第2話 変人さんの部屋

 微睡みの中、ひんやりと冷たいものが額を覆っているのが分かった。何だろう、冷たくてとても気持ちが良い。

 目をうっすらと開けてみる、すると見慣れない天井が視界一杯に広がっていた。

「あ、起きた」

 聞き覚えのある声がした方向に顔を向ける、しかし、視界がぼんやりとしていてその人の顔がよく分からない。

「誰……」

「あれ、分からない?」

「ああ……公園で会った変な人だ」

「そうそうご名答、でも変な人は余計だな」

「ごめんなさい」

 そんなやり取りの後、私はよくよく周りを見てみた。どうやらここはこの男性の家らしい、公園で倒れてしまった私を運んで来てくれたようだ。

「ここは、あなたの家ですか?」

「うん」

「あの、ありがとうございます……」

「いえいえ、急に倒れたから驚いたよ」

 変わった人だけどとてもいい人だ。急に目の前の男性が私の目には神様の様に見えた。

「ところで君は家でしてきたと言ってたけれども行く宛はあるの?」

 その一言に一気に現実に引き戻された。

 行く宛なんてない、それなのに考えもなく感情の赴くままに家出をしてしまった。そう答えれば大抵の人は呆れるだろう、それならばとっとと家に帰った方が良いと諭すだろう。

 きっとこの人もそうするだろう。

 そんなことをぐるぐる考えて答えずにいたら行く宛がないことくらい見透かされてしまう、そして案の定私の予感は当たってしまった。

「もしかして、ない?」

「……」

「ないんだね」

 私の沈黙を肯定と受け取ったらしい男性はしばらくの間私をじっと眺めてきた、値踏みをされているような気がして居心地が悪い。

「こ、これから探します!」

 苦しみ紛れに私はそう言っていた。そうだ、今から探すのでも遅くはない、きっとどこかには私の居場所があるはずだ。

「……そうか、それも悪くないけどね。」

 男性はそれ以上は何も言わずに部屋を出ていった。

 一人になると不安は倍増した。これからのことを考えると不安で堪らなくなった。

 それでも自分の選んだ道だ、これくらいのことで挫けていては生きていけない。

 いくら前向きに考えてみても不安は消えなかった。

「これから、どうしようかな……」

 自分一人だけの薄暗い部屋に私の声は空虚に響いた。


 熱が下がるまでに丸二日かかった。その二日間をこの場所で過ごしてみても私のことを助けてくれた男性の素性は何一つ見えてこなかった。名前すらも知らないままだった。

 私はその間彼のことを心の中で「変人さん」と呼んでいた。理由は言うまでもなく変わっている人だからだ。

 三日目の朝、目が覚めると体は軽く熱も下がっていた。体調も良くなったのでそろそろ出ていかなければならない。行く宛はまだ決めていないけれど何とかなるだろう、この二日間で私は随分楽観的に物事を考えられるようになっていた。

 変人さんは私が寝込んでいる間本を読んでいた。本はあまり読まないから分からないが何だか難しそうで分厚い本だった。

 変人さんは一日中家にいた。私のいる部屋以外の部屋に籠っているか、この場所で本を読んでいるかでこの二日間外に出ていた様子は見られなかった。

 家で出来る仕事をしているのだろうか、はたまた無職だとか。

 そこまで考えてあまり詮索するのは良くないと考えた。

 そして、今日も変わらず本を読んでいる変人さんに私は布団から起き上がって言った。

「あの、」

「ああ、起きたんだ。体調は?」

「おかげさまでとても良くなりました。」

「それはよかった」

 変人さんは抑揚のない声で淡々と答える、私と話している間も本から目を離さない。

「それで、その二日間本当にお世話になりました!」

 私は勢いよく頭を下げた、声と態度で感謝を示そうと思ったのだ。

 変人さんは何も言わない、恐る恐る顔を上げると変人さんは本から視線をはずして私をぼんやりとした目で見ていた。

 そして驚くべきことを平然と言ってのけたのだ。

「行くとこがないなら別にここにいてもいいんだよ」

 私は何を言われたのか理解できずにいた。

「今なんと……」

「だから、別にここにいても良いって。行くとこないんだろ?だったらここにいなよ」

「でも……ご迷惑じゃないですか?」

「全然」

 あっさりと言ってのけた。

 当然私は迷った。変人さんの申し入れはとてもありがたいことなのだが名前も知らない人の家に行きなり居候させてもらうというのはどう考えても迷惑以外の何者でもない、それにこの人は私を助けてくれた人だ、これ以上迷惑かけるのは避けたい。

 いろいろと悩んでみたけれど何が正しいのか分からない。

 私が悩んでいる様を変人さんは観察していた。

「どうするの?」

 結局、私が出した答えは。

「えっと……本当に大丈夫なんですか?」

「うん」

「お金とか、ないんですけど……」

「学生から取るほど金には困ってない」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます!お願いします!」

「どうぞ、まあ気楽に暮らしてね」

「は、はい!」

 感激のあまり声が震えている、この震えは安心からもきているのだと思う。

 こうして私は変人さんの所に居候させてもらうことになったのだった。

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家出少女と変人さん @cco12039

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