第55話 トヨのどすこい大相撲
いつもはまつりを行なう広間に、今もまた人々が挙っている。人々は口々に何か噂や掛け声を出す。うねりのように、我が宮にもそれが届いている。高殿にのぼる。私が現れたことに心づいたものがこちらを向いて何事かを言っている。
集う人々は、時が経つにつれて真ん中に間をつくる。真ん中に、誰もいない間が丸く現れる。真ん中に取り残された僅かの人々は、おおよそ二つに分たれていた。その中には、背が大きく肉の興った
我がクニの、秀でたコメ作りと、それに基づいた商いは、ますます勢いを増してきていた。そのために、他所から我がクニに移り住まうものが増えた。我がクニは田や溝がもっとも大きく栄えているから、それらを使って、他所から来ても、さらに田を広げることができる。他所者は、我がクニの男の妻になり、あるいは我がクニの女の夫になった。
我がクニの者どもにとっても、他所のクニとつながりが生まれると、色々と良いことがある。遠くの、珍しい品々の取り引きが
やがて真ん中の間には、二人の男だけが取り残された。二つの桶がもたらされる。桶には塩が含まれている。二人の男はそれぞれ桶から塩を取り出し、高々と振りまく。周りの者はさらに大きな声を上げる。多くの人がそれぞれに声を上げ過ぎて、すでに何を言っているのかはっきりしなくなって久しい。人々は犇めき、身動きが取れないほど詰まり集っている。周りには、
人の熱にも拘わらず、真ん中の開けた間は保たれている。ただし、その縁は人でしっかりと隈取られている。
多くの人が田を作ると、争いが起こることがわかってきた。ここは誰の田なのか。だれが耕してよいところなのか。どこからどこまでが、誰のものなのか。次第に厳しく定められるようになっていった。
田を巡る争いについては、仕舞いにはヒコが取り決め、どちらが正しいか選ぶことになっていた。私はヒコから話を伺って、正しく占う。正しく占えば、どちらが正しいか皆に示すことができる。
二人の男が、初めて互いに相見える。それまでは、同じ間にありながらずっと目を合わせず背中を見せていた。自らの身体の動きを確かめる。そして、足を高く、身体よりも高く上げるのだ。晴れ渡った田植えの前のこの時。山に囲まれた我がクニの、その開けた平らな陸の、人々が作る縁取りの中。高々と足を挙げる。そして、地に力を込めて振り下ろす。いくら肉が起こった兵とはいえ、一人の力で地を震わせることはない。だが、男たちはそのしぐさで、彼らが地を震わせるだけの力を秘めていることを
ある日舞い込んだ田の争いは、ヒコがどうしても決めきれないものだった。
その内に、互いに一人の男を出して、力比べをして決めることが、誰ともなしにささやかれるようになった。
イズモのクニから来たノミのスクネ。
ヤマトのタギマから来たタギマのケハヤ。
ノミのスクネもタギマのケハヤも、まことの名前ではないのだろう。ノミとはどこかのクニか村の名前だろう。スクネは位を示している。ノミ村のスクネなのだ。タギマは村の名前だし、ケハヤは蹴るのが早い。力比べをするからそう名乗っているに違いない。二人とも、村の人々から任されて、村を負って戦いに挑む。勝った方が正しい。
戦いは昼前から始まった。人々の声がうるさすぎて、音はないようなもの。互いに間を取り、拳や蹴りを突きだす。頭は守らねばならないところだ。互いの
戦いは昼を過ぎ、夕方に入るその前に終わった。互いに血だるまになり、すでにあざが浮いていた。スクネの蹴りで、ケハヤのアバラが折れた。ケハヤは退くことはない。戦いを続けるが、スクネが同じ所を幾度か蹴りつける。骨が
人々の昂ぶりは勢いよく醒めていった。それと時を同じくして、人の隈取りが滲み、二人の兵に駆け寄る。誰が勝ち、誰が負けたのかが決まった。喜ぶもの悲しむもの、ただ佇む者があった。
鼓を打ちならす。ヒコと私の考えを、皆に取り次ぐ声の大きな者が、まことに大声で語る。
人々のざわめきが再び起こり、全ての者に声が届いたかどうかはわからない。ただ、鼓が鳴らされ、位の高き者から何事か言葉があったとわかることが要になる。あとから、あのとき何と言葉があったか伝えられる。
大声で語らせたことは、勝った者もそうだが、負けたものの誇りも保たれた、ということだ。村を負って勇ましく戦った。このような戦いは我がクニが
子や孫に物語として語り継ぎ、勝ち負けを超えて後の世に残すこと。そして、カラクニの
戦いは勝ち負けをはっきり決めすぎる。勝った方も負けた方も明日からの暮らしがある。勝ち負けは決まったが、人々の心はすべてそれで拭われない。容易く諍いは収まらないだろう。だからこそ、負けた方にも誇りを保てるように。そのために、語りと《文字》という二つの業で、出来事を残す。
二つのやり口で出来事を留め置くのは我がクニで初めてのことだった。どうか末永くこの時の二人の勇ましさが、後の世に伝わればいいと思う。
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