第40話『幕間:回り始める車輪』

 クライフらが獅子の瞳に入ったとき、ディーウェスとその子らは先んじて待機していた魔女セイリスの案内で外壁回りの商人宿へと入っていた。商売を始めるために出てきた家族連れという体であり、一泊する前にセイリスは霞と消え去っていた。

 アラン、ペリーヌ――ディーウェス夫妻はじっと大部屋の子供たちを見る。

 エリーゼ――年長組の少女で、レーアの『妹』。

 ジョッシュ、ボルホフ、カール――年長組の少年三人。

 パトラ、シャロン――年少組の少女ふたり。


「六人、残っているな」


 アランが人足然とした格好のまま、ひとつ肩を回す。武張った体つきが、ほどよく様になっている。


「魔女の恩恵はここまで。この先は、車輪の矜持にかけてバードルの力を削ぐ」


 頷く六人の子供と妻であるペリーヌにアランは「さて」とひとつ指を立て、先ほど確認した子の順番に指を指し示す。

 まずはひとり目。


「エリーゼは獅子の瞳ここで奉公働き。指示がなくとも、機会が来たら使

「わかった」


 ふたり目から四人目。


「ジョッシュ、ボルホフは獅子の瞳で荷運びだ。カールは大工。指示がなくとも、機会が来たら

「おぉ」


そして五人目と、六人目。


「パトラにシャロンは、荷運びに混じり北の傭兵団に入り込め。下働きで飯炊きだ。赤獅子ならば間違いはないだろうが、各々が別々の団に潜め。手はずは俺が整えてある。あとはエリーゼと同じだ」

使、ということね」


 アランは微かに頷く。


「俺は面が割れていないから、まず。そしてペリーヌは……」


 ペリーヌ――ディーウェス夫人は腕をさする。


「あの剣士には借りがあるけれど、


 そこで八人は、お互いを見回して、ひとつ頷き合う。

 そこで交わす視線には、見た目の年齢が感じられない。ただお互いがお互いの役目を演じているのではなく、外見そのものを演じているような色合いが、目に灯る意志の老獪さに現われている。

 中身は、暗殺を得意とする技術を習得した何者かだ。

 いまこのときが、お互いがお互い生きた者同士として顔を合わせる最後の瞬間であることを確認しあう、そんな頷きだった。感傷はないが、感慨は浮かぶ。本来ならば、ここにレーアがいたのだという思いだ。

 事ここに至っては、レーアに歌を聴かせることを彼らは諦めていた。

 不安要素は無くす。ディーウェス夫人ペリーヌがしようとしていることはまさにそれだった。

 アランは、若くも底が見えぬ剣士を。

 ペリーヌは、三騎士に守られたレーアを。

 ジョッシュとボルホフとカールは、あの近衛のふたりを。

 エリーゼとパトラにシャロンは、バードルからの使者を。

 無傷であろうとは思えなかった。不意を突き、あらゆる手段で倒さねば命はないだろう。心情的に甘いだろうという剣士に少女ふたりを充てるかと考えたが、それは魔女と――その上の導師に否定された。否定されたが、アランは「そうだろうな」と自分でもすんありとその否定に納得していた。


「生き残れば、潜れ。いつしか、また車輪の軸として集まることもできよう」


 家長の言葉を最後に、みなが無言で街並みへと消えていく。

 それぞれの戦いの火蓋がまさに切られた……そんな朝であった。

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