第47話『誘蛾の剣 7』

「これはまた、豪奢な」


 コートポニー家といえば獅子王子が三騎士アリッサの実家であり、過去に数名の王族を輩出した魔力持ちの家系と聞く。シズカの記憶ではここ数代ぶりに魔力を発芽し、王族の仲間入りをしたアリッサが、ほぼ人体実験と同様の浸着装甲の担い手として獅子王子領の要職に就いたのが数年前。実際に目立つ働きをし始めたのがこの二年半くらいだろう。


「王族って儲かるのかニャ?」

「貧乏くじを引く役職ですからね」


 それだけではないが、獅子の瞳で長く居を構え続ける、実に力ある家系であることが十二分に伝わる門構えだった。

 武門と聞いているが、そうであろうなと伝わる無骨な門構え。差し渡し馬車二台分はある格子の鉄扉。高い白壁には間者止めの杭が切っ先を天に向けて何本も顔をのぞかせている。錆びた様子もなく、磨かれているかのように陽光を照り返している。

 広さはそこそこ。家族十人、使用人三十人という規模だろうか。


燐灰石の尖塔うちとはえらい違いだニャ~」

「貧乏くじでは負けてないと思うんですけれどね、うちの姫殿下も。――いらっしゃったようです」


 耳と、鼻が、ひくりと動く。

 迎え口から顔をのぞかせた使用人、年若い少年が急がぬ足でやってくると、門扉横の勝手口の閂を外して彼女らの前に来て、「当家使用人です。ご用件を伺います」とにこりと一礼する。


「この子、持って帰っていいかニャ」


 と、ついアカネの口が漏れる。

 その少年はそのくらいの愛らしさが残る年頃だった。十五には届かないくらいか。背もアカネよりやや低く、声も高い。鼻梁はすっきりとした面長の華奢で、着込んだ服の上からでも細身であると伺える。


「シャールが姫、エレア=ラ・シャールの近衛――シズカと申します。こちらはアカネ。コートポニー家にお世話になっているクライフ=バンディエールに所用があり参りました。お約束などは取りつけていませんが、アリッサさんともども、ご都合いかがでしょうか」


 アカネの呟きを黙殺し、固くなりすぎぬようシズカは少年にそういうと、ちらりと母屋に目を向ける。時刻は昼過ぎ、失礼にはならないだろう。


「シズカさま、アカネさま、ようこそいらっしゃいました。主人より、近衛の皆さまがお見えになられたときはお通しするよう申しつけられております。暫時、お待ちください」


 そう一礼すると、少年は勝手口をくぐり戻ると、重い格子鉄扉の戒めを解き、渾身の力で内開く。シズカの「内開き――」や、アカネの「古めかしい言い回しの子だニャ~」といった小さい呟きが聞こえるほど、重くとも軋まぬなめらかな開きだった。手入れは怠ってないのだろう。


「どうぞこちらに」


 案内をする少年――門扉は別の使用人が閉めるのを背に確認しつつ、案内されたのは離れの一室だった。アカネが鼻をひくつかせると「クライフくんがいるニャ」と呟く。シズカも「北の中庭でしょうか」とそちらに顔を向ける。


「アリッサさまも、クライフさまも、すぐにいらっしゃるかと」


 そう一礼すると、少年はドアの向こうに去っていく。

 こうしていても仕方がないと、来客用のソファに並んで腰を沈めると、「燐灰石の尖塔とは違いますね」とシズカもつい座り心地に漏らしてしまう。なかなか上質なものだった。


「失礼」


 と、一声かけてアリッサが現れたのは少ししたあたりだった。

 うっすらと汗をかいているのは、稽古着のような姿で納得する。後から顔をのぞかせるクライフは、ややまんじりとしない表情でふたりに視線で挨拶をする。彼もまた平服で、腰には落葉を差した姿だ。


「ようこそいらっしゃいました。過日はお会いできずじまいで、ご挨拶ができず――」


 アリッサの歩み寄りに、シズカとアカネも立ち上がり、胸に手を当て一礼する。


「シャールが姫、エレア=ラ・シャールの近衛――シズカと申します」

「近衛のひとり――アカネでございます」


 ふたりは三騎士としてのアリッサではなく、コートポニー家の長女に対する礼を取る。


「なんだ、猫の鳴き声はやらないのか」


 アカネのあいさつにクライフは知れずそう漏らすと、アリッサに着席を促されたふたりの――とりわけアカネの視線にとがめられながらも――。


「こちらにどうぞ」


 座る場所をどうしようか考えていたら、アリッサが自分の左を手で促す。対面には近衛のふたりだ。座るや否や、アカネのつま先がクライフの脛を蹴る。お互い顔には出さない。


「ずいぶん待たされるものだとは思ったけど、何か動きでもあったのか?」


 落葉を抱えるように立てかけながら、クライフは聞く。

 シズカは「そうですね――」と前置きしてから、アリッサに視線を送る。彼女は構わないという様子で頷くと、では……とシズカは端的に昼前の事実を口にする。

 それを受け一言、「死んだ?」と、クライフ。



「いいえ、まあそうなんですが。ひとりはわたしが」

「もうひとりはわたしが殴りこもうとしたんだけど、潜伏先の現場で事故死ニャ。先を越されたというよりも、こちらが間に合わなかった、といった感じ?」

「第三者か、はたまた、魔女か導師か」

「導師?」


 聞きとがめたのはアリッサだった。

 彼女はまだ、魔女の背後を知らない。銀嶺士の背後を知らない。楽団、車輪の一派の背後を知らないのだ。


「耳に入れておいても、かまわないとは思う。どうする?」


 クライフの問いかけに、思い至るアリッサ。

 彼女は「いいわ。改めて、うちの長といっしょに伺いに行くわ」と肩をすくめる。今は件の『楽団』の動きだ。


「さてどう見るか。――ただ、やることは変わらないか」

「ですね。私たちは宮中の見張に。つまり、考えられるのは『車輪』一派そのものが囮の可能性。ここで一派が軒並み死ぬことで、本隊が本懐を遂げると」

「在り得る話だ。どのみち標的となるバードルからの使者を迎えに行かねばならない。それまでにけりが着けば御の字だが、そうもいかないだろう。……で、俺は何をすればいいんだい?」

「話が早いニャ」


 アカネがポンと手を打つ。肉球などがないのに、まるであるかのような音が聞こえる気がしてアリッサは「……ニャって?」と言葉を飲み込む。


「レーアさんは三騎士の一人が保護しています。命を狙われても、おいそれとはいかないでしょう。ただ、他の年少組、というか少女たち。彼女たちの行方は、ついぞ」

「匂いは辿れなかったのか?」

「意識を切り替えても負いきれなかったニャ」

「……そうか」


 クライフはまだ彼女が意識を切り替えることで嗅覚のタガを外せることを知らないので、曖昧に頷く。彼女が駄目だったと言えば、だめなのだろう。もしくは、初めから獅子の瞳に入っていない可能性も考えられる。

 外、近隣に紛れ込まれたら探しようはなくなる。


「なので、最後の誘いとしてクライフさんには使者を早めに連れてきてほしいのです。エサがちらつけば、野良犬も顔を出すでしょう」

「エサ扱いはともかく、やることは分かった」


 エサは使者か、はたまたクライフか。どちらか。どちらもか。


「そういうわけで、こちらにお邪魔しました。コートポニー家出入の口添え、これにダランさまの書状での後押しがあれば、国境越えは可能ではないでしょうか」

「急ぐというわけですね。もうしばらくもすれば、商隊交えて移動できますが。……そうは待てないと」

「いまが機かと」


 アリッサはクライフに「どうします?」と目線で振る。彼はひとつ頷くと、「馬を」と一言、彼女へと返す。徒歩が基本だろうが、馬なら目立つ。距離と速度は関係なく、何かしらの旗印を持つ者が目立って動くことが大事なのだろうと、彼なりの判断だった。


「厩舎の馬を使いましょう。離宮にまだ繋がれてるはずです」

「ああ、あの馬か。いい馬だ」


 ひとつ膝を叩き、クライフは立ち上がる。


「装備を整える。――すぐに出るよ、アリッサ。お互い、稽古は怠らないようにしよう」

「わかったわ」


 彼女も立ち上がる。彼女もこれから城へと行くのだろう。歓待という体を取ってはいたが、それとなく行っていた剣士の監視という任務からやっと解放されるのだ。ダランも文句は言わないだろう。

 その時扉が叩かれる。

 茶を用意してきた使用人の少年が顔をのぞかせると、「お済でしょうか」と伺いを立てる。

 四人は顔を見合わせ、クライフは力を抜いて座り直す。アリッサは少年を招き入れると、「お茶をする時間くらいはありますでしょう?」と、らしく微笑む。

 カップが並べられる中、クライフの右手は、知れず、落葉の柄頭をなでている。


「急いてはことを仕損じる、か」


 と、深く腰掛け直す。

 彼は未だ、剣を取る理由はあれども、その動機までも腹に落ちていない自分に気が付いている。

 なぜ、落葉を振るうのか。

 他人の為だけでは、この戦い、なかなかに難しい。

 導師一派の動きの阻害。レーアの願いの為。考えられるものはいくつもある。ただ、自分自身の何かに届いていないように感じた。

 このままでは、人に言われるまま、請われるままの道具となる。

 その心のとげが後れを取る原因とならぬよう、よくよく凪いだ心境でいなければならない。

 だが、戦いの決着はもうすぐ着くのでは。

 その予感が彼らの……彼の中に確かにる。お気美のような熱と不安を消し去らんと、熱い茶を一口喫し、ゆっくりと情熱を腹に落とし込むように瞑目する。


「こっちは、たのむよ。シズカ、アカネ」

「まかされたニャ」

「こちらの心配をされるとは」

「イシュタリスにも、伝えておきましょう」


 ひとまず頷くクライフ。

 彼が城壁の北を発ったのは、それからしばしのことである。

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