十三発目『おっとこハメ太郎』

「コレ、なんだと思います……? 先輩」


 軽めのジャブを入れるように、お盆の上に置かれた“Oの字が浮き出た袋”ついて鳴海先輩に問いかける。


「そ、そないなこと言われてもわからへんよぉ。ウチ、鳴海先輩やしー……」


 よかった。先輩は“美少女”という仮面を被らなければいけない立ち場上、どうやら自分からこのブツについて触れることはないようだ。

 むしろ問題があるのは──。


「ええっ、二人とも思春期真っ盛りな男子高校生だというのに知らないんですか!? コン◯ームですよ、コン◯ーム!」

「おいコラ、連呼すな」


 やはりというべきか、最初にその名称を口にしたのはいろんな意味で危なっかしい女、セクサロイドのラビだった。彼女は何の躊躇いもなく小袋を手に取ると、聞いてもいない解説を淡々と始める。


「確かに男性同士ならば避妊の必要もないと思われがちですが、実はア◯ル◯ックスにおいても装着しておいたほうがいいものなんですよー。直腸内は性病の原因となる微生物がたくさん生息している部位でもありますから、装着せずに挿入してしまうと尿道から病原菌が侵入する可能性もあるのですっ」

「いや、やらないからね? やるつもりは毛頭ないからね?」


 というかやれないたたないからね?


「生は危険です! 辰兵衛さん!」

「危険なのはお前の頭だ! ったく、先輩も何か言ってやって……」

「う、宇佐美はん……」

「……先輩?」


 目を向けると、鳴海先輩はいかにも顔面蒼白といった表情で固まっていた。

 そうか。もともとラビに憧れを抱いていた鳴海先輩のことだ。きっと彼女の本性を見て幻滅してしまっているのだろう。

 ここまで性に関する話題にガツガツと食いつく女性など、よほどの人じゃない限りドン引きしてしまうはずだ。できればこのまま帰ってくれれば嬉しいのだが。


「だ、大丈夫ですか先輩。気を悪くしたなら一度家に帰……」

「フッフッフ……ごっつスケベな女やないけぇ……」


 しまった。こいつは“よほど”な方の人間だった。

 先輩はよだれを手で拭いながら、『なおさら一揉みしなければ帰れない』といった邪悪な笑みを浮かべている。その眼光はさながら野に放たれた獣のようだ。

 とはいえ、鳴海先輩の“猫を被り続けなければならない”という制約が破られたわけではない。何かきっかけがない限り、先輩が自発的に事を起こすことはないのだ。

 だが、ただでさえ脱線しかけているこの状況に、ラビがさらなる拍車をかけてしまう。


「あっ、そうだ! お二方ともコレについてはあまりご存知ではないんですよね!」

「いや、知ってるけども……」

「じゃあこうしましょう! 僭越ながら、わたしがお二人の愛の営みをお手伝いさせていただきますっ!」

「いや、えっ……は?」

「つまるところ3Pというやつです! さあ二人とも、はやく服を脱いじゃってください!」


 あろうことか、ラビは大胆にもアブノーマル過ぎる方法を提案してきやがった。文章媒体とはいえ、そんな絵面が公開できるわけないだろう。何度も言うがアカBANされるのだけは勘弁だからな。別にこの作品は“運営とのチキンレース”を繰り広げているつもりなんて全くないからな。

 当然ながら僕が容認するはずもなく、手をクロスさせてセーラー服を脱ごうとしているラビを寸前で制す。


「待て、落ち着け。まず服着ろ」

「ほへ? 鳴海先輩のあられもない姿を見れば、辰兵衛さんが再び勃ち上がるかもしれないんですよ?」

「だから僕にソッチの趣味はないっつの。そもそも僕のはまだ機能しないし……」

「問題ありません! 辰兵衛さんは鳴海先輩に入れてもらうだけでいいんですからっ! 無問題もーまんたいっ、無問題もーまんたいっ」

「僕が掘られる側かよ……!?」


 あとテ◯アモンみたいに耳をむぎゅーっとするな。顔もなんかデフォルメ化されててキモいし。


「先輩も何か言ってやってくださいよ……! 小説タグに『BL』が加わる羽目になるのは先輩だって御免でしょう……!?」

「……立梨、いいからケツ貸せ」


 ぞくぞくとした寒気が迸った。

 鳴海先輩は僕の肩をガシッと掴み、やばい薬物でも射ったかのような表情でこちらを見据えている。瞳孔は開ききっていた。


「せ、先輩……? あなたの目的は僕じゃなくてラビのほうですよね……!?」

「ああ、そうだよ。その為にはテメーの協力が必要だ。お前も協力してくれるんだろ? さぁ脱げ、というか脱がす……!」

「む、無茶苦茶だ……ッ!?」


 もはや目的と手段が逆転しているまである。これでは本末転倒だ。

 見た目こそ華奢な鳴海先輩ではあるが、意外にも力は強く、僕は抵抗するも虚しく床に押し倒されてしまう。


「ちょ、先輩やめてくださ……や、やめろォ!!」

「暴れんなよ……ホラ脱げよ、ホラホラホラ……!」


 先輩の綺麗な指先が僕の制服のボタンへと伸びる。まるで経験があるかのような手際の良さで、僕はあっという間に上着を剥がされてしまった。続けて中に着ていたワイシャツも脱がされそうになる。


「せ、先輩は女の子が病的に好きなんでしたよね!? なのにこの状況はおかしいですよね!?」

「やめるわけねぇだろオイコラ! こっちこいオルァ!」

「わ、我を忘れてる……!?」


 体の上にまたがるその様は、さながら臓物を食らう暴走した初号機けものだ。このままではプラグをエントリーされかねない。


「ラ、ラビィ! ぼーっと見てないでこいつを止めてくれぇッ!」

「……はっ! すみません、つい見惚れてしまってて。でもなんか、こういうのもアリかもですね……」

「ソッチに目覚めつつある……!?」


 何やらラビは真面目な顔で一人頷いている。このままでは第二の白恋が誕生してしまうかもしれない。

 あらゆる意味で絶望に暮れていたその時、何者かの手によって不意にドアが開け放たれた。


「たっくん、またお客さんが来てるわよ……って、あらあらまぁ」

「お邪魔しまーす、立梨くん……って、ファッ!?」


 噂をすればとはよく言ったものだ。そこにいたのは来客を招き入れた僕の母親と、何やら小綺麗な小包を抱えた白恋弥生だった。

 彼女らからしてみれば、部屋のドアを開けた途端に“僕が鳴海先輩に身ぐるみを剥がされている最中”という何とも奇妙な光景が飛び込んできたことだろう。

 ショックのあまり、白恋は小包を床に落としてしまう。その表情は悲しみに満ちて……違う、最高に嬉しそうだった。


「見学を……いや、実況か解説をしてもいいかな……!?」

「そんなことより白恋ぃ! はやくこいつを止め……あっ……アッー!!」


  このあと鳴海先輩は我を取り戻し、普通にお茶して過ごした。


♂ ♂ ♂


「お邪魔しましたっ!」

「お、お邪魔しやしたぁ……」


 白恋と鳴海先輩を見送るべく、僕とラビもエントランスまで付いて行くことにする。

 先輩はラビの前で暴走してしまったことを引きずっているのか、先ほどから少し元気がない。京都弁のキレも若干鈍っている。もっとも、ラビ本人はあまり気にしていない様子ではあったが。


「ここまででいいよー。ありがとね、立梨くん。ラビちゃん」

「ん、そうか。じゃ、気をつけて帰れよ」

「うん! じゃあまた明日ねぇ……っと、その前に」


 わざとらしくフェイントをかけたあと、白恋が踊り子のようなスキップでこちらへと詰め寄ってくる。彼女は鞄からスッと何かを取り出すと、それを僕のほうに差し出してきた。


「ちょっと渡すのが遅れちゃったね。はい、ハッピーバレンタイン♪」


 放心状態のまま、ラッピングの施された四角い箱を受け取る。その事実が情報として脳髄へと到達するまで、さらに数秒を要した。


「し、白恋。これ……」

「えへへ、チョコってやつかな。中学からの付き合いだしねぇ」


 うん、そんな気はしてた。別に僕は本命だなんて一瞬たりとも思わなかったぞ。本当だからな。畜生。


「今日は急に家に上がっちゃったりしてごめんね。お茶まで出してもらっちゃって」

「いや、白恋なら別にいいよ……ほ、ほら。中学からの付き合い、だし」

「フフフ。思えば立梨くんも、昔より男前になりましたなぁ……」

「そ、そうか……?」


 白恋の方を向きなおして、僕は驚きのあまり眼球が飛び出しそうになった。

 彼女の小さな桜色の唇が、こちらの頬に触れる寸前まで近づいてきていたのだ。動揺を必死に抑え込もうとしていると、白恋は耳元でそっと囁く。


「……鳴海先輩とのオツキアイ、私も応援してるからねっ♪」

「あ、ありがと……う……?」


 結局なにやら重大な誤解を抱えたまま、僕と白恋のバレンタインは終わりを告げた。


♂ ♀ ♂


 風呂から上がり、部屋着への着替えも終えた僕は、冷蔵庫の中から小包を二つほど取り出していた。一つは鳴海先輩から貰った、ピンクと赤の可愛らしい本命(という建前の)チョコの箱。そしてもう片方は白恋から貰った、黒地のオシャレな義理チョコの箱だ。

 それらを持って自分の部屋へと戻ろうとすると、後ろから母親に声をかけられる。


「はいっ。たっくん、お父さん。お母さんからのバレンタインチョコ!」


 そう言って、スーパーやコンビニなどでよく見かけるオーソドックスな板チョコを渡された。いわゆる家族チョコというやつである。

 新たに増えたチョコも抱えて、再び部屋に向かうべく廊下を歩く。

 そういえばラビの姿を先ほどから見かけないな。そんなことを考えながら、僕は部屋のドアを開くと──。


「ハッピーバレンタインですよ! 辰兵衛さんっ!」


 僕のベッドの上に、リボンが絡まって身動きの取れなくなったウサギのモンスターがいた。


「ふふ、ご覧の通りチョコはですっ! さあ、生ものですので早いうちに召し上がってくださぁい……♡ ってちょ、何で閉め」


 そっと、僕はドアを閉じた。

 そのまま廊下の壁にもたれかかり、手に持った箱たちに視線を落とす。


「最終的に今年は3個、か……」


 果たしてその数が多いのか少ないのかは、僕にはよくわからない。きっとダンテや鳴海先輩は、僕とは比べものにならないほどの量を貰っていることだろう。

 それでも僕は、素直に嬉しいと思うことができた。


 バレンタインデーとはチョコの数を競う日などではなく、気持ちを伝える日なのだ。それがどのような形のものだったとしても、あげた方も貰った方も満たされる。すっかり忘れていた感情を、このチョコの味は思い出させてくれた。


「……甘い、な」


 基本的に甘いものは苦手な僕であったが、それでもチョコは心に甘く染み渡った。

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