第36話 最適化
次の日にはチョウセイの文読みがあった。
「近頃ナシメより王としての学びを
「え? 私は王ではないのですが」
「王ではありませんな。姫です」
「そーです」
「でも、人の上に立つものが知っておかなくてはならない事柄を、ナシメは……。トヨ様を選んで。話して……」
「もっと早くからお話ししてくれればよかったのに」
「はは、そう、……かも知れませんね、ええ」
チョウセイは少し考えてから、カラクニの古き《書》については自らでいくらでも教えることができるけれど、我がクニのまつりごとの細やかな所は教えられないことを語ってくれた。
仮宮から斎の宮に戻ると、そのあとすぐにナシメがやってきた。
「さて、続きを語りましょう」
「お願いします」
「といっても、おおよそ話し切ってしまいました」
「戦だけでは世は治められないということでしたね」
「そうです。では、なぜ戦が起こるのでしょう。どうして誰もが逃れられるなら逃れたい戦を起こしてしまうのでしょう」
「うーん。うーん。なんで、かな?」
「トヨ様は、この者だけは何があっても許さない、というくらい嫌いだったり憎かったりする者はおりますか?」
「いないですよ。宮に籠められているから人とそんなに会えないですし」
「世の中には、どうしても退けたい憎い憎い相手がいる者が、それなりに多いのです。つまる所、戦が起こるのは、人の心の持ちようなのです。誰しもが、争いが無ければいい、食べるものや寝る所が欠けなければいい、そう思っています。でも、争いは起こる。それは、誰か憎い相手があるからです」
私はいつかのテルセのした行ないを思い出していた。
「でもそんなのどうしようもないではありませんか」
「そうです。どうしようもありません。人は好きな者と苦手な者とに選り好みしがちです。親が子を憎むことすらある。他所者ならなおさら」
「どうすれば……あ、今日占いしてないじゃないですか?」
そう言われて、ナシメは困ったように少しの間固まった。そうしてから「ああ、これはこれは。ええと、実った稲をいつごろ刈り取るべきかうかがうのでしたね」と述べて、稲をいつ獲るべきか占うために要る、雲や風についてのありさまを語る。また、捧げものとしてもたらされた稲穂を指し出す。私は私で、斎の宮から知り得る事柄を思い起こして、言われた雲や風について考え、また指し出された稲穂を見て、占う。片膝をついて、榊をかざして……。
でも。
「ナシメ、私たちの間柄でしたら、その、……
ナシメは少しだけ、先程みたいに固まってから、顔をほころばせた。眉毛が垂れさがる。私が言葉を続ける。
「あ、皆に示すのに鹿骨が要りますね。今ささっと焼いて作りますね」
「ナシメ、私いけないことした?」
「いいえ」
「次からもこうしたっていいよね。何もない時はしっかり祝詞をあげますよ? でも今はナシメから色々なことを教わりたいから」
「皆が見ている時に誤らぬよう、時の余りある日は祝詞をしっかりとあげていただきますよう。……ただ」
「ただ?」
「きっと、こんなことでは、遠い先の世ではまつりごとをする際にまじないはまったく省かれてしまうかもしれませんな。なんだかそんな思いがします」
「そーかもね。でも今はまだ。それに人の心の話し! それを聴くために省いたんだから!」
ナシメは咳をしてから再び語り始める。
「人を憎む人は必ず現れます。ヒコの一族でもそうです。では何を学ぶべきか。それは、どのような時に人が諍うのか。あるいは今、誰と誰の仲がよろしくないのか」
「なんだか嫌な話だ」
「ですが、話しておきたい事柄です。いくつか例をあげます。覚えてくださいね。昔から色々なクニを見てきました。そこから導いた事柄です。まず、クニの
これと似たかたちで、若い主の母や、主の妻の兄がまつりごとに口を出すと、クニが荒れることがあります。主の母や、その妻の兄は、主の族ではないことが多いです。このあたり、しっかりと誰を誰と娶わせるか、先を見据えて考えなくてはなりません。ですが、色々な思惑が重なったり、あるいは誰かがにわかに死んだりして上手くいかないことがある」
そんな話をした後、ナシメは今の我がクニのヒコの族について、詳しく教えてくれた。我が母に連なる者どもがどう扱われているのか、そんな話をしているわけで、それに心づいたのは話を聴いている最中。にわかに息が詰まるけれど、我が族はそれなりによくやっているらしい。私や兄が、有り体にいえば退けられているものの、今のヒコの妻どうしの仲は悪くないのだと言う。
心を安らげているうちに、ナシメは幾度か咳をしながら、時が来たと言って去っていった。
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