第56話 はにゃ? おっす!! はに丸君

 ヒコの妻が死んだ。ならいでは、常世への供とするために人を葬らなければならない。日の入りがとても早い寒い風が吹くころに、ヒコからは、かつてヒミコおばさまが亡くなった時にどうしたかを問われた。

 これについてはチョウセイが詳しかった。我がクニの主が亡くなったことをカラクニに伝えるために、色々書き残しておいたのだという。

 それによると、やつこめやつことが百人あまり葬られたという。これはあまりに多すぎる。この時は戦がまだまだ多い世で、敗れた者が奴と婢になることが多かった。見せしめのためもあり、多くの者が常世へ旅立たされた。今の世にも奴と婢はいるのだけれど、彼らは田を耕したりみささぎを守ったりと、それぞれクニのなかで仕事を持っている。すでに戦に敗れてただ降ってきた者とは異なっていた。



 すでにクニでは奴と婢とが殺されるかもしれないことが噂になっていた。家々の間を歩いた時、落ち着かぬ顔つきで私の輿を見つめてくる者が数多くあった。彼らには子があった。幼い者を負って、あるいは、手をつないでいた。


 あの時生き残ったノミのスクネが屯倉みやけに仕えていて、常世への供を減らすべきだろう、あるいはなくすべきだろうことをヒコに伝えたという。はっきりとモノを言う男なのだ。

 ヒコから尋ねられる。今の世の奴と婢は、現世に仕事を持っていることを確かめ合う。ならば常世に行くのは仕事を全うしてからでよい。位の高い者が死んだからと言って、位の低い者、あるいは位のない者を殺すことはない。

 では、亡くなった者への弔いはどのようにすればいいだろうか。大きな塚を造るのはまず当たり前として、塚に飾る品を凝らして、弔いの心を示さねばなるまい。

 カラクニの《書》を読むと、死んだ者へ、まだ生きている者を供とするならいは、遠い昔に廃れたことがわかる。遠く仲尼のころにはすでになくなっていたようだ。なんて進んでいるのだろう。かわりに、鉄で作った人型や家や暮らしの品々を共に葬るのだという。チョウセイによれば、カラクニで初めて《帝》になった《秦始皇帝》は、大きな塚に多くの鉄でできた供を連れて、今も眠っているという。


 アキマが噂を聞き付けてやってきた。

「トヨ、陵に置く土器カワラケって見たことある?」

「見たことないなー。キビのクニの慣わしだよね」

「そうそう。俺もノミのスクネに教えてもらったんだけど。あれはイズモの出だからあっちのほうの慣わしに詳しいんだ。キビから来た者にも聴いてみた。それで持ってきた」たくみやしろの者どもが、抱えたものをゆっくりと降ろす。

「わ! 巨きな土器ですこと」筒の形をした、太い樹の幹の如くのカワラケに、色々と怪しげな彩が描かれている。

「これをたくさん並べているんだそうだ」

「確かに目立っていいけど、我がクニではそれで弔いの心になるだろうかね」

「そう。クニが違うから慣わしも少し違う。そこで考えたんだが……家や社や宮だとか、暮らしの品々をカワラケで表して、それを陵に置くのはどうだろうか。馬とかもいいかもね。常世でもそれを使える。……まずは、奴と婢とが殺されないことを皆に伝えるのが先だろうけど」

「とても良い考えだと思います。でも家とか土器で作れるの?」

「匠たちと作ってみた。戯れで器の他にも作ることはあったから」

 差し出された土器の家は、まことの家よりもずっと小さく、可愛らしい出来だ。アキマはどんどん暮らしの品をかたちどった土器をだす。良い出来栄えのものもあれば、何を示しているのかわからない、謎の品もある。

「あのさ、アキマ。カラクニでは人を鉄で象ったものを墓に置くらしいぞ。鉄は我がクニでは珍しいが、カワラケで人形を作れないかね」

「戯れで作ることはあるけど、墓に置くくらいの出来のは難しいな。人は曲がった所が多いから。でも面白そうだ。作ってみる」


 三日後、アキマがやたら楽しそうにやってきた。

「トヨ! 出来たぞー!」

 差し出された人形は、人のあるところは兼ねそろえているけど、全く人とは異なるありさまだった。首はなくて頭からそのまま身体に繋がっている。目は真ん丸。鼻は頭の上から四角く連なり、耳はピコって傍らからはみ出してる。口も真ん丸だ。髪と思しきところもピコって頭から小さい何かが生えてる。そして手先は細かくできず蔦の様に表しており、とてもおかしいのが、左手を挙げて、右手を下げるような謎めいた姿を取っているところ。はっきりいって、間抜けな出来だ。

「はにゃ! あははははは! なんなのこれ! あはははははh!!! はっははっははははははっはは!」

「そんなに笑うなんて……」

「あははははははははははははははははは! 可愛いけど! あはははははははははははははは」


 はたして、ヒコの妻の墓にはキビの筒の土器が多く置かれ、それに他にいくつかの拙い家形の土器も伴った。人は決して殺されなかった。我がクニで、死を供にするならいがなくなったのはこの時が始まりだった。

 アキマとは、家や暮らしの品や、それに人を象どるカワラケは、後の世の者がさらに手を加えて良くしていければいい、そして、後の世には、やがて墓に置ければいい、と話合った。

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