十二発目『きまぐれハレンチ☆ロード』

辰兵衛たつべえさん! ウ◯キペディアに『だいしゅきホールド』の記事があるって知ってました!?」

「んなことどうでも……マジで?」


 今日の授業が全て終わり、今は放課後。帰宅部であり委員会の仕事もない僕とラビは、特に居残りをする理由もないのですぐに帰宅する。

 正面玄関を出てしばらく進んでいると、校門の側に見覚えのある人影があった。まるで想い人が来るのを待ちぼけている少女のようなその人物は、乙女の皮を被った鳴海なるみ恭馬きょうま先輩である。


「あっ、立梨くーん! こっちどすえー」


 昼休みにみせた激しい一面が嘘だったかのように、鳴海先輩が甘ったるい京都弁でこちらを呼ぶ。こうなっては無視するわけにもいかないので、軽く会釈しつつ彼の元へと歩み寄った。


「先輩。待たせちゃてすみません」

「かまへんでええよぉ。ウチもいっこも待ってへんしぃ……って、あるぇ!?」


 鳴海先輩はもの凄く強引に僕との会話を打ち切り、ラビのほうに顔を向ける。若干僕の扱いが雑すぎる気もするが、鳴海先輩とはそういう契約なので大目に見るしかない。力不足感は否めないものの、僕は先輩とラビを結ぶ恋のキューピットとやらを演じなければならないのだ。本当に不本意ではあるが。


「こないだ転校しいや来たばっかりん宇佐美はんやないどすか! すっごい偶然、今帰りなん?」

「そ、そうですけどー? 辰兵衛さん、この小動物系の可愛い女の子は知り合いです?」


 さすがに強引過ぎたのか、困り顔でラビが訊ねてきた。

 『見かけに騙されるな』やら『小動物は大抵肉食だぞ』などと皮肉のひとつでも言ってやりたくもあったが、そんなことをすれば先輩からどのような仕打ちを受けるかわかったものではない。ひとまず同調することにした。


「ああ、この人は……」

「初めましいやぁ宇佐美はん! ウチ、2年A組ん鳴海恭馬とええますぅー! 宇佐美はんのことは色々と聞いておるんやよー。ごっつエロ……あっいや、かぁいらしい1年の転校生がやってきたって!」


 僕が仲介に入るまでもなく、鳴海先輩はラビの両手を握って自己紹介を初め出した。

 なんだ。『本命を前にすると緊張する』とか言っていたが、なんだかんだで先輩もやればできるじゃないか。

 この調子なら僕がわざわざキューピットを演じるまでもないな。そう思って安心しきっていたのだが……、



「おお、あなた様が辰兵衛さんに本命チョコを贈った鳴海先輩でしたか! いやはや、初日でさっそくラブラブ下校とは、お熱いですなぁっ!」



 ラビの思わぬ一言に、鳴海先輩の表情が一瞬で凍りついた。

 まずい。彼女はどうやらとんでもない誤解をしている。


「あのな、ラビ。別に僕と先輩は付き合って……」

「いえいえ、もうき合っても良い仲だと思いますよっ!」

「いや、だから先輩とは……」

「ご心配なく! わたしはお二人の愛が末長く続くことを祈っておりますからっ!」


 駄目だこいつは。まるで聞く耳を持っちゃいない。

 すると今度は鳴海先輩に耳を引っ張られ、怒りの感情が込められた小声で耳打ちされる。


「オイイィィィィィ!! テメーまさか、オレがチョコを渡したことを宇佐美に喋りやがったな!? おかげで凄い勘違いされてるじゃねえか! てか宇佐美さん、ソッチ方面にも明るいやつだったのかよ!?」

「下駄箱開けたときにチョコ見られちゃったんですよ。これに関しては嘘告白なんて回りくどい方法をとった先輩が悪いですって」

「おまっ、他人事みたいにいいやがって……!」

「いや、完全に他人事ですし……」


「じゃあわたし、お二人の邪魔にならないよう先に帰りますねっ!」

 

 気を利かせているつもりなのか、ラビはそう言ってそそくさと帰ろうとしてしまう。このままではいけない。僕と先輩が二人っきりになったところで、何の意味もない。

 おそらく先輩も同じ判断をしたのか、彼はすかさず『待って!』とラビに声をかけた。

 呼び止められたラビが『ほへ?』とこちらを振り返る。ここで上手く説得することができれば、先輩は晴れてラビと一緒に下校するという念願を達成することができるだろう。

 さあいけ、先輩……!


「きょ、今日は宇佐美はんも一緒に帰ってくれへん? 立梨くんと二人だけで帰るのは……その……」

「……あー、“二人きりで帰るのはまだ流石に恥ずかしい”ということですね! そういうことでしたらわたくし、ふつつか者ながらお供致しますっ!」


 誤解が悪化した……ッ!?

 “ラビと一緒に帰りたい”という先輩の申し出を、彼女はあろうことか“初心なカップルにありがちな頼み”として受け取りやがった。

 すぐに僕と鳴海先輩は先ほどの発言を撤回しようとするも、ラビは聞かずに歩き出してしまう。おまけに彼女はあたかも自分がキューピット役でいるつもりなのか、鼻歌交じりでえらく上機嫌だ。


 結局のところ鳴海先輩は、僕とラビの三人で下校することになってしまった。


「鳴海先輩っ! 辰兵衛さんとの子供は何人くらい作るご予定ですかっ」

「う、宇佐美うさみはん。男同士で赤ちゃんはできまへんよ……?」

「あっ、この時代ではまだそうでしたっけね!」

「じだい……?」


 ラビと並んで歩く先輩は、さっきからしょうもない質問攻めを受けてしまっていた。どうやら“校内一の美少女”という仮面を被り続けているあの鳴海先輩でさえ、ラビのペースには完全に引き込まれてしまっている。

 そんな二人の後ろを歩いている僕は、彼らのやり取りする様をただただ見守っていた。なにせここは鳴海先輩の勝負どころだ。僕が必要以上に関与する必要はないだろう。

 そう思っていたのだが、


「そ、そや、立梨君! ウ◯キペディアに『エクストリーム・アイロン掛け』の記事が実在したはるのは知ってまっしゃろか?」

「なんですかいきなり……マジで?」


 どうやら先輩のチキンさが発揮されてしまったらしく、何故かラビではなく僕へと話題を持ちかけてきた。それもなかなかどうして盛り上がりそうにもない話題をだ。

 というかラビといい先輩といい、お前らウ◯キペディア愛読しすぎだろ。さては『一生一緒にウ◯キペディア♪』とか歌っちゃう輩か。


 そして会話はあまり盛り上がりをみせないまま──というか、ラビ一人で勝手に盛り上がってはいたが──、一行は僕の家があるマンションに着いてしまった。

 階段を上がり、四階にある自宅へと向かう。もちろん、誤解はまだ解けていないままだ。


「てか先輩、本当にウチに上がり込む気なんですか……?」

「ったりめーだ……! ここまで来たら、一揉みくらいしてから帰らねえと割に合わねぇ……!」

「そんな『コンビニのトイレ借りたついでにガムくらい買っておかなきゃ』くらいの感覚で言われても……」


 ひそひそ話を続けている間にも、ラビは部屋のドアを開いて中へと入る。僕と先輩もあとに続き、玄関で靴を脱いで家へと上がった。


「たっくんにラビちゃんもおかえりなさい……あらあらまぁ! 可愛い女の子のお友達まで!」

「な、なにぃ! 辰兵衛が女の子を連れてきたのか!? このバレンタインの日に! それもめっちゃ美少女……なんか悔しいっ!!」


 リビングに入ると、キッチンに立つ母さん……それから床にだらしなく寝っ転がる父さんからの出迎えがあった。

 ……いや、父さんはまだ家にいちゃ駄目な時間だろ。仕事はどうした仕事は。


「初めまして、立梨君らとは一つ上ん学年の鳴海なるみとええます。今日はお邪魔させてもらいきますねっ」

「うわあ! すごいよ母さん、モノホンの京都美人だよ……!」

「あらあらまぁ! あとでお茶持っていくから、それまでたっくんの部屋でゆっくりしててねー?」


 初見じゃ無理もないとはいえ、どうやら両親は先輩のことを女子だと思い込んでいるようだ。一応、鳴海先輩が着ているのは男子生徒用の制服なわけだが、まあうちの親は多分気付いてすらいないだろう。

 そんなこんなで僕の部屋に、ラビと先輩が上がり込む運びとなった。ウサ耳の生えたセーラー服の女子高生と、“天使”と称されるほどの男の娘が自室にいるといのは、なんとも奇妙な光景である。


「ていうか、この場にわたしがいたらやっぱりお邪魔じゃないですかね? ほら、お二人でアレやらナニやらやりたいことがあるでしょうし……」

「ま、待っておくれやす……! 宇佐美はんにもここに居ておって欲しい!」


 無理やりにでもラビを引きとめようとする先輩だったが、やはり緊張しているのか、それ以上何も起こることはなかった。あれだけ豪語していた彼は一体どこに行ったのやら。といっても、僕の目の前で有言実行一揉みをされてもそれはそれで困るのだが。


「それに宇佐美はん。僕ってこんななりでも一応男やし、立梨君とは別に付き合ってるわけじゃ……」

「謙遜することはありません! 男同士というのもまた、数ある愛のカタチの一つなのですよ! ……と、弥生が言っておりましたっ」


 やっぱり白恋の受け売りだったか……。

 おまけに誤解は依然として解けないばかりか、ラビの脳内であらぬ方向へとエスカレートしている気がする。

 さらにそこへ、予期せぬ劇薬が投げ込まれることとなる。


「お待たせー。アイスティーしかなかったけどよかったかしらっ?」


 ノックと共に、母親がドアから半身を覗かせる。

 母は床に御盆だけ置くと、すぐにドアを閉じ切ってリビングへと戻ってしまった。

 丸型の御盆の上には、紅茶の入ったコップが3つ。そして、リング状の内容物が浮き出た小さな袋が幾つか添えられている。


(あ……あのバカ親ども、まさか……ッ!?)


 僕の両親は、おそらく鳴海先輩を女性だと思い込んでいる。つまり、は僕が装着するために渡されたのだろう。

 もしかして僕は、女子二人を部屋へと連れ込んだとんでもない性豪か何かと勘違いされているのではないか。そもそも僕は未だに不能だというのに。

 すぐに他二人の様子を伺う。やはりというべきか、彼らの視線も一点に注がれている。


『オレはこいつで宇佐美と……』

『わたしは辰兵衛さんと鳴海先輩を……』


 そして両者の眼には、それぞれ違う意志が宿っているかのようだった。


『直結するッ!』

『繋げてみせるっ!』




 果たして、僕達は一体どうなってしまうのか。

 鳴海先輩の恋は無事に成就するのだろうか。


 そして、バレンタイン回なのに全然チョコ要素がなくなってしまっている気がするけど大丈夫なのか……!?

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