第25話 スペクトラム

 こうなってくると、三日に一度の言継ぎのことがとても待ち遠しくなった。我がクニとシマのクニとの、物語の違い。大婆たちには、物語が異なるからといって、諍いを起こさぬことを厳しく言いつけた。


 助けた鶴が恩返しに来る話。我がクニでは、女に化けた鶴が、おじいさんとおばあさんのところにやってくる。シマでは、若い男のところにやってくる。それで、鶴と若い男とがまぐわう(おいおい。ツルとやっちまうのかよ)。


 他に、湖の岸辺に降り立った天女あまつめの羽衣を、男が奪ってしまう話。女は天国あまつくにに帰れなくなってしまう。我がクニでは、かまどの中に隠された羽衣を女が見つけて、天国に帰っていく。

 シマではかなり話が異なっていて、まず、羽衣は藪の中に隠されている(こういう小さい違いが、女たちを苛立たせる)。それで、天の国に帰ってしまうのは変わりがないのだけれど、男がなんと天の国まで追いかけていくのだ。それでそれで、女の父ってのが出てくる。父は、追いかけてきた男に対して色々「あれをやれ、これをやれ」と難しい問いを出す。それでそれで! 女のほうが、男のことを憎からず思っていて、男を助けて問いを乗り越えていく。そうして男と女は結ばれる。


 天に逃れるとき、白鳥やツルに化けて飛んでいくというくだりがある。なんとなく、ツルを助ける話と似ている。


 それで、女の父から「あれやれ、これやれ」と問いが出されるのは、我がクニでは織姫と彦星との物語に出てくるくだりだ。布を織る女と、ウシや犬を飼う男との物語。確かに織姫は天女だけれど……。

 もうひとつ、男と女が逆さになるけれど、竹取の物語も似ている。竹を取りに来たおじいさんが、光る竹の中に女を見つける。女は美しく育ち、たくさんの男が娶ろうとする。女は男たちに、手に入れるのが極めて難しい品々を持ってくるよう問いを出す。

 女たちの物語を聴くにつれ、訳がわからなくなってくる。似たような話が似たようにある。でも、どこかで別の話につながったり、話の終わり方が違ったり。



「トヨさま、女たちの語りはいかがですか」

「ナシメ! シマは我がクニにそれなりに近いのですよね!?」

「もっと遠いところにあるクニはいくらでもありますよ。大きなクニであるイヅモやキビよりも、ずっと近くです」

「シマの次に近いクニはどこですか!」

「さて、イガのクニでしょうか」

「……お願いがあります。イガのクニからも大婆を呼んで下さい。それと、コシやアワミやキや……それに、トサの女も呼べませんか。あの、あのですね。イヅモやキビは大きなクニですから障りがあるのはわかります。ですから近くのクニでも」

「トヨ様、言継は何のためにやるのかわかりますか。おやからのまじないを継ぎ、物語を継ぐためです。様々やクニの大婆を集めて、物語の違いを極めるためではないですね」

「その呪いや物語が少しずつクニにより違うのですよ! ナシメは男だからこれわかんないでしょうけど、母や婆から夜な夜な聴いて、継いでいたはずの物語が少し異なって語られるのは、私ははっきりいって恐ろしいのです。おそらく大婆だってそう。何が正しいか分かんない。カラクニでは、文字や言葉や物語に違いがあるとき、王や《帝》が正しい方を決めるのだそうです。……私、私が継いだ物語がはっきりと正しいとわかればどれだけ良かったかと思う。でもシマの女も……シマの女だって……。シマの語りが、拙かったり滞ったりすれば……。でも、そんなことはなかった! 物語としてのカタチは整っていた。全く整っていたのです。私たちの語りと同じように、整っていた」

「おそらく、イガもコシもアワミのクニも、それぞれ似たような物語を持っていると思いますよ。物語やまじないの違いを極めて、細かなところの違いを明らかになったとして、それをすべて覚えられるのですか?」

「できらぁ!」

「覚えるということは、それを語るということですね。……少しずつ違って、どこかで繋がったりするそれら物語を、すべて語るのですか。子にはどのように継ぐのですか?」

「え? いくつもの似たような物語を子供たちに!?」

「もう一度言いますよ。何のために言継をしているかおわかりですか。子に伝えるときは、時を同じくいくつもの物語を伝えられませんね。一度に一つ。祖から継いだものを、子に継ぐときは、一つです。走りながら眠ることはできません。狩りをしながら宴はできません。一度に二つの物語は継げません」

 返す言葉が出ずに黙ってしばらくいると、ナシメは去る時のしぐさを見せて高殿から退いていった。入り口からは、風が吹いてくるのみだ。後になって、そんなことを言うならば、初めからシマのクニの女など呼びつけなければ良かったのに、とナシメを咎める色々な考えを思いめぐらせていた。そのうちに、テルセが灯を持ってやってきた。思いがまとまらず、テルセに話しかけるきっかけを、ついに失ってしまった。


 珍しいことに、夜遅く、テルセの後にふたたびナシメがやってきた。私は昼間のやりとりをまたしなければならぬのかと身構えていたところ、ナシメは「昼間言いそびれてしまったのですが、30日ほどののち、極めて重い占いをしていただくことになります」と切り出した。

「それはどのような?」

「ヒコの世継ぎを定める占いです」

「ヒコの世継ぎ……ですね、かしこまりました。あの……あ」

「次のヒコは、イキメ様か、あるいはトヨスキ様のどちらかでございます」

 我が兄の名が挙がった。男のまつりごとをすべて司るヒコ。我が父には幾人かの母がある。私と我が兄と、イキメさんとは、母が異なる。「わかりました」と答える。

 言継のことだけを考えているわけにはいかなくなった。おそらく世継ぎにあたってはナシメから細かなで煩わしい兆しが語られることだろう。私はそれを正しく占って世継ぎを決める神からの託し言を得る。正しく理解し、正しく占えば、正しい人を選ぶことができ、正しいまつりごとがおこなわれるだろう。

 でも、その正しさがクニごとに違うようなのだ。難しい占いだけれど、世継ぎの占いは我がクニのやり方で正しくできるだろう。でも、でも。それは。

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