第35話 治要問答2

 ナシメは日々の占いのあと、少しの時間を空けてくれて、クニの話をしてくれた。斎の宮に届く風のおかしな匂いが、病で倒れた者が腐った匂いと心づくころ、ナシメの話はいよいよ要に入ってきた。

「米と鉄とを備えた我がクニでは、溝を掘るようになります。より大きな田を作るためです。そこで大きな田や溝を作るために人々の上に立つ人が現れます。稲は、暗い所では育ちません。日照りが少ない年は、稲の育ちが悪い。また、家の中の暗い所では稲は育たないことが解っています。だから陽をあがめるようになった。そして、次の日が晴になるのか、雨になるのかを詳しく知る者が、人の上に立ってまつりごとをするようになった」

 また一つ、私がなぜこの斎の宮に籠められているのか、暴かれてしまった。

「陽のことを掌るからヒコ。あるいはヒメ。昔はそんなに偉いわけではなかったのですが、私の祖父の世くらいから、にわかにヒコが神と同じように考えられるようになっていった。トヨ姫様も、自らは位が高く、陽を掌るものである。そう教えられたでしょう」

「私は他の者と変わらないように思いますが……」

 ナシメはゆっくりと眼を瞑って、そして少しだけ頷いてから言葉を継ぐ。

「トヨ様のように考えてお振る舞いになれば、位の低い者も必ず心を動かされ、ヒコやヒメに従うでしょうな。さて、田や溝を掘る為に、大くの人を動かす仕組みを、我がクニは蓄えてきました。それで、これは、戦の時も役に立つわけですね。おわかりですか。力持ちが一人いても、動きを合わせた二人には適いません。それが十人、百人いたら、戦に勝つことはたやすいのです」

「それで我がクニは大きくなったのですね」

「いえ、そうでもないんですよ」

「ふぁ! なんでー?」

「時が来ました。それはまた明日」


「ナシメ、昨日の続きを」

「トヨ様、まずは今日の占いをこなしてからです。鉄を作るふいごのおまつり、いつに行なえばよろしいでしょうか?」

「そんなの、次の半月の日にたとえ雨が降っても行なうのに決まっているのです!」

「そうでしょうか。まず、お占いください」

「うー……わかりました」

 膝を立てて榊を振って、いつもの通りに鹿骨に火をてる。「そうでしょうか」なんて言われても、そうなるように占うのだからそうなるに決まっている。

「……でました。次の半月の日にたとえ雨が降っても行なうよう、占われました」

「トヨ様。遠い先の世では、今行なっている占いは省かれるのかもしれませんな。ただ、今の世は、一度占わなくてはならない。梯子はしごをひとつひとつ、足を掛けて上るがごとき、です。遠い先の世では、梯子を飛ばして上ったり、梯子を登りきった上から物事を始められるのかもしれません。だが、今はそうではない」

「はてさてどうなるやら。ただ、ナシメが伝えてくれること、何となくわかります」

「さて、昨日の続きです。戦が必ずしも、最も優れた手とはならない。なぜだかわかりますか?」

「人が死ぬから? あるいは、殺された者の輩の怨みが募るから?」

「トヨ様は聡きお方ですな。篭めておくのは、もしかしたら惜しかったのかも」

「わかりませんよ。篭められているからこそ、そう思い付くのかも。それに篭められているからこそ、チョウセイとのんびり《書》を学べたわけですし。篭められてなければ、小賢しいとして退けられたかも。それで、戦をしないのにどうやって他のクニを従えるのです?」

「どのクニも、クニの人々が守られて、子や孫が増えていくことを望んでいましょう。戦はクニを従える手立てですが、仰ったとおり人が減って怨みが増す。長い目で見ると、良い手立てではなかったのです。戦だけで他のクニを治めようとしたクニは滅びました。クニの仕組みが戦ばかりになり、米を作ったり品々を商う仕組みが崩れるのです。クニを豊かにしていたのは、コメ作りや商いでした。戦が続いて、大きなクニがいくつか残ったとき、クニの長たちは大戦おおいくさで物事を決めるのが、誰のためにもならないと心づきました。そこで、大戦をしないように取り決めたのです」

「うーん、よくわかりました。ナシメ、まだ時はある?」

「余りありませんな」

「もう! えっと、聴きたい事は一つだけ。いいですか、今答えなさい。では大きなクニがいくつか残って、その中で我がクニが秀でた訳を教えてください」

さとき姫様には敵いません。お答えしましょう。それは、このクニがあるところが、コメをたくさん作るのにとても向いていた、ということに尽きるのです」

「なんだかはじめの話に戻ってしまった」

「そうです。尽きる所はそこなのです。大きな河の、海からそれなりに離れて、平らな陸が開けている所。そして、沼や湿ったところが少ないところ。我がクニはコメを大いに作り上げることができるのです。人と、溝と田とがありさえすれば。戦が無くなれば、商いの世になります。商いでは、コメが全ての基いになるんですね。市で品物を商う時、……ええとたとえば鉄や木などが商われるのですが、鉄を欲しがる人は常にいるわけではありません。また木も同じで、いつも木を欲しがる人が多くいるわけではないのです。しかしコメは、欲しがる人がそれなりに常にいるのです。コメが、欲しがる割合が最も高いのです。誰が決めたのでしょうか。わかりません。人が、そのようになっているのです」

「確かに、鉄や木よりも、まず生きていくためにはコメですよね」

「それを最も多く生み出せる我がクニは、商いでも優れていたわけです。前に、西にあるクニから鉄をもらい、代わりにコメを指し出した話をしましたね。我がクニに鉄が集まります。他所のクニからは木も集まります。すべてコメのおかげです。コメが色々なものと引きかえることができるからです。

 そして、我がクニのあるところはですね、これがまだよくわからないのですが、どうも東と西のクニの狭間にあるようなのです」

「我がクニには、西はもとより、東の方からも人々がやってくると聞きます」

「クニが大きくなり商いの世になると、東と西との合間にある我がクニには人がより集まってきます。東にないものを西に求め、西にないものを東に求める。その時に、我がクニが秀でたのはこの辺りに訳があります。

 戦も、人と人とを戦わせるのではなく、品物で戦うことができます。つまり、争そうクニへ品物を引き渡さないようにすればいいわけです。コメでも鉄でも、布でも木でもなんでも」

 私がナシメの話したことを頭の中で調えている間に、時が来たようだ。ナシメは小さく咳をしてから、斎の宮から去っていった。

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