第12話『死闘暗夜2』


 カールとジョッシュはゼファール商会に入り込んでいる傭兵と渡りを付け、しばしの余裕を持って商隊の流れに合流することに成功していた。別途、年少組であるシャロンとパトラを抱えた彼らは三人の傭兵――車輪の一派とたき火を囲みながらの打ち合わせをしていた。


「お酒を持ってきたよ」


 やや内股にやってくるのはジョッシュ。手には酒瓶。傭兵たちのささやかな楽しみのひとつであるそれは、巡視巡回交代の合図でもあった。


「ああ」


 そう言って受け取るのは短槍の傭兵。身軽な鎧姿のアルスティーン。

 彼から回される酒瓶を受け取るのは剣と盾と革鎧姿の、バーンドル。

 シャロンとパトラに食べ物を分けているのは、長長剣ながちょうけんのコラテラス。

 ゼファール付として求人に応え入り込んだこの三人が、件の車輪の一派、大人になった暗殺者、傭兵である。

 全員、壮年の偉丈夫であった。シャールの傭兵に、とりわけ、生き残っている傭兵に盆暗は存在しない。かつてベイスが言っていたように、ここで生き残れない者は皆ここで死ぬからだ。


「追っ手がかかることは分かっていたが、随分と早い。おそらく件の近衛二人だろう」


 彼らの会話は周囲の雑談に紛れるような内容に挟まれるように成されていた。注意して聞き耳を立てていても意識の隙を突くようなごく自然な調子で重要なことを交わしていく。


「カールとジョッシュは、シャロンらを連れて先に往け。今夜のうちに出れば、またここに合流できるだろう。俺たちが生きていればだがな」

「わかった」


 カールが頷く。


「死んでいれば、口利きで保護したお前たちもいられまい。まずは近衛に捕まらず……そうだな、やはり虎口谷を抜けた方が良いのかもしれん。河を越える前には片を付けたいものだが」


 さて。とアルスティーンも腕を組む。

 そんな三傭兵のリーダーは顎を撫でる。

 近衛であるシズカとアカネの噂は知っている。噂という程ではないが、近衛の中でも異質な、車輪の一派でも掴みきれない帝国のはるか西にある里の出身者で、特殊な一族であるという。

 一派の仕事に乗じて招聘された、獅子王子の助太刀。暗殺者に対する暗殺者たらんと成り得る、異能の一族。


「そもそも戦わぬ、やりすごす、という手もある。しかし、今回ばかりはそうもいかない。どうしても時間を稼がねばならない。お前たちを全員『獅子の瞳』に潜入させねばならない。どうしてもな」


 バーンドルの静かな言葉に、全員が食事を楽しむ顔で頷く。周囲の者は誰も気にしてはいない。

 パトラも温かいスープを啜り、シャロンも朗らかな顔で口の奥に食べ物を少し押し込むようにして口を動かしている。


「三騎」


 アルスティーンの言葉に、他の二人、ならびに子供たちもピクリと顔を上げる。三騎が意味するところはひとつ。近衛であるシズカ、アカネ、そして――。


「俺たちも見ていたよ」


 バーンドルも、あの血が沸き立つ戦いを思い出していた。


、あの鈍色のマルクと互角だったあの剣士」


 彼らの脳裏にあるのは、あの新参。かつてシャール帝国の隠れた伝説の、そのまた影にいた、名も知れぬ剣士が残したという刀剣――落葉を受け継いだという、若い剣士。


「クライフ、とか言っていたな」

「ああ、恐るべき遣い手だった」

「魔物相手はともかく、マルクをあそこまで制したのは見過ごせん」


 だからこそ殺さねばならない。仕事として、傭兵として、剣士として。なによりかの一族とはいえ女を相手にするより、幾倍も気持ちが楽だ。暗殺者であったときの冷徹さは無くしてはいないが、長い傭兵生活はそれなりの矜持という表層を拭いきれぬものとして固着させるに充分な時間だった。


「誰がやる」


 一対一で、である。


「短槍は半身、間合い、回転力、威力。優位に立つはいくつもある」

長長剣ながちょうけんは、蛮族たちの戦闘士由来の斬馬剣。長剣の柄に鞘を嵌め込み、間合いを増す。短槍より小回りは利かぬ乱戦向けのものだが、あの場に誘い込めば勝機はある」

「俺は言わずもがなだ。盾と剣の併用は古来より変わらん。人の殺し方もな」


 最後のは、皆頷く要因だった。

 今も昔も、おそらくこれからも、人がどうすれば死ぬのかは早々変わらないだろう。


「他人の事情の姑息を補うに過ぎぬ暗殺者が、大した成長だな」


 年少者の少女シャロンの呟き。その強気で辛辣な言葉に、しかし全員が「違いない」と、恐ろしく老獪な笑みで応える。とても少女の言葉とは思えないものだったが、言った本人も気にした様子はない。


「さて、誰がやる?」

「豆の数はどうだ?」

「よし乗ったぞ」


 三傭兵に促されたシャロンが苦笑して、無造作に三傭兵へとスープをよそう。まずは武器の長さ順に、バーンドル、アルスティーン、コラテラス。透明度の高い鳥出汁のスープを揺すると、豆の数を数える。


「――二十」と、コラテラス。

「十五」バーンドルの苦笑。

「良く掻き混ぜたのか? 五つしかない」不満顔はアルスティーンである。二度確認するが、三度目でも六つだけだった。


 決まりだった。

 盾と剣。もし破れれば長長剣。最後か短槍。


「では? じゃあ近衛の鼻はどうする」


 コラテラスは余裕の笑みだ。


「鼻は、芋で。――耳は余った一人でどう?」


 これはじっとしていたパトラの言葉だった。

 黙って二傭兵は数える。


「喰っちまったのはどうする」

「なしだ。――俺が鼻で」

「俺が耳か」


 バーンドルは残り物だった。

 布陣は決まった。まずは各個相手を迎え撃つ。

 剣士クライフをコラテラス。

 近衛シズカをバーンドル。

 近衛アカネはアルスティーン。

 そそと食事は進む。酒を嗜み、おかわりを重ね、声を掛けてくる他の傭兵とも朗らかに話し、子供たちは無邪気に旅路の疲れを愚痴に出す。どこにでもある商隊と、それに付いて旅をする若い商人の子供たちのような集団といったていだ。


「で、ここは相国谷。虎口谷まで三日と少し。少し進めば東は――」


 七人は静かに頷く。彼らは知っていた。かつて彼ら一派が長い年月を掛けて帝国に根を張り、聞き出し、秘匿し、活用してきた、様々なものを思い出しながら、もう一度頷く。


「回り回る、車輪のために」


 アルスティーンの言葉にみんなが頷く。

 近衛が迫るのは翌日。時刻によって、仕掛ける機を伺う。

 月夜を見上げる。


「暗夜か」


 勝負は、暗夜。

 暗夜の風穴。彼らのあいだでそう呼ばれている、秘匿された空間であった。



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