二発目『月に代わっておしおきしてください』

「で、結局あなたは何者なんですか」


 夕食を食べて風呂も済ませた後、僕は家に突然押しかけてきたバニーガールの少女を一先ず自室のベッドに座らせると、改めてそう問いただした。


「やだなぁ、さっきも言ったじゃないですかぁ! 恥ずかしいんだから言わせないでくださいよう! まあ、そういうプレイだって辰兵衛さんが言うんなら、わたしも我慢しますけど……」

「プレイじゃない。いいからハッキリと答えてください」

「ですから! わたしは本日、辰兵衛さんの性交渉のお相手をさせて頂くラビと──」

「おかしいだろッ!!」

「ひゃうっ!?」


 僕が勉強机を思い切り叩いた音に、驚いたラビが飛び上がる。彼女はちょっとだけ涙目になりながら弁明を始めた。


「ど、どこがおかしいんですかぁ……? 性交渉の相手が家に押しかけることが、そんなにおかしいですかぁ……?」

「普通に考えればおかしいだろ! ウチに上がり込んで来たと思いきやいきなり性交渉だなんて……意味わからんぞ」

「わからないですか? 性交渉、つまりはセ◯クスのことです!」

「それはわかるよ!? まったく、だいたいウチの親も、なんでこんな奴を家に入れちゃったんだ……!」

「えぇ? でも、辰兵衛さんのご両親は暖かく迎えてくれましたよ……?」


 ちょうどその時、ドアを隔てた廊下の向こうから足音が近づいてきた。先ほど机を叩いた時の物音を聞いてやって来たのだろう。

 その人物は僕の部屋の前で止まると、『たっくん。若いからって、あんまりハメはずしすぎちゃダメよー』とだけ言って去っていった。その声は母さんのものだ。


「ねっ?」

「『ねっ?』じゃねえ! デリ◯ルか何かだと思われてるじゃねえかッ!! それを暖かく見守っちゃうウチの親も親だけども……!」

「人として性欲を発散したいと思うのは当然です! 恥ずかしいことじゃありません!」

「羞恥心がなさすぎるのも考えものだと思うぞ……!? 家族の前で『夜のお相手』とか堂々と宣言しやがって……!」

「ご心配なくっ! 辰兵衛さんの好みに合わせて、ありとあらゆるプレイをお楽しみいただけますので! コスプレでもSMでも何なりとお申し付けください!」

「そんな心配してないよ!!」

「月に代わって?」

「おしおきしないよ!!」

『あっ、たっくんゴムいる?』

「いらないよ!!」


 前々から思っていたことだが、うちの家族は社会規範に対してかなりルーズというか、頭のネジが数本外れている気がする。息子が家に性的サービスを呼ぶなんて、普通なら説教どころじゃ済まされない話だぞ。

 だんだんと痛みを増すこめかみを抑えていると、ベッドに座っていたラビがヒョイっと立ち上がった。


「さあさあ。長話はこれくらいにして、はやく楽になっちゃいましょうよぉ」

「なかなか吐こうとしない容疑者みたいに言わないでくれ。それにまだ話は終わってない。そもそも君は何が目的でここへ来たんだ。“そういうサービス”を利用した覚えはないんだが?」


 仮に利用していたとしても、両親のいる自宅に呼ぶなんて無謀な真似は絶対にしないが。


「やだなぁもう。何って……ナニですよ♡」

「とぼけるな。それは目的じゃなくて手段だろう。つまるところ、強引に押しかけた挙句にお金をぶん取ろうとする詐欺師ってところか?」

「さ、詐欺なんて……うぅ、ひどい……いや、どいひーですぅ……」


 何故言い直したし。先ほどの『てへぺろ』といい、こいつの語録は幾らか古臭い気がするのは気のせいだろうか。


「それに代金もいりません! が、わたしにとっての見返りでもあるのですから……!」

「は……?」


 つまりお金ではなく、性交渉そのものがラビにとっての目的だということだろうか。これが本当なら、彼女はとんでもない淫乱クソビッチということになってしまうわけだが。いいのかそれで。


「いやいや、よくないし納得できない。大体、なんで見ず知らずのお前が、僕の名前や住所を知ってたんだよ。事と場合によってはポリスメン呼ぶぞ」

「そりゃもう、辰兵衛さんのことは住所名前年齢から身長体重スリーサイズ身体のほくろの数までありとあらゆるデータを調べ尽くしましたから……って、待ってくださいおもむろにスマホを取り出さないでくださいぃ!」


 淫乱クソビッチなんてレベルじゃなかった。こいつは悪質なストーカーだ。早急に“110”へと駆け込むこととしよう。


「お願いだから通報だけはやめてください!」

「いや、するだろ通報。挙げ句の果てにお前いま『ほくろの数まで』とかさりげなく言ってたし。自分はおろか国際諜報機関すら把握してない情報だぞ」

「当然です! 未来の諜報技術は、現代のそれを遥かに凌駕しているんですから!」


 えっへん、とラビは胸を張って誇らしげに言う。彼女の言うとおり、未来の情報網を持ってすれば、僕のパーソナルデータなど簡単に洗い出してしまうことが可能だろう。こうしている間にも、科学は時と共に進歩し続けているのだ。


「未来ね、うん。未来か。いいよね、未来。ところで未来って何?」

「まだ言ってませんでしたね。わたしはセクサロイド・ラビ。22世紀の未来から送られて来た、性交渉用の女性型アンドロイドなのです」


 あっさりと告げられた言葉に、僕の理解はとても追いつかなかった。意味がわからないというよりは、あまりにも胡散くさ過ぎたのだ。そんな僕のことは意にも介さずに、ラビは説明を続ける。


「セクサロイドという言葉はご存知ですか? 元々は医療用に開発された女性型アンドロイドを、性愛用途向けに改良を加えたものなんですよ。もっとも、パーツの殆どは擬似生体技術が用いられているので、普通の人間と外見上の違いは殆どありません」

「滅茶苦茶だ……」

「はい! 避妊を気にする必要もありませんので、性欲の赴くままに◯内射精をしていただくことが可能です! ですので、その、わたしのことは滅茶苦茶にしても……♡」

「………………」


 駄目だ、ツッコミどころがあまりにも多過ぎる。ついでに言うならジェットコースター並みの速度でCEROを上げるのもやめてもらえるかな。アカBANなんて食らったら本当に洒落にならんぞ。この作品は18禁じゃなくて一応、下ネタギャグっていうていでやっていくつもりなんだから。


「……わかった。百歩譲って、お前が嘘偽りなく真実を述べているとしよう。それで、22世紀のセクサロイド様とやらは、なんで僕のところなんかに送られて来たんだ? 諜報機関が調べたとかどうとか言っていたけど……」

「辰兵衛さんの元へとやってきたのは、わたしに課せられた“あるミッション”を完遂するためです」

「ミッション……?」


 何やら物騒な単語に思わず聞き返すと、ラビはこれまでとは打って変わって神妙な面持ちで頷いた。まるで映画のシリアスシーンだ。


「単刀直入に言います。立梨辰兵衛さん、あなたの遺伝子情報を未来に持って帰らなければ、人類はやがて衰退の一途を辿った挙句、絶滅してしまうんです」

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