二、恒星

 放課後の予定だったヒデオの進路相談は延期になった。城東市と業者の担当が緊急の調査に来るのだという。部活動なども中止となり、生徒たちは早く下校するようにと指示が出た。


「……すこし大げさに感じる人もいるかもしれませんが、地震や停電によって学校の安全や教育機器の運用に悪影響がないか調べないといけません。本日中には終わります。皆さん協力をお願いします……」

 校長が校内放送で事情を説明した。


 ヒデオは帰り支度をして教室を出たが、すぐに帰らずに生物部室として使っている理科室に寄った。ほんのちょっとだけという気だった。

 早く行ったつもりだったが、部室にはすでに人がいた。声をかけながら入る。


「タキ先輩。どうですか」

「あ、ハヤミ君」

 そのヒデオより二歳上の女生徒は覗き込んでいた測定機器から目を上げて暗い声で返事をした。

「だめですか」

「うん。データ消えた。けちるんじゃなかった」

「先輩は悪くないですよ。こんなの予想できっこない」

「そうなんだけど、でもねぇ……。ロッカーの奥からこいつを掘り出したときはやったと思ったのに」

 薄汚れた機器の埃を払うかのように軽く叩く。ヒデオも見つけたときのことを思い出した。

「ぼくらが生まれる前のだけど、バッテリーとネットワーク端子がだめになってた以外は使えたんだけどな」

 ため息をついて続ける。

「そうすると、かなりのデータが消えましたね」

「それだけじゃないよ。その分のデータがないと結論の信頼性が下がっちゃう」

「とにかく、今日は帰りましょう。今後のことは先生とも相談して、まともな機器を買うか借りるかしましょう」

 タキ先輩と呼ばれた女生徒は微笑んだが、力のない笑みだった。

「そうね。部費が心配だけど。とりあえず、いままでの分、整理しとこう」

「データの刈り込みはまかせてください」

「ハヤミ君は枝を落としすぎるから。結論ありきでデータを処理したらだめなんだよ」

 その口調は本気で注意しているのではなく、軽い冗談だった。タキ先輩はヒデオが入部したてのときにやらかした失敗をいまだにからかう。不思議なことに、ヒデオ自身はそうされても不愉快ではなかった。これがどういう感情なのか、まだよく整理できていない。ごちゃごちゃのままに放置している。


 顧問に機器のことを伝え、二人で校門を出た。いつも研究について話す。途中までは一緒だ。


「いままでの感じだと、人工知能ってすごいっていう結論になりそうですね」

 ヒデオが言うと、タキ先輩はうなずいた。

「ほんと、過去のデータと比べたら、短期間で水も空気もきれいになってるし、その状態が維持され続けてる」

「人間となにがちがうのかな」

「施策を見てると考え方の方向性は変わらないんだけどね。手の打ち方とか打つタイミングが絶妙なのよ」

 肩にかかるかかからないか校則ぎりぎりの長さの髪がゆれている。ヒデオはだまって話を聞いていた。

「集めて分析できるデータ量が桁違いに多いせいかも。人間には不可能な精度の考察ができるから」

「質より量なのかな」

「たしかに、この場合は量が質を作ったんでしょうね。ただのデータでもすごい量が集まればいいものになるのかな」

「恒星みたいに?」

 言ってしまってから、ヒデオはずれた返事をしたなと思った。賢く見せたいと思ったらこれだ。でも、言いかけたことは止められない。そのまま続ける。

 タキ先輩の、すごい量が集まれば良くなる、という言葉を聞いて、理科の授業で習った星の一生が頭に浮かんだのだった。データという水素のようにどこにでもあるものが集まって光り輝く星になる。

「ハヤミ君、詩人ね」

 顔が赤くなるのがわかった。タキ先輩はそれを見て微笑む。

「じゃ、また明日。先生も入れて今後の計画立てましょう」

「さよなら、先輩」

 分かれ道でタキ先輩は曲がっていく。ヒデオはそのまままっすぐ歩いて五分ほどで家についた。


 ただいま、の挨拶が妙に大きな声になった。

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