第四章 十五年目、十八年目、二十三年目、二十七年目、その他拾遺
第54話 そのあと
あのあとしばらくして、新たな宮が造られ、私はそこに住まうことになった。今までと同じような暮らしが待っているのかと思いきや、すこしずつクニの仕組みというか、私をとりまく仕組みは変わっていった。
まず朝に、コメについて、いつに田の水を抜くのか尋ねられる。昼には別の者が来る。位の高い者の死んだ時に行なうモガリの
時には、ヒコが自ら尋ねに来ることもある。初めは驚いたけれど、ヒコの尋ねる事柄はいつも重く、そして応えがいがある「良い問い」ばかりだった。それぞれ仕事が分たれて、それぞれが尋ねる。ナシメのように一人ですべてを遂げる仕組みからは変わってしまった。
アキマも宮に尋ねに来るうちの一人だった。片腕のアキマはまつりごとの要からは退けられ、今はモノづくりの匠たちを取りまとめる仕事を任されている。今日は、
言継ぎについては、やり方を少し変えることにした。このように、自らの考えで言継のやり方を変えてしまえるのも、私が大婆に近付いたからに他ならない。そのやり方と言うのは、輩の若い女たちを多く集わせるというもの。「七人の大婆」はそのままに、聴く者を多くする。これで、唄やまじないがより保たれ、後の世に継がれやすくなるだろう。
さかさまに、文読みは昔のまま、チョウセイと二人で行なった。
私が宮に戻ってからしばらくして、チョウセイはひょっこりやってきた。戦が起こっても、その姿は全く変わらず。そのことを述べて、チョウセイが疵を得なかったことを
「私は、あくまでもカラクニの者なのです。倭のクニで誰かと誰か争そっても、殺されることはありません。どちらが勝っても、勝った者とカラクニとを取り次ぐ務めにあります。これはとてもいいことかも知れません。死なないんですから。ですが、いつまでも、いつまでたっても、私は倭のクニの人々に心の奥底から打ち解けられないものと思います」
そんなことがあって、チョウセイの教えはさらに熱を帯びるようになった。失われた《書》は再び西の方から取り寄せて、もとのようになっていった。チョウセイは自らの出来ることを確かめるように、私に《書》の深いところを紐解いてくれた。
それはいつの間にか、そうなっていた。多くの者が私に問うてくる。また多くの者にまじないや占いや唄について説く。人と人とのつながりが、一つの糸から、蜘蛛の網の目のように広まっていった。誰も、私が宮の外の軒先を歩いていても咎めなかった。むしろ若い女などで声をかけてくる者さえあった。宮からちょっと離れて、街を歩いてみた。誰もなにも言わなかった。ヒコが来た時に、憚りなく出歩いていいのか聴いてみた。今となっては巫女の厳かさを損なわなければ構わないのでは、と言われた。昔ナシメと同じことを言われたのに、今は出歩いても構わないのだ。言葉は同じなのに、全くさかさま。こんなこともあるのかと驚く。
夜に灯火を付けるのは、変わらずテルセの務めだ。昔からそうだけれど、テルセは今要る事柄だけしか語らない。テルセは我が兄に
「テルセ、にいさんの東での仕事ぶりを見てみたくはありませんか?」
「それは見てみたいです」
「
「ふぁ、そんなこと……」
「戻ったら灯火をまたつける仕事をしなさい」
「かしこまりました」
「テルセは歩いて旅するの得手でしょうから、私の代わりに東を色々見てきて、帰ったら詳しく教えてほしいと思っています」
「わかりました」
旅立つ三日前にテルセはそのことを告げてきた。そして、懐から刀を取り出して私の前に差し出した。怪しげな彩のある、あの土色の刀だ。
「ちょっとテルセ」
「はい」
「私に刀を預けてどうするんですか!」
「私の身代わりです」
「あなたの
「トヨ様になら、いいのです。差し上げます」
「はあ。わかりました。確かに、いただきました。では、貴方にこの刀をあらためて
テルセはしばらく黙っていたが、刀をふたたび懐にしまって退いていった。
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