01-01
「初めまして。日和田、葉月さんですね。私は長谷川と申します」
そう言って対面に座った彼女はこちらににこりと笑いかけた。春の、今日みたいな曇り空に映えそうなグレーのセーターの上にジャケットを羽織っている。服装を全体的に見ると半分仕事、半分私事といった様子だ。年は20代半ばだろうか。
ちなみにこの場所は例の喫茶店Mezです。彼女もまた、この場所の常連らしい。差し出された名刺を確認すると、長谷川と苗字だけが記されていた。名前のほうは。
「……魔術師協会異形対策部、ですか?」
と、私は彼女にあいさつをすることもなく最初にこう言ったのです。
皆さんこんにちは。本日はお日柄もよく、素晴らしい日でゴザイマスネ。挨拶は人づきあいの基本っていうよね。でもそんな事すら抜けちゃったわ。
けどそんな私の心情を察してか、長谷川さんは目を見ながらゆっくりと話してくれる。こういった対応に馴れているのだろうか。
「何も知らない人が見れば驚くわよね?わかるわ。けど日和田さん、あなたが異形と関わった可能性があって、危害が及ぶ可能性があるとしたら説明せざるを得ないの。それは私の義務であって、その事実を私に報告するのが彼らの義務なのよ」
そう言うと長谷川さんはカウンター越しに紅茶を淹れていた清代を見た。
今日も変わらず穏やかに麗しい清代さんは、こちらの視線に気づいたのかニコリと笑い返してくれたので、少し正気に戻れた。カウンター席にはリルカちゃんが座っていて、紅茶が淹れおわるのを所在なさげに待っている。今日も変わらずロングスカートのメイド服だ。小さい子がボリュームのある服を着るとかわいく見えるなぁ。
「義務。ですか?」
「そう。清代および志久間はこの町に置いての異能者の発見、および発生した異形の駆除をしているということは聞いたわね?その活動状況を観察、協会への報告をしているのが私なの。彼らの上司というよりは、監視者のほうが説明としてはわかりやすいかもしれないわ」
テラスのほうから小七君が戻ってくる。庭の掃除をしていたようで、まくった袖を戻してから私たちに会釈した。会釈仕返して、スタッフルームへ消えていく背中を見送る。
異形という言葉はこの前の一件の時に志久間さんが説明してくれた。
えっと。
“人間でなく、対話が不可能な存在。異常な形で存在しているもの”だ。
“それを生み出した誰か”が異能者。
「異形は、魔法ではないと志久間さんは言っていました。それを駆除するというのは、その、信じられなかったんですけど目撃をしたのでわかります」
「魔法ではないわね。原理としては魔法に近いのだけど、操れないものは自然現象や災害に近い。異能者だって魔法使いじゃなくて超能力者だって協会の上の人はおっしゃっているわよ……あら、ありがとう」
リルカちゃんが紅茶を持ってきてくれた。ついでに焼き菓子も添えてある。
今日この店に入ってきてからリルカちゃんとは一言もしゃべっていない。いつもならお店に来たときや、こうした瞬間に多少なりとも言葉を交わすのに。
一礼し、ちらりをこちらを見てからすぐにカウンター脇へと戻っていった。
嫌われたとかそんな問題ではないのはわかっている。なぜならずっとこちらを窺っているような空気を感じるからだ。
リルカちゃんの雇い主の上司だから大人しくしているのだろうか。確かに、素でリルカちゃんが喋り出したら何を言い出すかわからないし。
「日和田さんに先に言っておくけれど、あなたの事も協会に報告させてもらっているわ。“魔術師が不十分に結界を張ったために一般人が巻き込まれた。損傷がないことを確認し、厳重に注意、経過観察とする”」
「はい……」
「志久間については厳重に注意しておいたわ。あなたについてはそうね。経過観察と報告したのよ」
「あの、質問良いですか?」
「どうぞ」
「根本的なところからなんですが、私みたいな一般人が魔術を見たわけじゃないですか。其の場合記憶が消されたりはしないんですか?」
「ふむ……なるほどね。日和田さん、ちょうどおジャ魔女とか見ていたのかしら」
「それもありますし、昭和の魔女っ子の話だと人間に魔法を使っているのを見たらいけないって言うじゃありませんか。」
「ええ、そうね。一般人なら記憶処理をするのが妥当なのだけど」
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