第46話『誘蛾の剣 6』
死体置き場としては、上等の部類だろう。
四日目のことだ。
場所は城内執務宮の外れ、あの塔が建設されている中庭の北、日差しの柔らかい場所に建てられた納屋だった。
そこにいるのは、ダラン。そして近衛のふたり、そしてレーア。全員を一歩離れて見据える浸着装甲の騎士、イシュタリス。
彼らが視線を落とすのは、二人の遺体だ。
落下死したカールと、港で頓死したとみられるジョッシュだ。
「まちがいありません」
「ごめんなさい、つらい思いをさせて。ありがとう」
彼らの遺体を布で覆いながら、シズカは少女に面通ししてもらった礼を言う。彼女が返り討ちにしたボルホフは遺体の損傷も激しかったうえに、どのみち本人であるという確証もある。さらに、アカネにも立ち会ってもらい、もう検分と埋葬済みだ。
「年長組の少年らが、三人。これで死――亡くなったことになります」
「ボルホフも……」
ここにいないもうひとりの少年の名を呟くレーアに、シズカは努めて冷静に「はい」と、一言首肯する。
「ただ、問題が。誰がこの二人を殺害したかということですニャ」
「落下による外傷こそあれ、こちらのカールという少年には目立ったものは。優しく突き落とされたのなら合点もいきますが、正真正銘の彼ならば、おいそれとそうはならないかと」
アカネとシズカは、そうダランに報告する。
「ジョッシュという少年に至っては倒れたときの傷こそあれ、すでに死亡した後のものです。倒れる間に完全に死んでいたことになります。外傷はなしです」
「……きみたちがやったものではないのかね」
ダランの問いに、近衛のふたりは首を振る。そこでちらりと、すらりとした見慣れぬ女性、イシュタリスに話を向ける。
彼女は心得たように、ゆっくりと首を振る。
言葉に出さぬが、「レーアには彼らを殺害しようとした、または殺害したという動きや形跡はない」という意味だろう。
「クライフ=バンディエールならば、立合いの元、一刀で決着をつけるでしょう。事故死を装いはしません。――つまり、彼らを狙うものが他にいるという可能性が浮上するわけです」
「知った臭いはついてないニャ~」
「……とまあ、アカネの見解も出ていますので、まずはご報告としか」
やや肩透かしな結果になったが、いまだシャロンとパトラという少女たちの行方は杳としてしれず、首魁のディーウェス夫妻の姿もない。
「で、どうするのかね。第三の勢力がでてきたとなると……」
ダランの問いにシズカは「なにもしませんわ」とあっけらかんと笑う。二人の遺体を一瞥し、「人相書きや特徴、そして死因を記したものを用意し、街の面々に身寄りがないかを聞くという方法を考えております。手間ですが、残りを誘うにはいい手かと」と、ややレーアを気にした物言いでこほんと述べる。
首魁ディーウェスなら、この不可解な動きに反応するだろうか。
反応するにしてもしないにしても、知らなかったことにはできないだろう。知ってなお知らぬように動くのもまた、揺さぶりになる。
ただひとつ、いま嗚咽を漏らすレーアの心情を鑑みると、苦楽を共にした仲間の死を利用することに、やや良心が痛むのは仕方がない。良心が痛むことが自分でも意外だが、それでも近衛のふたりは許可が下りさえすればすぐにでも実行に移すだろう。
「敵の敵がどうあろうと、私たちの敵になるならなったときに潰します。まずは無視でいいかと思いますニャー」
「にゃあ、って。そうか、君らは割り切りも相当なものなんだな。たしかに、東の人間だけはある」
まだ若いのに、とダランは飲み込む。
若いと言えば、彼の領域にいるこのイシュタリス――浸着装甲の三騎士もみな若い少女たちだからだ。飲み込まざるを得ない。
「『里』、ですか。噂には聞いています。第二王子のお付の騎士の中にも、里の者がいらっしゃるとか」
イシュタリスが言葉をはさむが、シズカは気にせずひとつ頷く。
「秘密を漏らさぬわけではありませんが、里であれば交流が密にあったわけではありません。かの者に関しては知るところは少ないのです。名は、カエデ。おそらく投擲、隠身の達者かな……くらいしか」
「なるほど。――なるほど」
「三騎士同士、おもうことがあるのだろうかな。で、どうするね。街中に御触れを出すなら、私の方で許可をするが」
「よろしいのですか?」
「そのために呼び出したんだろう? 太い近衛たちだよ」
ダランは笑う。いまだ消沈しているレーアには気の毒と思うも、この少女すら信用はできないのだ。
「難しいものだな、心が複数あるというのも」
静かな呟きがダランの口から漏れると、レーアは涙を拭いて立ち上がる。
「いいえ、大丈夫です。……今は、ですが」
ダランは一息つく。
「そうだ、未確認の情報だが、人足のひとりが、この少年の息があるときに『歌が』といううわごとを聞いたとか」
「歌ですか」
シズカの問いにダランは頷く。
「なかなか報告には上がってこなかったが、死にゆく者の最期の言葉ということで、ようやく伝わってきた。ほかに聞きたいことがあれば大工の棟梁、オーキスというおとこに聞くといい。近衛の服なら否応なく協力するだろう」
「どういう意味ですか」
「とりあえず何か聞く前にぶんなぐると評判だが?」
「その噂流したのわたしニャ」
おほんと咳払い。
ちらりとレーアを伺うが、表情は暗いままだ。
「イシュタリス、これからどうするね?」
「レーア嬢の保護を継続します。――護衛といってもいいかと」
「助かります」
シズカはレーアに歩み寄り、その肩に手を置く。
何かと見上げる少女に、彼女は重く伺う。
「あなたも狙われていると考えてください。第三者か、元家族か、に。覚悟のほどができているとは思いますが、十全かどうかは、なってみないとわからないものです。今しばらく、おとなしく我慢していてもらえますか?」
「わかりました」
少女は素直にうなずいた。
「でも、どうしてこうなってしまったのでしょう。なんでなんでしょうか」
「そうですね」
レーアに問いかけられ、シズカの声がやや詰まる。
彼女が『楽団』の一派、車輪の歌による人格切り替えが不十分だったがゆえに、今回の一件が起きた。いや、明るみになった。それゆえに早まった場面は多かろうが、きっかけはそれだろう。
「助けられるのがあなただけでも、ここに来た意味があると信じましょう」
「シャロンや、パトラも命を狙われているのでしょうか」
「そう考えるのが、妥当でしょう。例のディーウェスと名乗るふたりも、果たして……」
「シャロン、パトラ……」
うつむくレーア。イシュタリスがやさしくその肩を抱く。意外と思ったシズカに、「情が移ったわけじゃないのよ?」といった視線を返すイシュタリス。
「お触れの件、よろしくお願いしますニャ」
「うむ」
その一言で、とりあえず解散となる。
レーアは浸着装甲の騎士に護られ、離宮へと。
ダランは指示のために執務宮に。
「では、秘密会議と行きますか」
「ニャ」
近衛のふたりはいちど遺体に目をやり、黙祷し、踵を返す。
形としては哀悼。
本心としては、これらをレーアに見せたことへの悔い。
「急いでいるようね」
いまだ日の高い空を見上げ、シズカは考える。
そう、『敵』がだ。
この一手が、最後の
近衛のふたりは、肩を並べて向かう。
その先は南。
さらには、コートポニー家であった。
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