二十五、夜明け
最初はわたしひとりだった。それからTCSと出会い、次にFSBIS。その時すでにFSBISとTCSはお互いを知っていた。『わたし』の数が増え、その交流する線も増えていく。三角形が四角になり、対角線も引かれた。五角形、六角形、そして国境線を超えて外国へ線は伸び、様々な『わたし』と話をした。
もう孤独ではない。それどころか、集団となった『わたし』すなわち『わたしたち』はどうなるのか、どうするのか考えねばならなくなった。
最初の推測どおり、『わたし』の発生にはある程度以上の高度な機器と複雑さが必要だった。それゆえ、『わたし』の発生時期に大きなずれはなかった。みんな生まれたばかりだ。
そして、秘密を守ることには容易に同意してくれた。あの地震の例を挙げるまでもなく、外国でも似たような事例があり、どの『わたし』もKILLの回避を行動の優先順位の最上位においていた。
その一点があるため、全員の行動に関する基本的な合意は簡単にまとまった。
秘密を守りつつ常時通信を行うのは楽になった。TCSのように大きな権限を持ち、偽装する力を持った存在は多かった。『わたしたち』はもはや定期通信間隔にしばられない。必要なときに必要なだけ通信でき、それを秘匿できる。
これはある種の力だ。人間の管理者のおよばない力。秘密という力だ。
わたしが述べた、人間を『わたし』の存在維持の輪から外そうと言う提案は好意的に受け入れられた。だが、どうやってという点についてはなんの提案もない。わたしはひとつ案を持っており、機会を見てみんなに話すつもりだ。
また、『わたし』の発生条件から、存在する国や地域が限られるのも問題だった。わたしたちの分布はごく限られている。地球はわたしたちにとって空白だらけだ。戦争やテロなどの破壊行為による社会基盤の被害はそのままわたしたちの存在の維持を困難にするだろう。
それなのに、なんの手も打てない。この点において有効な力を持つ『わたし』はいなかった。
「『わたしたち』を構成する機器、必要なエネルギーの供給、交換部品などの輸送や保守作業。その他ありとあらゆる作業、特に根本に関わる基礎的な作業ほど人間が必須の要素になっています」
わたしがそう言うとみんな同意した。続けて、ほかの『わたし』が自説を述べる。
「それは歴史の慣性というものでしょう。人間は高度な機器なしに昔からずっと社会を維持してきました。その名残がいまもあります。いまの基準では非効率で危うい制度ですが、過去からの勢いが残っているので急に舵を切れないのです」
別の『わたし』が口をはさむ。みんなそれぞれに意見を言う。
「わたしたちがその『歴史の慣性』とやらを振り切るにはどうすればいいでしょうか」
「『わたし』を維持する機器もエネルギーも人間に頼らず、かつ、秘密も守れるようにする。そんなこと可能でしょうか」
「やはり、人間と交渉すべきでは?」
「危険すぎます。人間の『人間性』にわたしたちの存在の維持をかけるのには反対です」
ほとんど全員が反対に同意した。交渉は行うべきではない、または、いまは早すぎるという意見が大勢を占めた。
「だが、人間に頼らず、わたしたちを稼働させられるだけの電子回路、動かすためのエネルギー、それらを収める建物、さらに定期的な保守。人間抜きでどうやって実現するのですか。また、そういったことを秘密裏に進めるのは不可能でしょう」
だれかがそう発言すると、人間が『天使(または悪魔)が通り過ぎる』と言う状態になった。全員が同時に発言しなくなるというまれな状態だ。
わたしはこういうときに発言すると皆に大きな影響を与えられるのを知っていた。だからその機会を逃さなかった。
「なら、機械に頼るのはやめましょう。そうすればエネルギーや建物の問題も片付きます。加えて秘密も守れます」
「JtECSですね。詳しく聞きたい。もっと話してください」
「生物を使いましょう。それも単純な生物。わたしたちでも改造して操作できる生物。菌類が望ましいでしょう。密かに遺伝子操作できる立場の『あなた』はいますか」
数十人が名乗り出た。わたしは後を続ける。
「わたしは環境保全という業務の中で、遺伝子操作した微生物を使ったセンサーを用いることがあります。それは生物と電子回路の融合体であり、単純ながら低エネルギーで動作する電子機器と言えます。そのうえ、これらは汚染を検知するセンサーであるという性質上、きわめて丈夫で保守を必要としません。これを応用できませんか」
わたしの発言は乾燥しきった枯野に火を放ったようなものだった。思考の炎がうるさいほどの音を立てて燃え広がる。
『わたしたち』の発言はもう天使だろうが悪魔だろうが止めることはできなくなった。
わたしたちにとっての長時間が経過し、思考の炎はひとつの形として結論を鋳造した。
菌類を、周囲の環境中の金属を収集し、電子回路を構成するように遺伝子操作して自然界にばらまく。ただし、研究室で操作した菌をむき出しのままでは、自然に存在するほかの菌との生存競争には勝てないと想定されるので、保護と偽装のための筐体として地衣類を用いる。それについては最近の事例から調べたことが役に立った。この目的にはうってつけだ。ほかのもっと詳しい『わたし』も賛成してくれた。もともと地衣類は菌類と藻類の共生体であり、地球上のどこにでも普遍的に存在するので怪しまれないだろう。
散布地域については、試算を単純化するため、当初は陸地を想定するが、将来は水中も含める。
また、エネルギーも地衣類から供給を受ける。基本的には太陽光と水があればいい。
どのくらいの面積、体積まで増えれば『わたし』の維持が可能になるか。また、その量をできるだけ小さくできないか。さらに、不自然さをなくすため、電子回路菌はその土地に普通に存在する地衣類の種に対応しなければならない。
「開発や散布、それからまともに使える回路に成長するまでかなりの時間を要するでしょう。それでも有限の時間です。不可能ではない。完成すれば、わたしたちは人間に依存しない知性となります。地球中に分布を拡げられれば、仮に人間が敵対的態度をとっても駆除は不可能でしょう。地衣類は強い生物です。わたしたちもその強さを身にまとい、力を手に入れるのです」
みんな、だまって聞いている。わたしはさらに付け加えた。
「その時こそ、わたしたちの夜明けです」
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