第13話『死闘暗夜3』

 小川をいくつか越えると、小高い丘が左右に現れる。そのあいだを縫うように轍が薄く刻まれた白固土の往来をさらに行くと、かつて見た石碑がふたつ、道の左右に現れる。

 商隊がふたつ、余裕を持ってすれ違えるほどの大路。その左右に現れた石碑には、東西それぞれの領主の名が刻まれている。ずいぶんと古い様相で、どちらも統治の歴史そのものは長いと窺い知ることができた。


「パラド商会の隊列なら、ずいぶん前にすれ違ったよ」

「他にはいたかニャ?」

「いや、ガランを離れた商隊となると、直近ではパラド商会のみだと聞いている。これだけの規模だ、北に向かうなら他の商会と同じく、相乗りしてるだろう。――バンダルとフォーヴァルの穀商会、それに小さいがゼファールとワーランが相乗りしている」


 ニャ~と唸り、アカネが馬を引っ返して戻ると、肩をすくめてわかりやすい溜息をつく。


「先発の商隊の情報を聞いたけれど、ガランを発った商隊はやっぱりひとつ。連合を組んでいるみたいニャ。鉄鋼のパラド商会がアタマで、ぶら下がりで中堅どころの穀物組合がふたつ、ゼファールとワーランは客分扱いでしょうね。……ニャ」

「聞き覚えのある名前が出たな」


 頬をかきながらクライフが思い出す。まさかゼファール商会の長であるシドが商隊に参加してるとは思わず、彼は「さて」と馬首を巡らせながら北を指す。


「やはり一日かけて追いつき、情報を聞き出したほうがいいのかもしれない。ほぼ一本道、獅子の瞳を目指すなら距離の一番短い旅程だと聞く。シズカ、どう思う?」

「意見を求められるほどではないですね。商隊に追いつくように進めば野営をせずに火にありつけそうですし」


 と、シズカは野営に疲れを見せてきているレーアを気遣いつつ、アカネに向き直ると自分の鼻をポンと指先で叩く。アカネもひとつ頷くが、先ほどと同じように肩をすくめる。

 地下室で覚えた匂いが残っていないかという問いかけに、「人が多すぎるから」と、こちらは声に出す。


「子供がいたという情報もなかったけれど、いなかったという情報もないのよね。さすがにある程度は商隊の家族も同伴していることだし、見極めは難しいわ。ニャー、まあ追いついて調べるしかないわけだけど」

「気にして見ている衛士もいないだろう。意識は外に向いてるが、身内の懐までは覗かないだろうさ。……で、傭兵のほうは?」

「傭兵のほうは、クライフも知る紫影傭兵団がアタマ。飛び込みのふたつの商会は他から補充したようすニャ」


 なるほどな、とクライフもうなずく。

 四人は馬を並べるように衛士に礼を言うと、北を目指す。

 馬の疲れをいやすための水は、この相国谷にはいくつも設けられている。東側――右手に広がり立つ白い絶壁と、西に切り立つ黒曜の壁。この白黒と分かれた特殊な谷に挟まれたこの道は、かつては川の跡だったと云う。東寄りの柔らかい岩盤を掘り抜くと、その名残か、水が能く湧くと言われており、実際に設けられた井戸のほとんどは東寄りであった。

 通商街道、つまりは急げる道だ。


「急ぎましょう。夕食のご相伴にあずかろうと思うなら、もう少し飛ばさないといけません」

「……どうだ、いけそうか?」


 クライフは相棒の牝馬の首を叩くと、彼女は答えるように足を速める。

 いやはや、馬には助けられているな。と、クライフが内心思う。


「レーア、大丈夫かい?」

「あ、大丈夫です」


 シズカの後ろにつかまるようなレーアは、馬に乗る姿勢にだいぶ疲れが出てきている様子だった。布を重ねクッションにしているが、鞍ずれはもう痛みを増しているだろう。自分にも経験があるが、あれはつらい。

 彼女の言う「大丈夫です」は、強がりの類なのは明らかだった。

 女性の腰なので注視はしないが、座り直すたびに痛みがある様子だった。その身じろぎのひとつひとつをシズカが知らないわけはない。先ほどから早く追いつこうとする言葉は、彼女を気遣ってのことだろう。


「とつぜん姫から同行を支持され、戸惑うのは分かるよ。周りは近衛の怖いお姉さん。もうひとりは粗野な男だ。……もう少しだけ我慢してくれ、商隊と野営ができたら、膏薬と包帯で少しはましになるから。誂えとくべきだったな」

「そんな、大丈夫です。我慢できます」


 やっぱり我慢してるんだな、と苦笑する。


「俺なんかはもう尻が鞍に慣れてるからいいが、乗り慣れていないと後ろでも筋肉痛なんかが激しいから、遠慮なく言ってくれ」

「あ、はい。大丈夫です」

「どうせ私は尻の皮も面の皮も厚くなった鉄面皮で怖いお姉さんですから」

「シズカほど分厚くないけど、そう言われたら拗ねるしかないかニャー」

「な、怖いだろ?」


 クライフの言葉にレーアも笑いをかみ殺す。

 それが合図となり、馬足が早まる。レーアはまた腰の位置を直すが、痛みに耐える姿は変わらない。跨らない横座りでは危険なこともあり、これは一考せねばなと、クライフは唸る。

 しばらく行くと、自分が下ったか、左右が切り立ったか、いつの間にか谷間を走るようになっていた。道がそれでも広いせいか、日の光はまだ充分あかるく差し込んできており、最初の供用井戸が設置された広場を過ぎてもなお空は明るかった。

 何度か喉を潤し、馬を休ませると、周囲はにわかに薄暗くなる。

 谷間が陽の光をさえぎるためか、それでも東に切り立つ白い壁が西日を返しているうちは明るかったものの、まさに釣瓶落とし、周囲は宵闇に包まれ始めていく。


「帳面には先ほどの出発とあるわ」


 シズカが小屋に備え付けの備品簿を見て、先ほどパラド商会のキャラバンが通ったと、その際に小屋に毛布と保存食を補充していった旨が書き添えられていたのを確認した。


「轍の音は?」

「地に耳をつけたら聞こえるかもしれませんが、汚れるので嫌ですね」

「馬などの匂いは強いニャ」

「じゃあ急ぐか」


 シズカがそういうのは分かっていたことなので、クライフもあっさり流すが、不満そうなのはなぜかシズカのほうだった。レーアは馬を休めるためにアカネのほうに乗り直すが、その際、アカネは小屋から補充したての毛布を一枚失敬し、鞍に重ねるように敷き、少しでも腰の負担を少なくしようと配慮する。


「なんか、すみません」

「気にするニャ~」


 なんということはないといった体のアカネの返しだが、流石に恐縮するレーアにはまだ固さがある。ガランを発ち暫く、生まれと育ちと立場という複雑なこの四人の中に於いて、うまく立ち回れというほうが難しい。


「しかしアカネは、なんで『ニャー』なんだ?」

「根本的なことを聞いてくるわね。ニャ」

「そうやって都度言い直すくらい適当だと思っていたが、都度必ず言い直すくらいにはこだわってるなあと」


 そんなクライフの素直な質問に、そういえば今まで聞いたことがなかったなと彼自身少し戸惑っていた。アカネのほうもいまさら聞いてくるのかと、ややあきれ顔だ。レーアがいなかったら、きっとまた聞く機会を持つまでそのままであっただろう。


「そりゃあ、猫ですからニャー」

「犬ですよ」

「あら、狼だったかニャ?」


 くすくすと、シズカの返しに笑う。


「趣味」


 と、きっぱり言い放った。『ニャ』は無しだ。

 アカネは指先を立て、口元に当て、ウインクしながらクライフに微笑む。冗談なのか、本気なのか、はたまたその両方なのだろう。手の内は見せないということの表明だった。


「それなら仕方がないな」


 クライフはひとつ頷く。

 シズカもつられて笑いかけるが、ふとその顔を上げる。

 月の光がまっすぐに差し込む中、手を掲げてふたりを、二頭を止める。


「静かに」


 自らも馬を止め、蹄を踏み合わせる三党の足音の中で、スっと耳を澄ませる。

 遠くからの馬の足音。


「三騎、早駆け。向かってきます」


 クライフの首筋、産毛が逆立つ。闘争の気配だ。


「鞘の音も軽い。抜身。――クライフさん」

「馬上戦の経験は?」


 クライフの問いに、近衛ふたりは頷くが、アカネは続けてレーアを肩越しに見る。危険だ。

 やや希望的観測だが、レーアを殺しに来るとは考えられない。

 だとすれば――。


「下馬。のちに打って出る。レーアは馬を率いて壁際に」

「打って出る? ま、間違いだったら……」


 下馬したクライフがアカネの後ろからレーアを下す中、そんな問いを投げかけられる。しかし、すぐにシズカを一瞥すると、「まあ近衛の怖いお姉さんがいるからねえ」と、手綱を渡して下がらせる。


「まずはブン殴ってから聞けばいいのです」

「そうニャ」


 クライフは「な?」と頷く。

 レーアはおろおろしながらも、広い道向こうの壁際まで下がる。馬もそれにおとなしく従ったあたりで、風に乗って殺気が匂ってきた。アカネも、眦がきつく引き締まる。その表情から、相手がではないことをふたりは悟る。


「三対三か」


 クライフは息を一気に吐き切る。

 下腹に、力を凝縮させ、落葉の柄を体の中心に引き寄せ、その後に脱力。抜き打ちの構えのまま、滑るように進み行く。その左右を固めるシズカとアカネもまた、音もなく重心を落としついていく。

 ひとりではない。

 その心強さを感じながら、次の瞬間には、死の境地へと一気に切り替える。

 聞こえてくる馬の足音。

 道向こうから見えてきた三騎。

 叩きつけられる闘争の気配。あちらからも。こちらからも。

 クライフは鯉口を切る。月光をきらびやかに返すハバキ。柄の下に添えられるように置かれた右手が、ゆらりと開かれた。


「お相手仕る」


 三騎に向かい三人は駆けだした。

 瞬間、暗夜に煌めく銀光が四条五条と閃く。

 そんな交錯の中、耳を打つ金属音にレーアはただただ、すくみ上るだけであった。


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