第14話『死闘暗夜4』


 三騎とも、夜闇に溶け込むかのような濃い栗毛の馬だった。

 長長剣を抜き放ったコラテラスは、未だ剣を抜きあぐねているかのようなクライフに目算を着け、馬上で手綱を放しつつ拍車を掛ける。そのまま頭上大上段に構えると、遠い間合いを活かしながら、右手にすれ違いざまにクライフへ渾身の斬り下ろしを放つ。

 刹那、剣士の水月からほとばしるように真っ直ぐ抜き放たれた落葉がその斬撃に被さるように縦一文字に振り抜かれる。


 ――ギン!


 火花が散ったと思った瞬間には、コラテラスは自分の革鎧の右籠手が強かに斬り削られているのを感じていた。間合いを見誤っていれば甲の肉を断たれていただろう。

 馬を返そうとしたときにはすでに背後にクライフが滑り寄ってくる気配。そのまま掛けた。距離を離し、仕切り直す。

 瞬間、左右を走り抜けていたアルスティーンとバーンドルが鞍を蹴って倒れ伏す馬から降り立つのを見て目を剥いた。

 同じように金属音がいくつも響いたが、シズカとアカネは攻撃を凌ぎつつ、まず彼らの馬の眉間に、喉に、深く短刀の刃を柄本まで差し込んでいたのだ。あの交錯の中で、一瞬の早業であった。

 距離を離す。

 三者三様、仕切り直しになる。


「さすが近衛、さすがあの一族。バケモンだぜ」


 そしてバーンドルはその小さき呟きを聞いた『耳』シズカに目を細める。やっぱり聞こえてやがる。そう感じたからだ。そしてその眦の厳しさにひやりとしたものを感じ、盾を構える。もとより、地上戦を仕掛ける予定だった。

 馬は殺した後に奪い直せば良い。

 そして、ちらりとアルスティーンは見た。

 彼らの後方、馬の影でおびえる、ひとりの少女の姿を。


「そうか、彼女がいるから追い込んでこないのか」


 これは口には出さない。出す暇がなかった。彼女に視線を向けた瞬間、近くまで踏込んできたクライフの気迫が叩きつけられたからだ。

 左足を踏込むクライフ。盾の影から隙をうかがうバーンドルの右剣の間合いから回り込むように、一瞬、盾の方へと体を移す気配。誘いだ。

 バーンドルの軸が盾の方へ回ったと思われた瞬間、クライフの体は左へ大きく踏込み、中段水平に構えられた傭兵の剣と頭蓋を一足一刀の間合いに捉える。


「ふッ――」


 呼気一閃。

 撃尺の間合いに踏込んだクライフの左手から槍のような長長剣が突き出される。拝むように弾いた落葉が切っ先を受け流し、大きく体を引いてバーンドルの突きも躱しつつ、左片手打ちにクライフは落葉をバーンドルの剣の持ち手へと被せるように打ち込む。

 その斬撃が拳に届かず長剣を弾き下ろす。

 間合いは詰められない。

 クライフの右手からは短槍が二撃三撃と素早く突き込まれたためだ。右足を引き落葉を体の真ん中へと戻したときには、三方――前、そして左右後方を取られていた。

 間合いは離せない。


 ――だとすれば。


 クライフは必殺の間合いに追い込まれたこの状況において、あえて盾と剣を構えるバーンドル――正面の傭兵へと肉薄した。

 一瞬上段に構え相手の盾の受けと迎撃を誘うと、大きく姿勢を落とし、重心が流れるままに盾の持ち手へと回り込む。バーンドルを支点として間合いを移し、三人を正面に据える動きだった。彼を追うとなると、囲いが開く。逃すまいとすると、動きが、隙が生じる。そして、バーンドルとは息も感じるほどの超近接。この傭兵との勝負は必ず動く。そして一瞬で決する。


 ――戦い慣れている。


 バーンドルの直感だった。南から来た男が、果たしてここまでの勘が働くものなのか。内心舌を巻く。そして、この距離で、その勘で、この素質なら、必ず盾を力点に横合いから崩しに来るだろうと確信していた。


 ――盾を利用する。


 クライフも戦いを組み立てていた。盾を抑え、体でひねり落とし、脇腹から内臓を損傷たらしめる。その後は、傭兵の体を盾として、近場の者を抑え、遠間の者へと回り込み、それを壁としながら戦う。

 ずいと密着するように半歩踏込んだ矢先のことだった。

 立て続けに金属音が三度響く。

 アカネが放った投擲用のクサビだった。三本が三本とも、バーンドルの右手の幅広い長剣に弾かれている。盾はそのまま、ゴトリと落ちる。


「ちぃ」


 バーンドルの舌打ち。

 盾は一瞬で着脱可能だったのだ。盾に意識を裂いて崩していれば、開ききった体に長剣を切り込まれ死んでいたのはクライフであったに違いない。

 アカネにはそれが見えていた。分かっていた。だからこそ――。


「余裕じゃねえか」

「そんなことないニャ!」


 アルスティーンの短槍連撃を躱しながら窮地を向かえてもなお、隙の生じる援護を成したのだ。


「基本は暗殺者です。決して見た目通りには信じないことです」


 シズカの言葉に、コラテラスも「違いねえ」と苦笑する。

 そのときにはすでに間合いを離していた。

 三者三様、傭兵の結ぶ三角は、クライフたちの三角の内にあった。

 この間、実に数呼吸。

 クライフの心臓が早鐘のように打つ。

 実に真っ正直に、実に正当な罠だった。わざと落とした武器に意識を向ける方法などもあると知りながら、頭の中では盾は衝撃を受ける、受け流すため、固定してあるものだという先入観が強かった。

 そして今それに殺され掛けた。

 さらにそれを補ってなお余りある戦いの強さ。三人が息を合わせて、まるでひとつの組み立てられた術として動いていた。


「良く生きてるな」とバーンドル。

「ああ、お互いにな」とクライフ。


 正直な吐露だった。 

 さすがに盾を拾い直すところに斬りかかるタイミングを逸していた。いや、それも罠であったのかもしれないという、思考の迷宮に陥りかける。

 毒に、膂力、痛みを消す操作。暗殺者という使い捨てにならざるを得ないシロモノと相対する、恐れ。歴戦の傭兵という上辺の――それでも歴とした実力の皮に対する畏れを、ぐっと胎に落とし込む。


「盾の裏には隠し武器」

「ほう、よく見てる」


 武辺者の嗜みとは、良く言ったもの。副武器、隠し武器の類いは、持っていて当然。傭兵として、戦士として、騎士として、戦うものとして、戦う術は可能な限り身に帯びる。クライフも腰の短刀がそれであり、ベルトや鉄靴にも錐のような刃物は仕込んである。

 膠着状態となる。

 傭兵三人は息の合った暗殺者、傭兵としての動きに隙がない。

 近衛ふたりはもとより強敵と看做したが、足を引くかのように思えた剣士は多対一、一対多でも実に戦い慣れた勘を見せている。


「鈍色のマルクと張るだけはある」


 誰の言葉であっただろうか。


「しかし済まんな、こうじゃない」


 コラテラスはシズカに肩目をつむって戯けてみせる。しかし隙の全く窺えないそれの最中、シズカは聞いた。アルスティーンの吹く、音なき音を。音色なき笛を。


「歯に仕込んで!? クライフさん、注意を――!」


 長長剣を警戒しながらシズカが叫ぶ。それが意味するところを悟れないクライフだったが、アカネもシズカも、びくりとしてレーアを伺うことで思い至る。

 しかし。


「……」


 レーアは耳を押えただけだった。あえてその隙を見せてバーンドルの攻撃を誘ったクライフだが、彼は何も仕掛けては来なかった。

 だがすぐにそれを知ることになる。

 彼らは呼んだのだ。


「地が、揺れてる……!?」


 かつての川辺、その東、白壁の大地下。石灰岩の底を流れる遙か古代の水脈を形作る洞穴。そこに住まう者を。

 彼らは呼んだのだ。

 暗夜の風穴。彼らのあいだでそう呼ばれている、秘匿された空間、大鍾乳洞の主を。


「月の光も届かぬ暗夜。果たして人間相手、魔物相手では強くとも、闇相手にはどうかな? 落葉の剣士さんよ」


 ビシリと地が鳴った。雷鳴にも似た轟きの先に、地割れの稲妻が走る。

 間合いを離す。

 だが遅かった。


「クライフさん!」


 アカネとシズカの声が重なった。

 共に地下へと落ちるその声の中、深淵の闇の中にうごめく気配にクライフは歯がみする。


「クライフさん!」


 レーアの声。上からの声に、ただ、彼女が無事であることだけ知り、落ち行く中でクライフはただただ着地の衝撃に備えるのだった。



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