十一発目『ターンゲイターン』

「てか、普通に標準語喋れたんですね。先輩」

「うるせーな。方言女子のがウケがいいから仕方なく覚えたんだっつーの」

「ああ、そういうことでしたか……」


 いや、どういうことだよ……。

 怒り狂っている現場を僕に目撃されてしまった鳴海先輩は、いっそ開き直ったのか先ほどとは打って変わった荒い口調で接してきた。可愛らしい外見からは想像もつかなかったが、どうやらこっちが素の性格らしい。


「んだよ。なにジロジロ見てやがる」

「いや……まさかあの“天使”とも呼ばれる鳴海先輩が、こんな感じの人とは思っていなくてですね……」

「は? テメーにオレの何がわかる」


 ギロっと殺意を含んだ眼で睨みつけてくる。といっても背丈の関係で鳴海先輩はこちらを見上げる構図になっていたので、正直あまり迫力はなかったが。


「テメーら俗物どもはいつもそうだ。いくらオレが思わずぎゅーっと抱きしめてそのままお持ち帰りしたくなっちゃうくらい可愛いからって……」


 そこまで言ってない……!


「オレに偶像おとこのことしての願望まで押し付けて来やがるんだ……! なぁ、おかしいだろ。なんで男のオレが野郎なんかに愛嬌を振りまかなきゃならねぇんだ! オレは男だよ!? テメーら全員ホモか!!?」


 なるほど。つまり鳴海先輩は、女の子と見紛うほどの容姿を生まれ持ってしまったばかりに、普段の振る舞いまで美少女らしくあることを強いられてしまっているのか。そう思うと少しだけ同情してしまう。


「男の娘が全員男に興味があると思ったら大間違いだ! ああ、オレは女の子が何よりも好きだ! 三度の飯よりもデカいおっぱいが大好きだ! おっぱいに顔を埋めて窒息死できるなら本望だとさえ思っている……ッ! クックック、アッハハハハハハッ!!」


 前言撤回。こいつに同情の余地はない。

 ここまで自分の煩悩に正直な人間は初めてみた。というかこの人、もはや野放しにしておいちゃいけない域に達してるだろ。


「そんなに女の子が好きなら、初めから女子のフリなんてしなければいいじゃないですか……」

「は? テメーはアホか。完全に男だったらノリで胸とか触れねえじゃねえか。でも女なら軽いスキンシップってことで許されるだろ」

「さ、最低だこの人……!?」


 しかも、この小動物みたいに可愛らしい先輩なら本当に許されそうだからタチが悪い。本当にドス黒い悪とは、自らを悪と悟られないための術を心得ているのだとたった今学んだ。


「それで、僕に嘘告白をしたのも……」

「ああ、そうさ。これも全てあの女……宇佐美ラビとお近付きになるため! そのためにお前からは色々と情報を聞き出した上で、彼女との関係を滅茶苦茶にしてやろうと思ってたのさ……!」

「はあ……」

「宇佐美ラビ。1年B組、出席番号は41番。誕生日は9月15日……」

「聞き出すまでもなくもう殆ど情報握ってるじゃないですか」


 もっとも、そのプロフィールの多くは偽装したものであるのだが。


「身長は165センチ。体重は50.5キロ。スリーサイズは上から91、57、89……ってオイ、引っ張んなっつの!?」

「自首しましょう先輩。僕も付いて行きますから」

「別にストーカーとかじゃねえぞ!? 女子達から聞いたんだよ!」


 そんな情報まで出回ってるのかよ……。女子の情報網恐ろしいな。


「……ったく、大体あんなヤツのどこがいいんですか」

「顔とカラダ」

「身も蓋もねえ……!」

「んだとテメー! お前こそ彼氏面しやがってよ! 『あいつの悪いところも含めて受け入れられるのは俺だけだから……』ってか!?」

「いや、別に彼氏じゃないですし」

「なん……だと……?」


 先輩の言い分から察するなり、僕はラビと恋人関係にあると思われていたらしい。全く、勘違いも甚だしいものだ。


「だ、だってお前はいつも宇佐美とイチャイチャしているそうじゃないか! それに噂では、お前と宇佐美はど、同棲していると……っ!!」

「あいつは僕の従兄妹で、今は高校に通うためにウチで下宿させてるんですよ。やたら絡んでくるのは昔馴染みだからってだけです」


 という、設定である。


「つ……つまり、宇佐美はお前と付き合っていない……そういうことでいいんだな!?」

「誰があいつなんかと……。それに多分、あいつは誰ともそういう関係にはなっていないと思いますよ」

「ほう……そうか……! ほおう……!」


 よほど安心しきっているのか、鳴海先輩は嬉しそうに肩を小刻みに震わせている。そして何かを閃いたのか、彼は唐突に人差し指をこちらの鼻先まで突きつけてきた。


「よし、取引だ! テメーはオレのことを一切口外するな。その代わり、オレと宇佐美の仲を取り持て!」

「取引というか一方的に押し付けられている気がするんですがそれは……」

「おっと、拒否権はねぇぞ。この“校内一の美少女”の頼みを断るということは、全校生徒を全て敵に回すことと同じだからなっ!」

「き、汚ぇ……!」


 いっそ先輩の本性を公表して化けの皮を剥がしてやろうかとも思ったが、おそらくそれは無意味だろう。この学校の生徒たちは皆彼女のことを“天使”やら“王子様”と崇めており、僕が何を言ったところで戯言にしか聞こえないだろう。そんなしょうもない理由で異端扱いされてしまうのは僕だってゴメンだ。


「というかそんな回りくどい手を使わなくても、ラビに直接告白でもすればいいじゃないですか。僕にしたみたいに」

「バ、バッキャロー! んな恥ずかしいコトできっかよ……っ! てんめーオレを緊張死させる気か!」

「そういうところだけなんで乙女っぽいんですか……」


 とはいえ、本命を前にすると変に強張ってしまうのは僕も同じなので、偉そうに人のことは言えないが。


「……わかりました。僕のできる範囲でなら手助けしますよ」

「よし、取引成立だなっ!」


 ニカッ、っと鳴海先輩が無邪気な笑顔で僕の肩を叩いた。

 顔と声だけは本当に可愛らしいので、油断しているとつい見惚れてしまいそうになるから困る。


「というわけで今日の放課後、さっそくお前ん家に行くからな!」

「ちょ、そんな勝手に……!?」

「おう? この“天使サマ”の言うことが聞けねぇのかぁ……?」

「悪魔だ……」

「正門で待ち合わせな! 勿論、宇佐美も一緒に連れてくるんだぞ!」


 不平等条約を次々と結ぶ先輩に当然ながら抗議しようとしたが、タイミング悪く昼終わりの予鈴が鳴ってしまい、そこで会話が強制的に打ち切られてしまった。


 このようして僕は、天使の仮面を被った悪魔──鳴海なるみ恭馬きょうま先輩との奇妙な契約を交わすに至った。

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