八発目『けだものフレンズ』
「よろしく……あっ、ヨロピクです! 辰兵衛さん!」
「………………」
悪い夢でも見ているのだろうか。
昨日まで空席だったはずの右隣に、居候のセクサロイドがセーラー服を着て座っている。しかもこいつはあろうことか、クラス全員の前で『貞操を捧げる』などと宣言してしまったのだ。
おかげでさっきからクラスメイト達の視線が痛い。まだ一限目が始まる前だというのに、さっそく帰りたくなった。
「というわけで辰兵衛さん! 国語の教科書がまだないので見せてください!」
ラビはそう言うなり、僕の返事を待つことなく机をくっつけて来る。
仕方なく僕は教科書を開き、ラビにも見える位置に置く……と見せかけて、頭頂部の耳を思い切りひっ掴んで引き寄せた。
「痛たた……!? ちょっと辰兵衛さん、こんな公衆の面前なのに大胆ですよう……♡」
「SMじゃねえよ。というか、何でお前が学校に来てやがる……?」
周りに声が漏れないよう小さな声で耳打ちする。ラビもそれに同調し、普段うるさい声のボリュームを少しだけ下げて応じた。
「もちろん、辰兵衛さんを再び
ああ、どうせそんな理由だと思った。
そしてこれから、僕は朝から晩までこいつに貞操を狙われてしまうわけか。
「あと、その
「流石に『ラビ』だけだと周りに怪しまれてしまいますからね。セクサロイドと名乗るわけにもいきませんし。宇佐美は世を偲ぶための仮の名前ですっ」
「偽名かよ……。まさか裏口入学とかじゃないだろうな……」
「下の口だなんて、辰兵衛さんったらはしたない……♡」
「裏口ってそういう意味じゃないよ?」
やっぱりこいつはただのアホだ。金を積むか枕営業的なサムシングをしない限り、編入などできる気がしない。
「というのは冗談で、宇佐美の苗字は辰兵衛さんのお母様の旧姓なんですよ。なので書類上は辰兵衛さんの
「書類偽装かよ……。しかもうちの親まで絡んでやがるのか……!?」
「はいっ! お話ししたら二人とも全面的に協力してくれましたよ!」
そういえばラビとうちの両親はグルだったことを思い出す。
どうやら僕が入院していた途中に、ラビの方から同居を条件に協力を申し入れたのがキッカケらしい。
そして両親としても『孫の顔が見れないのは困る』という理由から、利害が一致し協力関係を結んだようだ。つまりラビが隙を見つけては仕掛けて来るセクハラは、いわば両親公認なのである。
だがもし偽装がバレれば、ラビや共犯者である両親はもちろん処罰が下るとして、まさか僕にまでとばっちりが来るのではないだろうか。だとしたら笑い事では済まないぞ……。
「……わかった。表向きのお前は宇佐美ラビという僕の従兄妹、そういう設定でいいんだな」
「はい! より具体的には、“高校に通うため身寄りの家に下宿させていただいているものの、同じ血を引いた従兄妹に対して禁断の想いを抱いてしまっている純情だけどもちょっぴりイケナイ女の子”といった感じで!」
「その設定いる……?」
少し腑に落ちない点もあったが、とりあえずはこいつに合わせるしかないだろう。堂々と『未来からやってきたセクサロイドです!』などと名乗って付きまとわれるよりはずっとマシだ。
「とにかく、あんまり目立ち過ぎないようにしてくれよ。僕は注目されるのが一番嫌いなんだから……」
「ふむふむなるほど……辰兵衛さんは机の下でちょっかい出されるのがお好みで……!」
「チゲーヨ、バニート」
「だからバニートって何なんですかっ!?」
「うるさいっ」
軽く頭を小突き、ラビが『あうっ』と怯む。
ふと前を向くと、その一連の様子をいつの間にか見ていたのか、白恋とダンテがニヤニヤしながらこちらを見ていたことにようやく気付いた。
「二人とも本当に仲良いんだねぇー。もしかして昔からの幼馴染とか?」
白恋が訊ねてくる。この質問を投げかけてくるということは、どうやら『従兄妹という設定〜』のくだりは少なくとも聞かれずに済んだようだ。
もちろん友人である彼らにも真実を話すつもりはない(そもそも、“未来から来た”と言ったところで信じてもらえそうにもないが)ので、先ほどラビと打ち合わせた通りに嘘で誤魔化すことにする。
「宇佐美さ……ラビは僕の
「イトゥコ……? ドーイウ意味?」
単語の意味がわからなかったようで、ダンテが首を傾げた。
日常会話で“いとこ”なんて言葉を使う機会は殆どないので、まだ日本語を勉強中のダンテが知らないのも無理はないだろう。
いつも通りに僕は言葉の意味を教えようとする。のだが……。
「ああ、“イトコ”っていうのは両親の兄弟の息子で……」
「でも法律上では結婚も認められているんですよねっ! 合法だけど背徳的……だがそこがイイ……♡」
間違ってはいないけどややこしくなる説明を加えないでくれ、ラビ。ダンテがいつになく顔面蒼白してしまったじゃないか。
「うそっ! 従兄弟って結婚デキるの!? 日本もいつの間にか胸を張って同性婚ができる時代が来ていたのね……偉大な進歩だわ……」
落ち着け、白恋。残念だが同性婚は今の日本じゃまだ無理だ。
ちなみに同性婚を認めている国でも近親同士の結婚は認めていないケースもあるので、従兄弟が正式に結婚するのはさらに難しいかもしれない。
認められぬ愛を抱く方々には本当に世知辛い世の中だ。(※2017年2月時点)
「……? イトゥコは、兄弟のムスコが……背徳的な同性婚……?」
「ああ、ラビと白恋が変な説明を入れたせいでダンテが困ってるじゃないか。二人ともこう見えて実は同じ穴のムジナかよ……」
「アナ……キョウダイ……ッ!!」
「ダンテ!?」
しまった。よりによって僕が最後のピースを当てはめてしまったようだ。
これによってダンテの脳内辞書には、“イトコ”という単語が誤った意味で登録されてしまったことだろう。何やら取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感に苛まれてしまう。
「ワカリマシタ! つまりタツベエとラビは
「違うんだダンテ……そうじゃないんだ……」
「そだそだ、自己紹介がまだだったね!」
白恋がそう切り出す。
自己紹介は一向に構わないのだが、おかげで僕は訂正するタイミングを完全に失ってしまった。ダンテには本当に申し訳ない。
「私は
「よろしくです! あと、わたしのことはラビでいいですよっ、やおい!」
さっそく名前間違えやがった。初対面なのに失礼だろう。あながち間違いでもないけれど。
「ハァイ。ワタシは
「デュッフwww
その気持ち悪い口調はなんだ。
ゴミを見るような目でラビを見ていると、彼女は唐突にこちらを向き直り、何やら改まって耳打ちをしてくる。
「……ところで、
「思春期の男子中学生か、
あと全国の中田さんに謝れ。
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