第6話 熟語
アキマから、まず眼に見えるモノの名を表す文字を教わった。《蛙》とか《鷺》とかだ。
次に習ったのは、眼に見えないモノの名前だ。《風》は「かぜ」(カラクニでは「フウ」って読むらしいんだけどね)。木々を揺らして、夕暮れには心地よい、風。風がひどくて雨も降ると《嵐》だ。鳥が飛ぶような高いところ、ソラは《空》と書く。夜やほら穴の中、光が届かないことは《闇》と書く。
《風》《嵐》《空》《闇》なんかは形はないけれど、モノの名を表す。
次に教わったのは、モノのあり様を示す文字。光があることは《明》だ。逆にないことは《暗》と書く。人の心のあり様を示す文字だってある。頭が良いことは《賢》。逆は《愚》。心が澄みきることが《快》。誰かを悪く思うことは《憎》。なんでもある。カラクニの人はよく考えたものだ。
アキマとは、カラクニの人が文字を何と読むかについて、再び話をした。
「《明》の文字はさ、「メイ」って読む。《暗》は「アン」。それはわかる。わかるが、「アカルイ」とか「クライ」とかクニの言葉で読んじゃいけないのかねー」
「トヨはそこにこだわるよね。確かに、俺たちは
「そーでしょ! うちらの読み方だけ覚えれば良いんじゃー!」
「そうなんだけれど、まだトヨに言ってないことがある」
「なんじゃ」
「えっと、カラクニでは文字を組み合わせることがある。明るいのと暗いのを一度に表す言葉がある」
そう言ってアキマは、持ってきた竹に《明暗》と書く。アキマは字が上手い。銅鏡に描かれた文字ほどではないけれど、かなり正しく文字の形を写すことが出来る。もともと手先が器用で、幼いころから大人顔負けの
「明るいことと暗いこと、と言う意味。ここから
「ふぁー、アカルイクライ?」
「長くて言いにくいでしょ」
「確かに!」
「そこで、カラクニの人の音をそのまま使って「メイアン」って読む。良いことと、悪いこととを併せる言葉」
「うほ、そんなことしちゃうんだ。でも、我がクニの言葉にない考え方だね。文字があるからこそできる考え方のように感じるよ」
「カラクニの音を覚えるわけは、この辺りにある」
「そっか我がクニの言葉にないものは、カラクニの音で言葉を借りて使う」
「そうじゃー! トヨは《賢》だね。賢い。人から
「うんー。なるほど、って思います」
「こういうのを 《熟語》とか《駢字》って言うんだよ。前に教えた《先生》とか《三年》とかもそーだよ」
「アキマはまつりごとをするとき、その 《熟語》をよく使うんだろうねー。他にも知りたいよ」
「例えば《山河》。山と河を合わせて「サンガ」。これらの二つの文字、前に教えたよね。「ヤマ」と「カワ」とを表しているけれど、カラクニの人はこれにもっと広いことがらを込めて言葉にしている。山と河がある、
アキマの話を聴いて、山と河の連なりについて想いを巡らせる。山と言う大きな土の塊。山から河が流れる。たくさん河が合わさる。そしてやがて海にたどり着く。そこには、たくさんの人や生き物が住んでいる広まりがある。「ヤマ」だとか「カワ」だとか一つの言葉を取り出すよりも、それを合わせた《山河》のほうがより広い言葉になる。文字を組み合わせることで、我がのクニの言葉にないものを切りだすことができる。
「アキマ、《熟語》をもっと知りたい」
いつも笑みで受け答えするアキマの顔がちょっと難しくなる。
「トヨ、文字はたくさんあるよね。それを組み合わせた《熟語》は数がもっと多くあるんだ。だから俺も詳しく知らない。トヨは《書》を読むのが良いのかもしれない」
「ショ?」
「《文字》で書かれた物語」
「《文字》が並んでお話になっているってこと? おお、楽しそう!!」
「難しいのが多いね。わかるところしか読めない。ほとんど読めない。それに、《書》は数が少ないから、ここに持ってきたらばれてしまう」
《書》を見てみたいと思った。初めはアキマとお話できるから《文字》を習っていたけれど。面白いのだ。
「ナシメに頼んで、カラクニの人から《文字》を習ってみようかなー」
「もう俺の《先生》は終わりってことかな?」
「やー、わからないところあったら聴くわ」
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