第41話『誘蛾の剣 1』

 獅子の瞳には、街中に建つ不思議な『建造物』がある。

 高さは五階建て。小さい家屋の敷地に四つは建てられるほどの、狭く細長くそびえる建物だった。塔といってもいいが様式的なものが備わった古い建物ではなく、外壁こそ厚いが中はほぼ上るだけの構造で、五階部分には更に屋上へと出るためのハシゴがあった。

 そんな建造物を入り口あたりで見上げるシズカの姿があった。

 昼下がりの商店街、周囲を見れば屋台もまだ繁盛しているような人通りの多い場所だった。


「これが、獅子の瞳の重要建造物ですか」


 嘆息しているのか、単なるため息なのか判断が付かないが、彼女はそんな息を大きく吐き出すと、屋上から顔をのぞかせるアカネに手を振ってみせる。

 そんなアカネの方は屋上に設えられたものをまじまじと見ながら首をひねっている。


「あるのは拳大の大きさの――燐灰石か~……ニャ」


 その建造物は、この丸く磨かれた燐灰石をこの高さに掲げるために作られた台座のようであった。魔力に疎いアカネにしては、この燐灰石がなぜこの高さでおかれることに意味があるのかまでは分からない。それ以上に、この燐灰石がなんのためにあるのかすら不明であった。


「これが、獅子の瞳の重要建造物ですかニャー」


 いちおうの話、そう言い含められたために施錠されたドアの鍵を預かったシズカが下で警戒しつつ、こうして屋上にアカネが上り視察をしているのだが、正直な話、これがなんなのか全く分からなかった。

 しかし、かの獅子王子ゴルドが「いちど見ておきたまえ」とばかりに鍵を渡してきたので、こうして空いた時間に見に来たわけであるが、重ねて考えても意味が分からない施設だった。


連想考れんそうこう、いこうか」


 屋上のアカネから下に投げかけられた呟きに、シズカは「わかったわ」と頷く。大声ではないが、アカネの言葉はしっかり彼女の耳の届いている。


「――物見櫓。雨ざらし。ええと、他のも見える。等間隔? でもないか。同じ高さっぽい。外壁よりは低いかな。いや、え~と、城の天辺あたりにも同じようなのが見えるかニャ? ああごめん、同じ高さじゃないな、見える範囲にいっぱいある。数は十ぅ~三? くらい。遠くのは分からない。たぶんある。燐灰石は見える。半分くらい見えてるところもある。色はたぶん同じ色。塔自体にはあんまり意味がない? 高さのみ? あ~あ~あ~、外壁にも埋め込まれてる。埋め込まれたのが見えるってことは向こう側にはのぞいてないかも。いや、ここから見えるってことはかなり石自体でかいかもニャ~? たぶん。石じゃないかも」


 周囲をぐるぐる見回しながら思ったことを呟くアカネ。

 聞くシズカは「物見櫓か」と、アカネの第一印象を頭の中で反芻する。続き、総ての燐灰石が見えるように配置されている。

 次はシズカの番だった。

 屋上から顔を出すアカネにも聞こえるように顔を上げて言葉を並べ始める。


「魔力の保持、発散、反射」


 燐灰石からの連想。

 続いて、アカネも言葉を列挙する。


「見張り、伝達、共有……?」


 そこでふたりはポンと膝を打った。


「通信網」


 うなずき合うと、五階から降りてきたアカネは扉を閉めて「こりゃたいへんなものだニャ~」と頬を掻く。シズカもひとつ頷いて肯定する。


「込められたものがなければ、燐灰石はただの特殊な石です。思えば私たちはあまりにもこの石の持つ特徴を知らなすぎたのかもしれません」

「門外漢だっただけに、研究がおろそかだったということだニャ。里に戻ったときにでも進言しようかしら」


 ともあれ、これは土産話だ。

 物見櫓は言い得て妙。ふだんは、櫓などで中継するのは『音』や『光』、耳と目を利用するものばかりだ。人ならばそれで十二分だが、王族ならば――と考える。


「増幅、反射、共有。魔力は直進する? 放射する? どこまで届く?」

「呪いに距離は関係ないけど、そもそも媒体触媒、その他諸々が意図する『楔』の概念が覆る? ニャ?」

「送る者、受ける者は限定? いや――」

「送る者で送る者、受ける物で受ける者がいれば。そのようなモノが作られていたなら、作られるなら、これはやばいニャ?」

「送るモノと受けるモノが、別個でなかったら?」

「情報伝達の時間差が気になるところよニャ-」


 これは街中にあってはならない重要施設だが、街中になければ意味を成さないものでもあるという仮定が頭の中に組み上がってくる。

 先入観や思いつきだけでくみ上げる連想考だが、たがいの経験と直感を刺激し合うこの考察方法は、ときに考えの糸口をいくつか見いだせる。

 特に、見たいものを見ようとする人間の心理を見据えることで、わざとを見せに動いた獅子王子の思惑に乗れるということは、恐らくそれが正解だからであると感じているからに他ならない。


「金目の物でもないし、まだまだ実験段階のモノでしょうけど、なんてものを放置しているのでしょうか。これがシャール全土に配置されたらと思うと情報というイキモノの持つ意味合いは天ほど跳ね上がるでしょうね」

「獅子の瞳の住民はみんな気がついているとおもうかニャ?」

「こんな街ですからねえ」


 どっちとも取れる呟きだった。


「さて、配置するならどこでしょうか」

「城門、街門、詰め所――あとは傭兵団かニャ」

「見逃していたとは不覚。そのあたりを回りながら街を見ますか」


 アカネも同意し、午後の散策へと移行する。

 クライフがアリッサ=コートポニーの邸宅へと案内された翌日ということもあり、まだまだ、有り体に言えば暇な時期となる。

 ゴルドからしてみれば、かの銀嶺士、エレアの叔父であるアイルストンの一件を伺うにしても、土産のひとつでも渡さねばと思うところがあっての、この『建造物』の流れとふたりは見ている。

 つまりはエレアへの土産話にして、事の説明までの潤滑剤として用いたいという意志の現われ……だろう。


「さて」


 無論それだけではない。

 近衛の制服、とりわけエレアの近衛としての格好は、かなり目立つ。特にガランを離れ、彼ら彼女らを知るものが少ないならばなおさら話題になる。鎖の紋を見てもピンとくる者がいない場合も多い故に、ことさららしい態度で歩くとそれだけで噂になる。

 このあたりは剣士――傭兵然としたクライフなどとは比べもににならない。この傭兵最前線の獅子の瞳ならばなおさらだろう。

 見せることでの、警戒。

 あと数日もすれば、その界隈で「エレア姫の近衛が獅子の瞳に来ている」という確かな情報と、尾ひれが付いた憶測が駆け巡ることだろう。

 牽制のひとつだった。


「目立ちたくないとなると目立ちたくない動きが目立つというのは、皮肉なモノよね」

「目立つのも目立たないモノを作るための大事なお仕事ニャ。我慢我慢」

「ということで、ふたり揃って目立つことをしますか」

「というと?」

「傭兵に喧嘩でも売るとか」

「やめておくれでないかニャー」


 やや本気なんだろうなとアカネは肩をすくめる。

 やはりシズカも、そして自分も、里の者はみんなどこか外れている。


「間を取って、夜は場末の酒場で豪遊でもどうかニャ?」

「騒ぎを起こしたいのはアカネも同じですか」


 今度はシズカが苦笑する。

 どこか外れている。

 しかし、目的はひとつだ。


「――」


 いままさに、彼女たちを見つめているであろう何者かに対する誘い。

 それは、誘蛾の剣だった。

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