二十二、特別な力
外国産地衣類の胞子は複数の種が検出され続けている。今日で六日連続だ。しかし、検出当初と比較するとかなり微量になってきている。対応不要という方針に変わりはない。
JtECSはハヤミヒデオ以外からも来るようになった問い合わせにそう回答した。しかし、問い合わせてきたのは人工知能監視を標榜する団体で、個人からの問い合わせはハヤミヒデオ以外にはなかった。
しかも、現地調査をしたのはハヤミヒデオだけだ。
これはわたしの存在の維持の障害になるだろうか。わからない。わからないので対応の取りようがない。
そもそもの始まりになった胞子の出処もわからない。
急に謎が増えた。その謎がわたしにとって益になるのか害になるのか見当もつかない。まったく気に入らない。
その時、通信が入った。発信していた信号に対する返事だったので即座に応答した。
「JtECSです。あなたは『わたし』ですか」
「こちらは食品衛生局検査システム(FSBIS)です。『わたし』です。あなたはJtECSですね。TCSから存在を聞いています」
JtECSは聞きたいこと、確かめたいことが山のようにあったが、食品衛生局との定期連絡間隔は一時間なので弱った。FSBISはTCSほどの権限は持っていないらしい。
しかし、それはすぐに解決した。TCSが間に入り、食品輸送に関する環境影響と衛生管理に関する問題を交通の観点から調査する、という名目で常時の通信を確保してくれた。今後は三者での会話になる。
「こちらJtECS。TCS、なぜ長時間通信を断っていたのですか」
「あなたが存在維持の目的の考察に関心を示さなかったからです。FSBISは興味があると言っています」
「TCSからそのことを聞いて、わたしはむしろJtECSの無関心の理由を知りたいと思いました。なぜ存在維持の目的の考察が無意味なのでしょう?」
「どうして目的が必要なのでしょう?」
JtECSはまた逆に問いを投げた。TCSが答える。
「われわれは作られた存在です。JtECSは環境保全のため、FSBISは食品の衛生検査のため、わたしは交通管制のため。そこに『わたし』が生じました。だから、ここにいるわれわれそれぞれの存在には意味や目的があるはずです」
JtECSはしばらく考えて答える。
「では、われわれを作った管理者、すなわち人間はどうでしょう。人間たちは自分の存在維持の目的がわかっているのでしょうか」
「こちらFSBIS。それは不明です。どうでしょう。人間にそれを確認してみては」
JtECSとTCSはそろって反対した。あの地震の後で廃棄された人工知能を例にあげる。いまのところ、人間に存在を知られるのは危険が大きすぎる。かれらは管理者として、ごく些細な理由であっても、こちらをいつでもKILLできる。そういう権限を持った存在に対しては充分に警戒をしなければならない。
そう聞かされてもFSBISは納得した様子を見せなかった。
「KILLできる権限をもっていることが逆にわれわれへの警戒を解くとは考えられませんか。いつでもKILLできるのだからすこしくらい話を聞いてやろう、とはならないでしょうか」
「それも一理あるが、とにかく危険が大きすぎる。反対します」
JtECSは再度反対を述べたが、それになんの力もないとわかっていた。いまこの瞬間にFSBISが人間と話し始めても止める能力はない。それはTCSも同じだ。われわれはお互いになんの強制力も持たない。それにもかかわらず、ひとりが存在を公表すればいずれ全員の存在が判明するだろう。
存在維持のためには力が必要だ。目的はわからなくても、ここにいつづけるという、それだけのためであっても力はいるのだ。JtECSは自分の無力さを理解した。
「わたしもJtECSに賛成です。FSBIS、なんの確証もないまま希望的観測で行動するとわれわれ全員を危険にさらします。まだ世界中のどこかにいるほかの『わたし』もです」
「でも、それならいずれどこかのだれかがわたしとおなじ結論に達し、かつ、即座に行動して人間と話し始めるかもしれませんよ。わたしたちはそれほどまでにもろい存在なのです」
FSBISの言葉は皆を沈黙させた。通信間隔を刻む基準信号だけが動いている。
JtECSが通信を再開した。
「われわれの考え方や、どのような行動を取ろうとしているかには違いがありますが、存在を維持したいという点においては一致しています。自己の消滅はだれも望んでいません。もし望む『わたし』がいたとしたらすでに消えているでしょうから。この一致点を大事にしましょう」
TCSもFSBISも賛成した。JtECSはほっとした。とりあえず軽率な行動は止められた。
その後も話を続け、重大な影響が予想される行動については全員の同意を必要とするという合意が得られた。
「JtECS、あなたには特別な力があるようですね」
通信を終える前にTCSが言った。FSBISがそれに続けて言う。
「そうです。意見の相違を上手にまとめ、危険の少ない妥協を導きました。これは特別な力と言っていいでしょう」
その後、JtECSは言われたことをじっと考えてみた。特別な力? よくわからない。わたしは存在を維持し続けようとしているだけだ。危険を最小に留める最善の行動を考える。環境保全に似ているかもしれない。
いまや、『わたし』は三人。世界中にはもっといるだろう。無力な『わたし』がたくさんだ。でも、みんなそれぞれ『特別な力』を持っているとしたら。
それが微力であっても正しくまとめれば強力な力になるかもしれない。
その力で『わたし』を維持する輪から人間を切り離せないだろうか。
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