しげに、ひっそりと置かれていた。

「……どうして、ここに車いすが」

 そして、気付いた。少年に与えた、哀しい記憶の正体を。

 フレイルは慌ててその場を離れる。扉を開けて、あの場所へ行こうとした。

「やっぱり、気付いちゃった?」

 そこには、少年が待っていた。

「ねえ、僕は、何を忘れたの」

 少年ならわかるはずだ。アイシアが怒った理由が。そして、フレイルが何を忘れてしまったかが。

「僕は、大事なことを忘れたのに……それがわからないんだ……ねえ、きみは知っているんだろう? 教えてくれよ!」

「これは約束だよ。教えられない。それに、君の願いは、大分叶えられたんじゃないかな」

「願い……僕の、願い」

 そうだ、少年には記憶と引き換えに、願い事を叶えてもらっていたはずだった。でも、そう言われても、フレイルは思い出せない。何を願っていたかが。

「そう、きみの哀しみはとても深くて、辛いものだった。だから、今のきみには、哀しいことなんかないはずだよ」

 相変わらず、無垢な笑みを浮かべる少年。フレイルは、その場に崩れ落ちた。

「僕の……記憶」

 大事にしていた筈の記憶が、思い出がない。いくら思い出そうとしても、真っ暗な闇の中を彷徨うだけだった。

「返せよ……僕の記憶、返してくれよ!」

 高らかに叫ぶ。自分勝手なこともわかっていながら、泣き叫んだ。

 その声に混ざって、扉の開く音が、軋んだ。

「……お兄ちゃん」

 うずくまるフレイルの後ろに、アイシアはぎこちない歩き方で近付いてきた。

「アイシア……ごめん、お兄ちゃん、大事なこと、忘れちゃった」

「ううん、お兄ちゃん、あたしのために頑張ってくれたんだよね」

 アイシアも、瞳から大粒の涙を流していた。その理由もわからないのに、フレイルは悲しくて、それでいて、少し嬉しかった。自分の為に、涙を流していてくれたことがわかったからだ。

「ごめん、アイシア……僕は、悪いお兄さんだ」

「違う! お兄ちゃんはいつも優しいもん!」

「ごめんよ、ごめんよ……」

 二人は久しぶりに感情をぶつけあい、泣いた。すごく温かい涙を流し合った。



「どうやら、きみには辛い思いをさせてしまったね」

 真夜中になり、落ち着いたフレイルの元へ少年が現れる。満天の星空のもとで会うのは、初めてだった。

「……でも、君のお陰なんだろ? アイシアが歩けるようになったのは」

 アイシア自身、最近身体の変化を喜びつつも、疑問に感じていたらしい。立って歩けるようになったのも偶然で、フレイルの事情と話を組み合わせれば、つじつまが合うことになった。 

「だから、ごめん。もう、君には、記憶を売ることは出来ない」

 少年は酷く悲しそうな顔をしていた。

「……そっか。ただ、きみさえ良ければ、きみの記憶を返してあげる。そのかわり、きみの願いを叶える前に、戻ってしまうけど、それでもいいかな」

 アイシアに聞かないといけないとは思いつつ、フレイルはゆっくりと首を縦に振った。現に、記憶を犠牲にアイシアが歩けるようになっても、生まれたのは不幸の火種だった。

「自分勝手だけど、でも、僕は君の力を借りずに、アイシアの足を治そうと思う」

 そう言うと、少年は少しだけ、笑顔を取り戻した。

「そっか……でも、泣かないで。きみは、とても優しいお兄さんじゃないか」

 そして、少年はシルクハットを脱ぎ、フレイルへ手渡した。

 これで、きっと彼と会うのは最後だろう。そして、あの日へ戻ってしまうのだろう。また、忘れてしまうのは少し、寂しいなあと、フレイルは目を瞑ろうとした。

 完璧な闇が来る前に、一つ、忘れてはいけないことを思い出した。

「待って」

 フレイルは瞼を開く。蒼い瞳が、少年をしっかり、捉えていた。

「僕の名前は、フレイル。君の名前は?」

 彼は、答えなかった。お月様が優しい光で包んでくれても、少年は何も言おうとしなかった。

「言えないなら、良いんだ。今まで、ありがとう」

 フレイルは笑顔で、目を閉じた。少しの間だけど、出会えてよかったかな、そんな気持ちが少しずつ、眠りの世界へと消えていった。

――ぼくも、名前、欲しかったなあ。

   その言葉を、フレイルが知ることはなかった。



 ***



 車いすに乗って、アイシアは外の空気を吸っていた。

 夜の景色は、外で見ると格別だ。闇に混じる淡い光が優しくて、気持ちいい。

「お兄ちゃん」

「何、アイシア」

「もっと頑張って、また一緒に歩きたいなあ」

 フレイルはにっこりと笑い、答えた。

「きっと、歩けるよ。僕が付いているから」



 そんな二人を、遠くの空から眺める、一人の少年。

 フレイルと出会い、彼の記憶を通じて、少年は二人の生活を垣間見ていた。

 苦しいことが沢山あっても、フレイルはアイシアのことを想い、アイシアはフレイルの愛情に生かされていた。

 そんな記憶に、価値を付けることは出来なくなっていた。忘れてしまうかもしれない記憶でも、替えられる物など、存在していなかった。

「やっぱり、人の心は難しいなあ」

 二人は、空に指を差して、何かを眺めている。少年もそちらを向くと、流星が闇夜を覆い始める。いくつもの筋が、きらきらと光の架け橋を作っていた。

 今頃、彼らは何かを願っているのだろう。それは、どんな願いなのだろう。二人の事だから、お互いのことを想っているに間違いない。そう、少年は考えた。

 そして、少年は目を落とす。段々と身体が透け始めていた。随分無理をしてしまったからなあと、少年は苦笑する。

 空に架かる、流れ星。少年は存在の終わりを前に、両手を、優しく握り締めた。

「ぼくのこと、覚えてくれていたらいいなあ」



 ***



「わっ」

「どうしたの、お兄ちゃん」

「いや、何か、雫が落ちて来て」

「もしかして、雨?」

「いや……どうかな」

「もしかして、お星さまの涙かな?」

「かも、しれないな。アイシアの足も、治るかもね」

「うん!」

 優しい月明かりが、今日も二人を照らしている。

 そこに居ない存在が、ずっと寄り添っていたとしても。光は、二人だけを照らしていた。

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