第3話 大婆の語り
アキマが《文字》を習っている。《文字》を習うことで遠くの人に言いつけを伝えることができる。
遥か向こうにあるイトのクニにだって言いつけを伝えられる。
陽が昇り始め辺りが温まってきた。斎の宮は高い閣として設けられている。遠くを見遣ることができる。
温かな風が吹くなか、人々が種を
カラクニの進んだ仕組み。文字だけではない。コメを作ることもそうだ。春から秋まで時を費やし、一つの食べ物を作る。そのための畦や
コメを作るには多くの人を
私の
いつからこうなのだろうか。
《女たち》の話によれば、昔コメや青銅を造らぬ世があったらしい。鳥や獣や魚を獲ってそれぞれで暮らしていたらしい。今でも遥か
そうしたところでは、誰しもが全ての役割を持っていたと語られる。
あらためて宮の高殿からクニを見遣る。今は、それぞれの働きが分かたれている。コメや青銅を作る人、それにやり方を指し示す人、木挽きする人、濠を作る人、兵、奴、まじないを行なう人、それに何もしない人。何もしない人というのは、位が高いから働かなくてもよく、貢物だけで生きて行ける人のことだ。
コメを造らぬ世には、こうした何もしない人はいなかっただろう。年老いて何もできないひとも、自らの営みや昔話を子や孫に教え伝える役割があっただろう。手や足の骨が折れても何かやるべき働きはあったはずだ。それら出来なくなったらもしかしたら足手まといとして殺されたのかも知れぬ。
何もしなかったら、あるいは濠や溝だけをずっとつくっていたら、まじないだけをやっていたら、遠き古の世では飢えて死ぬ。今の世では、大きな仕組みがあるから、働きが分かれていても生きていける。
陽が最も高くなるころ、斎の宮の前庭にある仮宮に、年老いた女たちが七人現れた。板張りで、地から離して床を造る。十二の柱に支えられており、壁は厚さのない板で覆われる。壁のないところも多い。
「古えのその初め、天地未だ混じり、陽や陰また分かたれざりき――……」
何千度と聴いたこの世の始まりの物語。私はこの長い話をいくつかに分けて諳んじる。分け目のきっかけの言葉さえ想い出せれば、あとは全て連なって言葉として出てくる。きっかけの言葉を心に留めながら、大婆の一人の
その後はまじないや占いだ。火が焚かれる。宮の前庭にある仮の祀り場でまじないや占いについて教わる。大婆たちはただまじない、占う。こうやると、こうなる。私はこれを見て真似、学ぶ。わずかな風が、煙を揺らめかせる。
私の前に、何人の《女たち》があっただろう。《女たち》の培った連なりはいつから続いているのだろう。目の前にいる七名の大婆はその中の一握りでしかない。クニが出来て三百有余年。
大婆たちに大昔のことを尋ねるのは楽しみの一つだ。一通りの物事が終わった後、大婆たちにこれを尋ねる。大婆たちは、それぞれ仲の良い者とそうでない者とがあるから、尋ねる時は少し心を砕かねばならない。
「大婆様がたが幼いころからコメは作っていたのですか?」
七名のうち、二名の大婆は物語とまじないと占いでしか言葉を返すことができない。今日も、そのうちの一人がコメにまつわる言い伝えの長い長い物語を語り始めてしまった。よいところで止めて、他の大婆へ応えを促す。歯の抜けた、ヒミコおばさまより長生きの大婆が返す。
「トヨ様、私が育ったころもすでにコメはありましたぞ。私の幼きころの大婆様もコメはあったと言っておりました。ただ戦は多かった。今よりも多くの人が戦に駆り出され、コメや土器を造る人が少なくなったのでございます」
別の大婆が加える。「ヒミコさんが良く
「誰かコメを作らない古の世のことを知ってはおらぬか?」
大婆たちはしばらく黙って、そのあと誰かが応えたが、それは私が知っていることを深めるものではなかった。
七名の健やかな営みを
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