第57話 巫女の世継ぎ
《女たち》が挙って言継が行なわれる。若い娘たちを見遣る。どの者がどのようにまじない、占うのか。筋を見る。
誰しもが良いところと悪いところを持っている。私も持っている。それでも、その中から誰かを選ばねばならない。一人の娘がいた。前髪を切りそろえた可愛らしい、今流行りの髪形をしている。切れ長の眼は澄み、肌の色はことさらに白く、文身は映える。鹿骨を取るしぐさ、火に当てるしぐさに間違いはなく、涼やかで軽やかだ。だがいつも心が張り詰めている。習ったことがらを正しくやろうと思いすぎている。
ヒコに、このヤマトヒメこそが次の巫女に相応しいだろうことを告げる。ヤマトに生まれた人は、わざわざ子供にヤマトなんて名乗らせない。他所から来てヤマトで産んだ子供だからヤマトと名付けたのだ。
「ヤマトちゃんはまじないや占いに優れるし、唄も声が響いて
「教わったことを守っているだけです」
「では、教えを守れなかったらどうします。占いを違えたり、唄の最中で次の言葉が出なかったら?」
「そんなことはあり得ません」
「今までなかったとしても、これから何かの訳でそういうことが起こるかもしれないよ。蛾が飛んできて口の中に入るとか」
「トヨおばさまはどうしてそんなことを仰るのですか! 私が少しでも間違えたことありますか!」頬が赤くなり、目尻に怒りの色が顕わになる。こーいうのが良くない。
「優れたあなたは間違いを犯すことなどなかったのかもしれません。ですから、もし間違えてしまった時、心の落ち込みと言うか、揺れ動きが甚だしくなるのです。いいですか。間違えるわけがない、と思っていても、いつかは必ず間違えます。では、どーすればいいのか!」
「はあ」
「ま、いっか。と考えて、水に流してしまえばいいのです。そーいう日もある」
「いけないですよね。トヨ様はあまりに緩すぎると思うのですが。私、ヒミコ様に直に学びたかった」
ある日、ヤマトヒメと二人で鹿骨に火を当てていると、何かが起こって、ヤマトヒメが鹿骨を取り落とした。「あ」とか細い声があがる。すぐに鹿骨を拾ってまじないを続けようと言葉を継ぐが、やがてそれは途切れてしまった。落として火鉢に鹿骨が触れた時に、割れ目ができてしまったのだろう。
見ればヤマトヒメは顔を赤らめて、頭を垂れて震えている。
こういうときに、この相手に向けて、どのように語るのが正しいのか。ずっと《書》を読んだり、あるいは色々な者と語らったりして鍛えてきたのだ。今こそは、上手く出来るよう努める。そう思って、言葉を選んで、語りかける。
「ヤマトちゃん。ええとね、間違えて……鹿骨落としてしまったわけだけどさ。もしだよ。もしも。私が別に怒ったりしなくて、そういうこともある……とかいうと貴方は怒るかもしれないけれど。ここには貴方と私しかいなくてさ、私が何も言わなければさー、見かけの上では何も間違ってなくなる。あとは貴方の心次第。いつもは厳しいのは良いことだけれど、それで心を苦しめて後に引きずるのは……悪いこと。自らの心次第で変えられるところは、柔らかく変えるのが、巫女として長く過ごすときに要になると思いますよ」
しばらくヤマトヒメは黙ったままだったので、次第に焦ってきて、私は言葉をさらに付け加える。
「巫女をやっていると、ずっと独りでいることが多くなる。上手くいかなくなることは色々あった。自らが悪かったり、相手が悪かったり、何だか誰が悪いのかわからないのに上手くいかなかったり。これから辛いことも多くあると思う。でも、心次第なところがある。明日は、上手くいくだろ、って思えるのがいい。心を軽くして、ね」
ヤマトヒメはゆっくりと、だがそれとわかるように頷いてくれた。
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