第5章 その後

(1)ソル連邦国内で発行されている新聞より抜粋


 世紀の空戦、蛇とカモメ


 昨日未明、ソル空軍はグラデス島でエセル・ヒロイズ飛行士の乗る最新鋭機コーパーの残骸を発見したと伝えた。第一発見者はグラデス島に住む一般市民2人で、機体は大破しており、原型をとどめていなかったという。ヒロイズ飛行士の遺体は発見されず、葬儀では空の棺が運ばれた。同時に、貴志空軍の“カモメ”と通称されるエース・パイロットが乗っていたとされる戦闘機の残骸も発見された。交戦規定に則り、残骸は貴志国へと引き渡された。当局では、試験飛行中に偶然接敵した“蛇とカモメ”が、何らかの理由で無許可での交戦をしたものとみて調査を進めており……



(1)高木


「まだ飛行機の整備なんかしてるのか」

 先輩整備士に声をかけられ、貴志国・鶴牧空軍基地の格納庫にいた高木は油まみれの顔をあげた。

「もう使わないんだぞ、それは」

 呆れたように言われた。

「まぁそうなんですけど。最後に頑張ったね、って整備してやりたいんです」

「やっぱ変わってるよな、お前」

 そう言うと、じゃあお先にと先輩整備士は格納庫から出て行った。


 高木は格納庫の飛行機群を見回す。戦闘機、爆撃機、輸送機。もう、空戦場へと出ることはない機体たちだ。

 半月前、西海戦争は終わった。

 グラデス島の上空で繰り広げられたカモメと蛇の、一対一の空戦。

 人知れず行われた空の王同士の世紀の対決は相討ちに終わった。そして、その置き土産として中立特区上空での戦闘が9カ国連盟で議題に上がり問題となった。両国のエース・パイロット同士の戦闘が、軍部に無断で行われたわけがないというのだ。国際交戦規定を守らず戦闘を行ったことは大きな問題となり、貴志国とソル連邦は連盟に代表を送ることになった。そして、その場で両国の代表は強制的に休戦公約を結ばされることになった。もし一方が断れば、戦争は継続するが相手国に9カ国連盟の後ろ盾がつくことになる。休戦は嫌だが、相手国に有利な要素も与えたくない。そんな、お互いにとっての苦渋の選択だった。

 そして一週間後、ついにエンガルド合衆国、オルデラン皇国などが前線に介入してきた。西海から貴志海軍・ソル海軍は全面撤退させられた。今や西海には9カ国の海軍がうろうろしている。その中には資源採掘船の姿もあるというから、この手際のよすぎる介入にも何やらきな臭さが漂う。

 しかし、とにもかくにも、戦争は終わった。

 ――とんでもないことしますね、宇津井さん。

 高木は心中で語り掛ける。

 ――あなた、戦争を終わらせてしまったんですよ。

 ふっと、サイトとの思い出がよみがえり、高木は微笑んだ。

 閉まりきっていない格納庫の扉から、熱気が入ってくる。

 もう夏が来たのだ。

 戦争のない夏が。


 ――そういえば、宇津井さんが好きだった女の人って誰だったんだろう。

 そんなことを、格納庫の灯りのもとで考えた。

 高木はなんとなく、海の向こう、ソル連邦の方へと顔を向けた。

 自分でも何故そちらへと向いたのかわからない。

「まさか、ね」

 高木は一瞬頭によぎった馬鹿げた考えを振り払った。別に、貴志国にいる多くの女性からの求婚をすべて断っていたからといって……。

 高木は最後の機体の整備を終えると、よいしょと腰を上げた。ぱぱっと道具を片付け、顔に付いた機械油をぬぐった。

 最後に電気を消し、格納庫から出ようとする。

 そこで、ふと振り返る。

 最後に整備した機体……回収された継ぎ接ぎだらけのサイトの獄風を眺める。

 ――宇津井さん、俺は信じてますからね。

 心中で語り掛けた。

 軍部に言っていないことが、ひとつ。

 最後まで見つからなかった獄風のあるパーツのことだ。

 ――このことは、墓場まで持っていきますから。

 最後まで手間をかける人だ、と高木は苦笑すると、格納庫の電気を消す。

 天井の採光窓から差し込む月明かりだけが、獄風を照らし出していた。



(1)少年と男


 半月前。


 早朝、グラデス島の浜辺。

 曇り空の下、少年と顎髭を生やした男が並んで歩いていた。男の名はクレインで、少年はタダシ。ふたりは西海戦争が始まる前から年の離れた友人どうしだった。

 戦争がはじまると、中立特区であるグラデス島でも貴志人とソル人の仲は険悪になったが、このふたりには関係のないことだった。

 その朝も、ふたりは浜辺をぶらつき、流れ着いてきた金目の漂着物を漁っていた。戦争がはじまると使えそうな金属や機械の残骸が漂着することが多くなり、クレインとタダシの昼食が少し豪華になった。


「不発弾には気をつけろよー」

 クレインがタダシに警告する。

「いやいや。アンタこそ、この前グレネード拾って危うく安全ピンを抜きかけてたじゃん」

「は? 俺はあれがグレネードって知ってて、確かめるためにピンを抜こうとしてただけだから。お前がクレイン危ない!とかすごい剣幕で言うから、それに驚いて投げ捨てただけだし」

「あーはいはい」

 タダシは聞き流し、足首まで海に浸かって波間で揺れる木片などをひっくり返していく。

 そこから30分ほど探したが、特にめぼしいものはない。遠く向こうでパラシュートの残骸らしきものが浮かんでいたが、金にはならなさそうなので無視した。

 今日はここまでかな、と思い砂浜まで引き返す。

 今のところ収穫はない。

 タダシがそれでも諦めきれずに波打ち際を歩いていると、奇妙なものが打ち上げられていることに気づいた。

 2枚の板に、それぞれ絵のようなものが描かれている。

「ねぇ! これはお金になる?」

 叫んでみると、ざしざしといかにもだるそうな顔をしたクレインが近づいてくる。

「ちょっと見せてみ」

 そう言って、クレインはタダシの指さした方を見た。

「あー。戦闘機の機首の一部か。ノーズアートの部分だけ剝がしてあるな」

 金にならないと判断したのか、死んだような目でしばらくその板を眺めていたクレインが、何かに気づいたのか蒼白な表情へと変わっていく。

「どうしたの?」

 タダシが尋ねると、口をぱくぱくさせる。

「これ、おま、これ。蛇と、カモメ……」

 タダシは首を傾げる。

「いや、何が描かれてるのかくらいはわかるけど」

 口を尖らせると、慌てたようにクレインが叫んだ。

「違う! これはだな……ヤバいぞ、連絡しないと! と、とりあえずソル空軍に電報、そのあとに貴志空軍! タダシはそこで待っとけ!」

 ひとしきり一人で慌てたあと、大急ぎでクレインは町の方へと走っていった。

 とりあえず、何やら分からないがタダシは浜辺で言われた通り待つことにした。

 ぼーっと、並べられた蛇とカモメが描かれた板を見る。

 今にも何かに噛みつこうと口を開ける蛇と、悪戯好きそうな目をしたカモメ。

 それが、横に綺麗に並んで置かれている。

 ふと、そこでタダシは、自分たちがここに来る前に誰がこの2枚の板を並べたのだろうと思った。

 浜辺を見渡す。周りに人はいない。

 砂浜に足跡でも残っていないかと探すが、もう既に波がさらってしまっていた。

 誰がいたにしろ、もうどこかに行ってしまったのだろう。

 生温い風がタダシの頬を撫でた。

 夏の訪れを予感させる、不快ではない潮風だった。

 海の上に広がる曇り空の合間から、一筋の光が差し込んでくる。

 どうやら、今日はこれから晴れになりそうだった。


〈了〉

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蛇とカモメ 暮準 @grejum

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