第一章 初年目
第2話 銅鏡の文字
私が住んでいる斎の宮には、神祈りの備えの他に、
私の
外で遊べなくなっても、宮におかれる貢物を
鏡は特に美しい。遠くカラクニの
鏡には語り伝えられるだけで今では見られなくなった生き物や、ある種の草木の
まじないをする台の傍らに、バラバラと整わないまま置かれている鏡がある。その一つを手に取る。
《景初三年》と書かれている。
「景」「初」「三」「年」。
アキマがやって来たときにこれについて問うてみた。
「アキマアキマ、アキマはこの綾について知ってんの?」
「あー、《文字》ね。近ごろカラクニから来た人にちょっと習ーとる」
「紋には、それぞれ表す事柄と音が揃ってあるそーだが」
「うん。みぎりから二つ目の綾、これは数が3個あるという事柄を表す。棒が3本あるというカタチが、文様の意味を表してる。「サン」と言う。次の《年》は、天地の時の流れの意味。日が長くなって短くなって、寒くなって暑くなってを繰り返すと、人や獣や草木が伸びて老いてしてやがて死ぬろー。これを表す。「ネン」って音を出す」
「他のは?」
「知らんねー、だけれど《三》と《年》は、わかるよ。寒くなって暑くなってを
「はぁーそしたらこっちの鏡のさ《四年》って言うのは、やっぱし時の流れの幅を表しとるてことかね?」
「ほーだぬ」
アキマは親指のほかの、全ての手指を立てる。四つ、ということ。
「ほー、アキマ詳しいぬ!」
「トヨは知りたがりだね。……次に来たときはもっと学んでくるよ」
私は、
おのずから媚びるような声になってしまった。行ないを省みるための
《女たち》のまじないの言葉を紡ぎながら物思いに
「これや、名を申せ」
「ふぁ!」
「名を申せ」
「ふぁ! あ、テルセと申します……」
このクニではあまり聴かない響きだ。
「どこの生まれじゃ?」
「ふぁー! あ、父の爺のころからイトのクニより参りました」
「そうか。なれば我がクニの生まれか」
「はい! はい! しかし父に付いて色々なクニを廻っておりました」
「大人に向けて話す言葉はまだ慣れぬか?」
「はい、慣れませぬ。……申し訳ありません」
ここで私がアキマと話すような、多くの人が使う話し方をこのテルセにしたならば、たしかにテルセは心安がるかも知れない。しかし、巫女の
テルセが去る。ここからは長い。表向きには、夜の祈りを行なう時だ。これはすぐに終わる。まーぶっちゃけ、誰が見ているわけではないから、やらなくても良い。やっても良いし、まぁ、やった方が良いか。今日はやることにしよう。
あとの時間は勤めがない。私は宮に
どうしたら良いのか。それは、身体を動かすことだ。
「しゅ! しゅ!」
まっすぐに立ち、膝を曲げて腰を落とす。これを百五十度繰り返す。次に壁際に立ち、
幼いころ、
これらを終えたあとは、宮のなかを歩く。同じところをぐるぐると歩く。体を慣らす。走れればいいのだけれどバタバタと音を出してしまい「あの巫女は何をやっているのだ?」と端女から思われてしまうだろう。
身体が疲れて眠くなる。汗が引いて身体が冷え始める。着替えて
女たちから教わったまじないや物語の言葉たちが、大水のようにがあふれ出てくる。
語りは連なりだ。私は《女たち》から伝えられたまじないの言葉や昔からの物語を全て
身体を動かすと、あるひと時だけ、声が聞こえなくなる。それとアキマとの話をもっぱらにして我を忘れた時、少しだけ、声が聞こえなくなる。
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