七発目『処女の奇妙な学園』

「ほらほら、さっさと席に着けー! ホームルームを始めるぞ!」


 朝のチャイムと共に、担任のよく通る声が教室内に響き渡る。

 荒井渉あらいわたる先生。僕たち1年B組の担任で、24歳の新任教師だ。

 周りの男子生徒に負けず劣らずの若々しさを保っており、生徒達との距離感もまるで年齢差を感じさせないほどに近い。そのようなちょっと子供っぽい人ではあるのだが、どうやら女子たちの間ではかなりの人気があるらしい。ちなみに担当教科は数学だ。

 全員が席に着いたのを確認し、学級委員が号令をしようとする……のだが、教卓の目の前に座る男子生徒が突然挙手をしたことによって遮られてしまった。


「先生! 今日、うちのクラスに転校生が来るっていう噂は本当ですか!?」

「ああ、本当だぞ! ってか知れ渡るの早っ、現代っ子の情報網スゲェな!?」

「っしゃあ! ラブコメにありがちなベタ展開だぁ!」


 転校生というワードを聞くなり、クラス中がどっと沸き立つ。基本的に高校生という生き物はこのようなお祭り事に弱く、常にバカ騒ぎするための口実を求めている習性があるのだ。今も朝のホームルームをやらなければいけない時間なのに、クラスメイト達はすっかりそれを忘れて荒井先生を質問攻めにしている。


「先生! ズバリ転校生は男子ですか! それとも女子ですか!?」

「フフッ、あなたはどっちがいい?」

「新婚夫婦かッ!!」


 お約束のようなコントはさておき、クラスは当然のように『イケメンか、それとも美少女か』の話題で持ち切りとなっている。転校生とやらのためにもそれ以上ハードルを上げるのはやめてあげてくれ。仮に転校生のルックスが期待にそぐわなかったら、本人は何も悪くないのにがっかりされてしまうから。転校初日からいきなり印象悪くなっちゃうから。

 とはいえ、もしもその転校生がイケメンだったら、女子たちの注目の的になることは間違いないだろう。そうなった場合、白恋もその転校生に好意を抱いたりしてしまわないだろうか。

 どうしても気になってしまい、僕はこっそりと斜め右に座る白恋の様子を伺ってみる。


「ふっふふふん……♪ もしイケメンだったら、私の脳内カプ要員のリストにぶち込んでやるんだからねぇ……」


 よかった。案の定というべきか、彼女は幸せそうに妄想を膨らませている様子だった。これはこれで転校生が居た堪れない気もするがまあいいだろう。


「さて、そろそろ本日の主役にご登場願おうか! 入って来たまえ!」


 先生までそのノリで行くのかよ。

 かくして、まるでレッドカーペットが敷かれているかのように、転校生を歓迎する拍手喝采が巻き起こる。そのような教室の前扉が、荒井先生の呼び込みによってついに開かれた。


 その瞬間、教室中に甘いそよ風が舞い込んできた。

 颯爽と現れた転校生に、クラスの誰もが目を奪われる。僕も例外ではなかった。

 教卓への短い道のりを練り歩くその人物は、見るからに活発そうな女の子だった。それも、まるで精巧な人形のように綺麗な美少女である。

 歩調に合わせて揺らめく栗色の髪は太陽の光に反射して輝き、同時に大きな胸元も揺れているのがセーラー服の上からでも見て取れる。そして何よりも、頭頂部にひょっこりと生えた二つの兎耳が存在感を放っていた。

 カツカツっとチョークが黒板を叩く音。自分の名前を書き終えた少女はクルッと半回転すると、生徒たちに向かって開口一番に名乗りを上げる。


「ウサミン星からやってきました、宇佐美うさみラビです☆ みんな、ヨロピク〜!」


 うん。だと思った。

 具体的に言うと『ラブコメにありがちなベタ展開だぁ!』あたりから気付いてた。

 22世紀の未来からやって来て、紆余曲折あって僕の家へと居候することになったセクサロイド・ラビ。その彼女が、どういうわけか転校生としてたった今僕の目の前に現れたのだった。


「そういうわけだ、皆。今日からクラスの一員となる宇佐美をヨロピクしてやってくれ!」

「ヨロピクー!」

「ヨロピクね、宇佐美さん!」


 いや、誰かツッコめよ。『ヨロピク』なんて死語もいいところだぞ。下手すると今の子供は知らないだろ。というかお前ら高校生こどもだろ。


「誰か宇佐美に質問はあるかー?」


 荒井先生が言うと、目立ちたがり屋の男子生徒がさっそく手を挙げる。


「はいはーい! ウサミン星ってのは具体的にどこら辺なんですかー!?」


 揚げ足を取るような質問に一同がどっと笑う。さて、宇佐美さんとやらはどう返すのか……。


「熱海駅から伊東線で四駅のところです!」


 それは『◯R宇佐美駅』だ……ッ!

 ツッコミを入れたい衝動を押さえ込んでいると、今度は別の生徒が訊ねる。


「はい! 趣味は何ですか?」

「お花を摘みに行くことです!」


 それは『トイレに行くこと』になってしまうのでは……?


「はいはい! 男の人同士の恋愛ってイイと思いますよね! ねっ!?」


 そう言って鬼気迫っているのは白恋だ。いまにも四つん這いになって教室中を駆け回りそうな形相の彼女に、あのラビでさえ困惑を隠せないでいる。


「えぇ……? えっと……、愛の形は人それぞれだと思います」

「やんわりとかつ丁重にドン引きされた!?」


 相変わらずオーバーなリアクションをとる白恋を横目に見つつ、荒井先生が『じゃあ次で質問終わりなー』と投げかける。すると、ある女子生徒がニヤニヤしながら挙手をした。


「じゃ、私でラストね! ズバリ、いま彼氏カレシはいますか!?」


 女子たちの間で黄色い歓声があがり、男子たちの間に鋭い戦慄が迸る。


 恋人の有無、それは色恋沙汰に敏感な高校生たちにとって、何よりも重大な意味を秘めているといっても過言ではないだろう。

 『いる』と答えれば女子達からは“ワンランク上のステータスの持ち主”として崇められ、『いない』と答えれば馬鹿な男子どもは“じゃあ俺にもワンチャンあるんじゃね……?”などとありもしない幻想を抱いてしまうのだ。


 どちらに転んでも自分の印象を左右してしまうほどの難しい質問。これに対し、ラビが出した答えは──。


「恋人と呼べる関係の人は、いません」


 後者だった。それでいて『まだ』と念を押すことによって、前者のような関係に憧れている乙女チックさも同時に演出している。この場を乗り切るための、この上ない最適解だとさえ言えるだろう。


「ですが、添い遂げたい殿方ならいます!」


 どっと押し寄せる第二次衝撃セカンドインパクト。クラス中の注目が集まる中、ラビは教室内にいる特定の誰かに向かってあざといウインクを飛ばしていた。というか、明らかに僕の方を向いている。


「わたしは新品しょじょをあなたに捧げると決めていますからね! 辰兵衛さん!」

「………………」


 あぁ、平穏無事な学園生活が音を立てて崩れていく。

 静かに過ごしたかっただけの僕の日常は、どうやら木っ端微塵に消し飛んでしまったようだ。

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