辰兵衛とゆかいな仲間たち篇
五発目『モーニング息子。』
あれから1週間が経ち、僕は晴れて退院することができた。それから自宅に戻った僕は一晩を静かに過ごし、そして月曜の朝を迎える。
目が覚めると、そこには久方振りに目にする自室の天井があった。
やかましく鳴り響く目覚まし時計を止めて、僕はベッドに沈む重い上半身を無理やり起こす。
「………………」
ふと下半身へと目をやる。入院中もそうではあったが、それまでほぼ毎朝目にしていた筈の
ちなみに、この現象は性的興奮や自意識とは関係なく起こってしまうものなので、別に僕が実はムッツリスケベであるといったことは断じてない。もう一度いうぞ、断じてないんだからな。
「はぁ。寝て覚めたら治ってましたー、何てことは流石にないか……」
ため息混じりにぼやきつつ、一先ずベッドから立ち上がろうと布団に手をつけようとしたその時、手のひらに『もにゅっ』と妙に柔らかい感触が触れた。
「あんっ……」
甘い声が漏れる。目をやると、そこには僕に胸を掴まれたバニーガール姿の少女が横たわったいた。僕が寝る時にはいなかったことを考えると、どうやら夜中の間に布団へと潜り込んできたらしい。
セクサロイド・ラビ。僕こと立梨辰兵衛の遺伝子情報を採取するべく、22世紀の未来から送り込まれてきた機械仕掛けのエージェントである。
そういえば彼女は入院中、僕の両親を上手く口車に乗せて説得し、うちに住み込むことになったのだった。もちろん僕の部屋に泊めているわけではなく、彼女には空き部屋を寝床として貸し与えていたはずである。
「……全く、そんな格好だと風邪引くぞ」
布団を肩まで掛け直してやり、僕はひとまず顔を洗いに洗面所へと行くことにした。
のだが……。
「ちょ、それだけですか!? 女の子が添い寝してたのに対してリアクション薄くないですかぁっ!?」
「起きてたのかよ」
寝たふりを解いたラビはすぐさまこちらに詰め寄ってくると、信じられないといった形相でこちらの顔を覗いてくる。まったく、朝から騒がしい奴だ。
「そうじゃあないでしょう! 夜這いですよ、朝チュンですよ!? それなのに何もしないってどういうことですか! 馬鹿ですか、鬼ですか、むしろ紳士ですかっ!?」
「あーもううるさい。ただでさえ低血圧なんだから朝くらい静かにしてくれ。頭がガンガンする」
「朝どころか一日中そんな感じじゃないですかぁ! ま、まさか……やっぱりEDになった影響で感情まで……」
「失っとらんわ」
いちいちツッコんでいても埒があかないため、僕はラビを適当にあしらいつつも自室を出た。
洗面所で顔を洗い、制服へと着替えを済ませてそのままリビングへ。
ドアを潜ると、テーブルからほんのりと朝食の香りが漂ってきた。同時に両親もこちらに気付いたようで、それぞれからの挨拶が飛んでくる。
「あらあらまぁ、おはようたっくん。今朝は早いのねぇー」
「委員会の仕事があってね。1週間も休んじまったから、相方にかけた負担を返済しないと」
エプロン姿でキッチンにいる母さんは、弁当におかずを詰めてくれている最中だった。
母さんは専業主婦歴が長いだけあって料理はかなり上手く、弁当も毎回気合が入ったものを作ってくれる。冷凍食品に頼らないという拘りを持つだけあって、弁当とはいえその味は一級品だ。
「ふふっ、手料理だと思ってたでしょ? 残念、これはニ◯レイフーズの冷凍食品なのよ♪」
おっと、どうやら冷凍食品も日々進歩し続けているらしい。もはや冷凍が手料理に劣るなどという常識は古いようだ。って、あんたニチ◯イフーズの回し者かよ。
「おはよう。しかし、病み上がりなのにちゃんと学校に行くなんてしっかりしてるなぁ、辰兵衛は。お父さんなんてしょっちゅう仮病を使ってズル休みしてたよ。はっはっは」
食卓で新聞紙を広げながらコーヒーを啜っている父さんは、いつものふざけた調子で自虐ネタを披露してくる。
親の自虐ほど悲しくなるものはないのだが、この父はそんな僕の心の内の察することもなく重ねて言う。
「こう見えても父さんは昔演劇部だったから芝居が上手くてね。会社の同僚からは『頭痛腹痛の立梨』と呼ばれているよ」
「
1週間前に何故か家にいたのもまさかズル休みだったんじゃないだろうな。そう思うと途端に立梨家の先行きが怪しくなってきた。さっさとこんな親の元を離れて自立しないと。
何だかこっちが頭痛になってしまった気もするが、どうにか堪えて食卓へと腰掛ける。
「おかわりっ!」
「あらあらまぁ、ラビちゃんったら食べ盛りなのねぇ〜」
「盛りなら常にピークな万年発情期ですから!」
「………………」
まるで当然のようにラビが隣に座っていた。しかもうちの家族たちよ、ちと順応し過ぎではないか。
僕はラビの頭からひょこりと生えたウサ耳を掴み、こちらへと引き寄せて耳打ちする。
「ちょ、痛たた……!! でもちょっとイイかも……」
「急にソッチに目覚めるな。で、何でお前が普通に朝飯食べてるんだよ……?」
「何でって。だって私はちゃんと辰兵衛さんのご両親の許可を得て、一つ屋根の下で暮らすことになったじゃないですかぁっ!」
「いや……そもそもお前アンドロイドだろ。食事する必要あるか……?」
すると、ラビは『ああー、そのことですか』と前置きして、自身のお腹のあたりを軽くさする。
「私にはどんな物質でもエネルギーに変換できる“反物質反応炉”なるものが搭載されていまして、定期的に食糧を摂取しないとガス欠になっちゃうんですよ!」
「うん。ドラ◯もんのパクリだね」
「辰兵衛さんもの◯太さんみたいに、勝手に夜の四次元ポケットを弄っちゃってもいいんですよ……? いやん♡」
「しねえよ」
というか、ひみつ道具の一つも出せない癖に食事だけ一丁前にとるとか、とんでもない金食い虫じゃないか。これでは居候どころかただのニートである。
朝っぱらから妙なテンションのバニーガールニート……略してバニートのことはとりあえず無視しておきつつ、僕は急いで朝食をとることにした。
食卓の上に並べられたご飯、豆腐とわかめの味噌汁、大根おろしの添えられただし巻き卵、かつお節とほうれん草のお浸しを順々に口へと放り込んでゆく。
「うん、今日も美味しいよ。母さん」
「うふふ、ありがとたっくん。これも全部、味ぽ◯で味付けしたおかげだわっ♪」
……何故ここまで執拗に具体的な商品名を述べてしまうのだろうか、うちの母は。
ひょっとしてあれか。こうやって宣伝していくことで作者は企業からお礼を送ってもらおうとか企んでいるのか。だいたい企業の人がこんな低俗なweb小説を読んでいるはずもないだろうに。むしろ怒られるぞ。
「ご馳走様」
「ごちそうさまです、お母さまっ!」
「はあい。二人ともお粗末様でしたっ」
僕とラビが両手を合わせているのを、母さんはニコニコしながら眺めている。きっと娘が一人増えたみたいで、楽しくて仕方がないのだろう。
「さて、僕もそろそろ家を出ないと」
「あれ、もう登校するんですか? 辰兵衛さんったら、はやあい……♡」
「ツッコまないぞ。委員会の仕事があるってさっき言ったろ」
「私もおともします! 学校まで!」
「何でだよ」
ただでさえ久しぶりの学校なのだ。こんな奇抜な格好の女が並んで歩いていたら、悪目立ちするに決まっている。そもそも、こいつが学校にまでついて来る理由がない。
「お前は家でじっとしてろ。間違っても外を出歩こうなんて思うんじゃないぞ」
「ええ、でも……」
「家にはお父さんもいるからな! 心配することはないぞ!」
「あんたは仕事行けよ……」
と、家族と無駄話をしている暇はなかった。僕は椅子の背もたれに引っ掛けていた学ランを羽織ると、玄関へと早歩きで向かう。
慣れ親しんだ革靴を履いて、ドアノブへと手をかけた。
「行ってきます」
「イけないですけどね!」
「うるせーよ、バニート」
「ちょ、バニートって何ですか! 待ってください辰兵衛さ……ひでぶっ!?」
プンスカと怒り出したラビは放っておいてドアを閉じる。ドアの向こうでなにやら激突音がした気もするが気にしない。
自宅のマンションを後にすると、僕は1月の肌寒い通学路を急いだ。
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