第27話『虎口丘の大河へ 3』

「――概ね、いま受けた報告通りのようですね。三人の傭兵のうち、バーンドルという男の体は見つかりましたが、他のふたりはどうやら地下水脈に沈んだ様子です。灯りを手にしても崩落した地盤が不安定で、降りていくのは危険でしょう。もっとも、が生息しているならばほどなく死体は喰われるでしょうがね」


 事情を説明した後にフッカは手下に調査を指示した。

 南に向かった他の傭兵と合流した手下たちの報告を聞いて判断したのが件の言葉だった。


「しかし『楽団』ときたか。子供を使う暗殺者の話はオレも聞いたことがある。ってこたあ、もしかしてその嬢ちゃんも?」


 とレーアに杯を向けたシドは、訝しげに佇むその少女をじっと見ると、「まさかねえ」と苦笑する。


「砂の国の青年を殺したのは彼女とのことです」

「ほんとの話か?」


 シズカの言葉にぎょっとしたシドとフッカだが、ことここに至るまでに「情報を流すことで誘いをかけようと思います」とのシズカの提言に最終的に同意したのはレーアでありクライフだった。

 事情を説明した後にすでに荷物用の幌のひとつを借りて着替えた彼女らだが、水でのどを潤すくらいに留め、さらに深い部分にまで言葉を重ねていく。


「むろん、人格の入れ替わりを経ていたからこそ可能な凶行です。今は大丈夫ですのでご安心を」

「近衛ってのはそんな案件ことまで相手にするのかい。そらご苦労なことで。なるほどなるほど、まあ大方の想像はつくわな。子供を警戒する大人はあまりおらんからな。変に腕が立つものが多いだけに、シャールは女子供には弱い。なるほど、人格をなあ。――こんなことに首を突っ込んでいるとは、ただの傭兵の若い兄ちゃんにしては首を突っ込みすぎと思うけどなあ、

「やっぱりおふたりは知り合いなのですか?」


 レーアが恐る恐る、鎧を脱ぎ水気を拭き落としているクライフに声をかける。彼は床に胡坐をかいたまま作業の手を止めると、じっとシドの顔を一瞥すると「さあ、初めましてだと思うよ」と、今度は刀身と拵えを分解した落葉の手入れへと戻る。


「ま、そういうこった。……そうか、それが『落葉』か。あの爺さんが持ってたのと同じだな」

「鎧もですよ、たぶん。丈を直しましたが大本は同じものです。おそらく」

「おう、もうすこしよく見せてくれ。船の中じゃ詮索しないと割り切ってたが、やっぱ気になる。ほら、寄越せほら」

「やっぱりお知り合いのようですなあ」


 フッカの苦笑にアカネも「ニャ」と頷いている。

 アカネに対してはフッカもシドも腫れもの扱いの様子だった。


「砂の国の一件か。なあ。酒の値上がり、買い溜め売り控え、何かありそうかね」


 シドの言葉に「ここで漏らすかね」と苦笑交じりに、フッカは「さあ」と肩をすくめる。


「噂に聞く和平交渉かもなあ」


 と、これはシドの呟きだった。

 それを耳にした者のうち、ぴくりと顔を上げたのはレーアだった。

 シャールと熱き砂の国との静かなる騒乱は彼女も知るところであり、よもや自分の一面が行った凶行の裏に和平の妨害があったのかと思い至ったからだった。


「獅子王子さまから、それとなく聞いたことなんだがな。ああ、まあこのシド=ゼファール、個人的に獅子王子ゴルドさまと取引があるのよ。ふはは、すげえだろう。ただの海運業商人じゃねえのよ、思い知ったか」


 落葉の刀身を眺めながら誇らしげに言うシドは、クライフに視線でフッカにも見せていいかを尋ねると、剣士の頷きにニヤリと笑み、フッカへとそれを渡し際に「得になると思うから教えてやるが、今回は獅子王子にお渡しする商品があってな」と首をこきこきと鳴らす。


「獅子王子はな、おそらく砂の国で何が起きているのか気が付いている。和平交渉を秘密裏に運びたいのが本音だろう。その根拠が、オレの持ち込む商品なんだが、まあそこはそれ。――『楽団』が動いてるのは確実、裏か表は知らないが、そこのレーアって嬢ちゃんと、巡礼として随伴してきた子供らはその一派。ゼファールが臨時雇いした傭兵は、その配下だったんだろうなあ。はっはっは、こりゃあズンと大きな貸しができそうだなァおいパラドの」

「漁業権よりもかい?」


 と、砕けて返すフッカは、落葉の鉄に興味があるのか、灯りに何度も傾けつつ目を眇めている。


「そうなると前線の傭兵の動きも確かに気になるところではある。東へ寄ってると思ったが……まさかな」


 クライフに刀身を返しながらフッカは己が顎を撫でる。


「砂の国にも魔物が入り込んだか」

「やっぱりそこに行きつくか」


 と、フッカの言葉にシドも頷いている。


「なるほど――」


 刀身をぬぐい直し、油を塗り、乾かした拵えに収めると、クライフはあの導師カヴァン=ウィルを思い起こす。奏者の導師が楽団を動かし、その背後には砂の国との和平交渉。そしてその切っ掛けは魔物魔獣の砂の国侵入がちらついている。


「砂の国もうかうかしてられなくなったってことか。はは、ザマぁねえなあ」


 呵呵と笑うシドだが、しみじみとした物言いには憂いが含まれている。


「ああ、そういうことなんだろうな。たぶん、火龍国から漏れだした魔獣たちが、山を越えてきてるんだろう。まったく、地獄は地獄なりに混沌としてやがるもんだまったくよ」

「シャールを逆恨みするか、火龍国を糾弾するか、でしょうかね? 表向きはですが。なるほど、和平交渉ののちに魔獣魔物対策をというのが本音でしたか。獅子王子の思惑はともかくとして、巨大な貸しを作れそうですわね。ふふふ」


 繋がりつつあった。


「今夜はこんなところかニャ。ガランから奪われた馬がこの商隊の馬留めにいるかどうかを確認しがてら、遅い夕食にしようニャ」

「寝床はどうするね?」


 シドの言葉にフッカが頷く。


「近衛のかたとお嬢さんは、着替えに使った幌を使うといい」

「じゃあクライフは俺と一緒だな。積もる話もあるし……な?」


 シドはにやりと笑う。

 その調子にクライフは彼が自分にのみ話したいことがあるのだろうと察し、頷き返す。


「ええ、まあ。積もる話もありますからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る