第60話 連続体

 ヤマトヒメが旅立っていった。色々な国を巡って、佳いところに巨きな社を建てるのだ。テルセの刀を持たせた。やがて後の世で、必ずや物語を生むだろう。

 テルセは子を産んだあと、また私のところで仕えたり、兄と共に東にいったりを繰り返していた。

 チョウセイからはそのあと《書簡》が来た。《文字》を用いれば、遠くの者とも話ができるのだ。《書》と書き振りがやや異なるので、読むのに苦しんだ。カラクニから来ている者に何度も尋ねて、それで恐らくこうだろう、というところまで読めた。正しいか、確かめるすべはない。チョウセイははるかにカラクニにある。私も《書簡》を返そうとした。だが、私は《文字》を書けない。代わりに書いてもらったが、どうも私の言葉ではないような……。それでも、送らないよりはずっと良い。つつがなくチョウセイに届くと良い。はてさて、あんなに《書》を学んだにも拘わらず、読むばかりで書けなかったのは、悔いが残ることがらだ。

 片腕を失った者は長生きできない。《女たち》からはそう教わっていた。でもそんなことを軽々と乗り越えるように、アキマは健やかに老いて行っていた。子も孫も増えた。新たなカワラケ造りに励んでいる。









 いつの時からかわからないけれど、一度風邪をひいて熱が出たあと、ずっと咳が残るようになった。何をしても治らず、しだいに酷くなっていった。

 そのまま過ごして年がいくらか過ぎたあと、咳をした後に血を吐いてしまった。何をしても治らず、さらに咳は酷くなっていった。そのあと、咳がぴたりと止んだ時、いよいよ私はナシメと同じ所に行くのだと心付いた。ご飯が食べられなくなった。水や、粥を飲んでいたが、それもできなくなった。ある朝からは立てなくなった。まだ色々なことを後の者に伝えたいのだが、どうもそれも仕舞いの様だった。

 テルセが見舞いに来た。旅のことを話す。ありがとうと伝える。こういうのはいくら言っても言い足りない。ずっと昔、蛾を取り除いた話もした。テルセは覚えていた。テルセは仕舞いまで、私のくどく同じ話を幾度も繰り返すのにつきあってくれた。

 遠くイセから、ヤマトヒメが見舞いの品を送って来たらしい。眼が開かず、それが何かはわからなかったが、音だけでも聴けて良かった。

 息をするのがつらくなってきた。そのうちに、息をしない方が心地が良いことがわかってきた。知らない間に寝て起きてを繰り返した。夜も昼もわからない。

 誰かの右手が、私の左手を掴んでいる。これは懐かしい。幼いころ、宮に籠められたばかりのころ、よくつないだアキマの手だ。寂しさを汲んでくれて、慰めてくれた手だ。だがアキマの右手は失われて久しい。ついに幻を掴んだか、と思う。何か神がかりが起こって、眼が開いた。なぜ懐かしいアキマの手(のような手)が現れたのか? 知りたい、と強く思ったからかもしれない。とにかく眼が開いた。アキマがいた。老いたアキマにはやはり右手はなかった、アキマに抱えられた小さな子がいた。子か孫か、あるいは曾孫か? とにかく小さな子が、その右手で私の左手を握ってくれていた。

 アキマらしいやり口だ。こーいうところが、アキマの良いところ。アキマの声が聴こえてくる。

「トヨ、世は続いて行くぞ。人の営みは終わらないぞ」

 心の中で微笑んで、ふたたび私は眼を閉じた。

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