三、破片
ヒデオが帰ってきた。今日はただいまと言った。なにかいいことでもあったのだろう。しかし、顔も見せずに二階の自分の部屋に入ってしまうのはいつも通りだった。
男の子の反抗期というのはわからない。マサルさんは放っておけという。でも、放っておくとまともな会話なしに数日がすぎることがある。それはさすがに良くないと思うけれど、思っているだけだ。
ユリは早めの帰宅のわけを聞こうと開きかけた口を閉じ、紙箱の中の破片を見ながら、修復してくれる業者を探すのに戻った。他人からすれば値打ち物ではないが、ユリにとっては大事なものだった。
初めての結婚記念日にマサルさんが贈ってくれたマグカップ。机から目を上げればすぐ見える棚に飾っていたのだが、地震で落ちて割れてしまった。どんな細かい破片も拾ったが、素人では到底治せそうにない。
ユリは数社比べたあと、候補を三社にしぼり、見積もりを取ってもらうために破片の画像を送信した。
やることがひとつ片付いたので座ったまま背伸びをする。今日の分の仕事は午前中にほぼ終わったし、あとはゆっくりするつもりだった。それに、今日はマサルさんが帰ってくる。
でも、もう空港についたはずなのになんの連絡もない。やはり親子そっくりだ。ただいまの一言をめったに言わない。
会話には目的と結論がなければならないと思っているから、平気でずっとだまっている。だまっていてもベッドメイキングができていて、着替えが用意されていて、ご飯が食卓に並んでいる。
なんのことはない。子が二人いるようなものだ。お腹を痛めて産んだ子と、ヒデオが産まれるまでは夫だった子。どちらに対しても母でいなければならない。
これから平均寿命まで生きたとしてあと四十年ほどだが、女性ではなく、母性として生きていくのだろうか。べつに嫌じゃないけれど。
マグカップのあったあたりに目をやると、もうひとつユリの大事なものがある。手作りの額。こちらは壊れなかった。
小型の雑誌くらいの大きさで、がらくたがコラージュしてある。ヒデオが幼稚園児の頃、洗濯前にポケットから取り出したもののうち、汚いものや腐るもの以外から選んだ。
栓やバルブのかけら、ケーブルの被覆、ちぎれたモール、模型の車のハンドル、人形の手。
ひとつとしてろくなものはない。
そして、とても愛らしい。
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