第20話『二王子からの使者』



 荷運びの馬車、台車、人の波。それらが雲霞のごとくひしめき流れる幅広の大きな通り。その北門のそばにある宿を出た影がふたつ。

 第一王子であるゴルド配下の『回収屋』である初老の文官と、それに付き従う栗毛を後ろでまとめた少女。少女からは若さが、その立ち居振る舞いから伺える。身なりは濃紺の制服で、肩口の紋章は、獅子。近衛のものと似たつくりとなっていた。


「ひとつ、変な噂を聞いた」


 かくしゃくとした歩き姿で前を向いたまま、回収屋の文官であるダランは少女、アリッサにぽつりと話しかける。


「変な噂ですか」


 受けて応えるアリッサもまた、前を向きつつ歩みはそのままだった。


「昨日、港近くで牛頭ごずが暴れたそうだ」


 ダランの言葉に、しかしアリッサは「まさか」と肩をすくめる。役人とその護衛、親子ほど歳の差がある割に、二人の距離はそう離れたものではないらしいことがうかがえる。


「真偽のほどは確かではないが、赤獅子の者が牛頭の角を売り払ったという話も聞こえてきている」

「その話が曲がって聞こえてきているのでは? 実際に牛頭が現れたらガランの衛士とはいえ、相当苦戦は強いられるでしょうし」

「なにより、北方蛮族の国でも珍しい魔獣がいきなりガランに現れるのは不自然と?」

「そういうことです」


 しかし、とアリッサは続ける。


「この燐灰石回収の時期に起きたことを鑑みると、あながち噂で済ませるには少し。ともあれ、姫殿下の近衛たちが何か知っているでしょう。少なくとも、その噂が真実であったにせよ、牛頭程度の魔獣ならば


 胸に手を当てるアリッサの言葉に、ダランは彼女の横顔をそっと窺う。

 この少女の細身の体からは想像もつかない、気負いもない、しかし強気な発言。彼にはそれが真実と分かっている。だからこそ、護衛として随行している。

 獅子王子の三騎士の一人、浸着装甲をまとうことを許された、魔力を持つ王族の少女。アリッサ=コートポニー。彼女にはその力が確かにあった。


「ともあれ、ガランの衛士が何も言ってこないということは、問題がないということでしょう。それはそれで、大変よろしいことです。何もないことが一番なのですから。はい。そうですとも」


 うれしそうに笑う少女の横顔から目を外し、ダランは「まあねえ」と頷き、この少女が果たして本当にそう思っているのか怪しいと流す。

 力を得た少女は騎士となった。しかし、大人にはなっていないのだ。


「ですから、速やかに燐灰石を回収し、戻りましょう。ダランさん」

「そうだな」


 数か月に一度、ダランはエレア姫が魔力を蓄えた『燐灰石』を回収に来る仕事を担っている。アリッサも、彼女が騎士となった二年ほど前から随行し護衛の任を担ってくれている。

 エレア姫は今、回収作業を待つように、いつものごとく、あの粗末なベッドの上で臥せているのだろう。アリッサは、どのように彼女から燐灰石を回収するのか、知らない。速やかに回収しなければと思う気持ちはダランも同じだが、その理由は大きく違う。

 燐灰石の回収に立ち会うのは、立ち会えるのは、エレア姫が認める者のみだ。アリッサは、未だ立ち会うことは許されていない。

 考えを先送りにするよう首を振り、ダランは話を変える。


「第二王子の回収人は同じ王国文官の者だが、護衛は今回、君と同じ浸着装甲の担い手と聞いている。知っているかね?」


 話そのもののことか、その担い手のことか。

 アリッサは「さあ」とそっけない。


「第二王子が推進している近代事業のことはさっぱりです。それに付随する向こうの浸着装甲のことも。運用自体、違いますから」

「なるほど。顔も知らぬとなれば、初顔合わせになるか」

「んー、そうですねえ」


 とはいえ、あまり興味はなさそうだった。

 帝政シャールとはいえ、国土は広い。第一王子領は帝国内部と同じような政府機関を踏襲しているが、第二王子領は帝国内部の流れを踏襲していながらに、新しい組織をいくつも作って管理しているようだった。同じ国だが、国の中に外国が混在しているような、不思議な感覚。現皇帝の許しのもと行われている試験的な実験だが、どうやら聞く限り、有用性がかなり認められているという。

 そのあたりを話すのもいいのだが、ダランはそこまでアリッサに気をかけているわけではない。ただ「そうか」と流す。


「ともあれともあれ、ですよ? その姫殿下のなんたらを済ませて、早いところ私たちの街に帰りましょう。早く帰らないと、他の二人が何をするか心配で心配で」

「それはわたしも同じだよ。……アリッサくん、わかっていると思うけれど――」

「燐灰石はダランさんが箱に入れて持ち帰る。決して私が運んではならない、ですよね? この前もそうしたじゃないですか。私が持って走って帰れば、馬車などよりもすぐに帰れるのですけど、だめなんでしょう?」

「爆発でもしたらことだからね。この箱に入れて、大事に持ち運ばないといけない」


 この子供に言い含めるようなやり取りも、何度目だろうか。

 しかしダランもこのようなやり取りは嫌いではなかった。アリッサは辟易としているようだが、元来ダランは面倒見がよい方なのだ。


「でも、港遠いですよね。馬車を捕まえた方がよかったんじゃありません? ガランてほんと、無駄に広いですわよね。人も物も、ごっちゃにぎっしり詰め込まれていて、まるでイーリスのタンスの中みたい」

「イーリス……。ああ、三騎士の」


 その名に思い至りダランは苦笑する。三騎士はいずれも王族――魔力を持つ者たちだが、その生活は極めて自由奔放であるからだ。アリッサはまだもとから貴族であったからいいものの、件のイリーナも貴族の出だが出生に曰くつきであると聞く。もう一人はやや受け答えなどに影響が出るほどの奇矯な少女らしいく、彼女は庶民の出だという。

 華やかなイメージを持つ三騎士だが、浸着装甲を纏う彼女らの戦いは想像を絶する血生臭さであることを彼もよく知っている。


「ともかく、早く済まそう。きみにとっても、私にとっても、それに姫さまにとっても、それがよいだろう」






 アリッサとダランよりもやや遅れ、商人たち御用達のやや高めの宿を出る二人組があった。

 ひとりは濃紺の上着とズボン、真っ白いシャツ。気難しそうなしかめっ面、髪は後ろになでつけた細めの三十ほどの男だった。彼は眩しそうに空を見上げると、背後に控える少女を促し、用意された馬車へと進む。

 彼の後ろに控えていた少女。歳は十代半ば、使用人のエプロンドレス姿のような、しかし上質な薄い紺の上下を身にまとう、肉付きのよさげな少女であった。腰までの黒髪をさらりと撫で流すと、怜悧な目元をフっと細める。

 男はマイス。第二王子の側近であり、文官。『回収屋』である。

 少女はカエデ。第二王子の側用人であり、三騎士のひとり。『護衛』である。

 二人が馬車に乗りこむと、黒く固い刃がふたつ並んでいるような威圧感を醸し出す。御者は無言の二人に一礼すると、御者台に座る。そんな彼の表情は気味悪いものを背後に抱える不安にあふれた、おどおどしいものだった。


「では、出発いたします。揺れますので、お気を付けください」


 そんな表情のまま一声かけると、馬車は滑らかに走り出す。

 御者は何も考えぬように、言われた場所まで黙々と向かうことを選んだ。


「魔女が現れたそうだ」ごとごとと石畳を車輪が刻む音を聞きながら、マイスはぼそりというと、「お前たちがつかんだ情報なのだろう? なぜ近衛に教えなかった」と続け、左に並んで座るカエデにちらりと目を向ける。


「情報がお早いのですね。いいでしょう、お答えいたします。よもや街中に現れるとは想定しておりませんでした。なぜなら、敵側の目的は燐灰石の奪取であり、姫殿下の暗殺ではないからです」

「そういうことを、警士の私にも伝えるべきなのではないかね?」

「他部署ですから」


 あしからず、とカエデは微笑む。

 その温かみのない笑顔から目をそらすように、ふと窓の外をうかがう。「おや?」と思わず声を出したのは、知った顔が通りの反対側を歩いたのを見かけたからだ。

 その声に、カエデは頷く。


「あれはゴルド王子直属のダランさまですね。そばにいる頭の軽そうなのは、アリッサーコートポニー……獅子王子三騎士のひとりですね」

「顔と名は知っている。そうか、が、獅子王子の浸着装甲の担い手か」


 ほう、とそのときばかりはマイスの表情に純粋な興味の色が浮かぶ。


「こちらのほうが、性能は上ですわ」


 それには「さて」と曖昧に頷き、マイスは少し考え、「相乗りしてもよさそうだが……」と持ちかける。

 しかしそれを聞いたカエデはホホホと上品に笑う。


「嫌でございます」

「獅子王子の者とは同席せぬと?」

「それもございますが、二派が同じ場所にというのは、あまり。宿と同じくです。……まあ姫殿下の屋敷に行けば、一緒に作業をするのであまり意味があるとも思えませんが、まあ慣例は慣例です。馴れ合いは慎みましょう」

「ということは、到着はこちらが先になるか。……まあいい」


 ここでマイスはカエデの顔にしっかりと向き直り、やや声を潜める。


「魔女は近衛の矢で眉間を撃ち抜かれたそうだが、そのまえに傭兵どもの集落で騒ぎを起こしたらしい。なんでも魔獣が出たとかで、その寸前まで『鈍色のマルク』と腕試しをしていた剣士がこれを倒したとか」

「……魔獣? ですか」

「うちらお抱えの傭兵からの情報だと、牛頭とのことだ」

「そういうことは護衛の私に伝えるべきでは?」

「他部署だからな」


 とマイスはからりと笑う。


「傭兵の中にも、そこそこ戦える者が残ってきたということか」

「……我ら三騎士が出張るほどの戦闘行為も増えております。浸着装甲の研究開発と普及が進むまで、彼らにも頑張っていただかないと」

「確かにな。北も西も東も、なんでまあ魔物がひしめいているんだろうな。特に北側の防衛線は、獅子王子側も私たち側も、楽観できぬ様相を呈してきている。何か動いてるな」


 魔物の生態か、各国の陰謀か。


「まあいい。それを打破するための魔力石だ。速やかに回収し、戻るとしよう」

「承知いたしました」


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