第52話 平野と湿地と山と川

 クナのクニはヒミコおばさまの世に、我がクニに抗っていた。我がクニは幾度か兵を差し向かわせて戦を起こした。勝ち負けは決まらなかった。今思うに、それはクナのクニが河だらけだからだ。我がクニは陸ばかりだから、大きな河での戦い方を知らない。舟の操りにも長けていない。相手は数では及ばないけれど、上手く戦い、上手く逃げることができたのだろう。

 だが、いつまでも抗うことはできなかっただろう。クナのクニがあるところは、河のおかげでかなり広い。田を大いに作れそうなのだが、そうもいかない。河が大きすぎるのだ。大水が出ればすぐに田は失われる。常に稲を作りえるかといえば、そうでもなさそうだ。

 そんなわけで、ある時に戦いは止められ、今は我がクニと交わりがあるに至っている。


 クナの宮で、クナの主の輩により社を賄われて、しばらくそこに住むことになった。このころになると私は、ふたたび人目に触れられないように社に匿われるようになっていた。次第にもとの暮らしに戻りつつあることを覚える。

 ある日、社の庭先で暇を持て余していると、馬に乗った男が庭に入ってきた。なんて荒事かと驚いていると、何となく見た覚えのある男だった。

「トヨ、久しぶりだな」

 声の有り様に覚えがあり、男が我が兄だと心付く。

「にーさん!」

「よく生きてたな、また会えた」

「兄さんこそ。嬉しい」

 兄は私を抱きしめてから頭を撫ぜてくれた。

「私巫女なんだからあんまり触れたら良くないよ」

「巫女の前に同胞はらからだ。すっかり大人になったな」

「えへへ」

 馬のいななきにテルセが慌ててやってくる。兄と私が仲良くしているのを見て、テルセは仇ではないことをすぐに悟る。


 兄と互いのことについて話し合った。テルセは傍に控えている。

「東のクニの名前は知ってる?」

「ええと、ケノのクニ? ケノクニ?」

「そうそう。良いところだよ。昔から品の取り交わしをしていたんだけれどさ、我がクニに従って、我がクニの技をどんどん取り入れるようになっていったんだって。それで東の地域の主になってる。ここよりもずっとずっと大きな平らな陸が広がってる」

「コメたくさん作れるね」

「ところがそうもいかない。川下の方はぬかるんだところが多くて。川と沼とがずっと広がって、そのまま海に繋がっている」

「クナのクニと同じだ」

「そう。色々なクニがあるけれど、今米を作りやすいのはやっぱり我がクニに措いてない。だから今もっとも栄えてる」

「兄さんの力で川を付け替えたりして、水を抑えられないの?」

「お、カラクニの昔の神々みたいなことやるわけ?」

「兄さんも書読むの?」

「ヤマトにいた頃はね。今は暇なしだ。でも、ケノのクニでは水をいかに治めるかの話ばかりだよ。我がクニの米の作り方、溝の堀り方を学んで、米を多く作るよう努めている。少しずつ川を変えていっているけれど、さっき言った川下の方はとても手に負えない。ケノという名前の川があるんだけど、東に流れてるんだよね。トネという川は南に流れてる。南の方にじめじめしたところが広がってる。だからトネという川をケノにくっつけて、すべて東に流してしまえば乾いたところが広がって、そこを畑や田に出来るんじゃねーかと思うんだが。俺はカラクニの《禹王》じゃねーから一千五百年くらいかかるかもな」

「我がクニは川が程よく流れていることがよくわかった。シマは河が短すぎるし陸が少なすぎる。クナやケノは河の数が多すぎる」

「トヨ、色々学んでるみたいだな。我が妹として誇らしい」

「えへへ」

「篭められた辛くないか?」

「慣れたよ。でも久しぶりに外に出て、すっきりした」

「みんなと仲良くな。これがもっとも肝になる」

 しばらく昔話をする。兄は東から、ヒコが危ういと聴いてやってきたのだ。ヒコを助けてヤマトに入った後は、また東に去るという。私もそのころになるとクニに戻れるだろうことを告げられた。


 兄と私は物事の見方や考え方も近く、話していて心が落ち着く。

 テルセは去って行く兄をずっと見つめていた。しばらかくしてから語る。

「トヨ様のお兄様、美しい見目で……それに明るい方でとっても好ましく思います」

「いきなりどうした」

「私もお話ししてみたい」

「テルセはああいうのが好みなのか?」

「はい」

「そうか、じゃ、クニに帰ったら取り次ぐか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る