第14話『おごりですかね』
巨漢ベイスは渋い顔だった。エレアとコティが引き上げた後、彼女たちからの食事の誘いを丁重に断り、今、部下ともどもクライフを卓に囲み、難しい顔で唸っている。
先ほどまでいた燐灰石の尖塔に入ったところにあった部屋ではなく、奥にいくつかある作業部屋のひとつで、窓があるもののやや薄暗く、同じく唸るヴァルとイーモン、少し嬉しそうなアリステラも席についている。
何のつもりだと訝しむクライフだが、実のところ、おおよその見当がついている。
件の『回収屋』のことだろう。
「明後日、二人の王子が派遣する回収屋がやってくるという話だが、あくまでも俗称の類でな。本来は殿下たちから姫に派遣される使節に他ならない。使節とはいえ、ほぼ二人の名代としていらっしゃる、れっきとした役人だ。第一王子の名代と、第二王子の名代とで、二人の使節がいらっしる。回収する物が物だけに、これに浸着装甲をまとった凄腕の護衛が付き従っている。併せて六人ほどだろう」
静かに語るベイスに、クライフも言葉をかける。
「回収する物が問題ではないという口ぶりですね」
「察しがいいな」
クライフの言葉づかいそのものが、近衛の階級を意識したものに変わっているのを、改めて皆は感じた。
「回収――姫殿下から賜るのは、力が込められた燐灰石だ。そう、この詰所と同じ、燐灰石だ。ここの屋根はあくまで青いからそう言われているものと思われるが、実のところ、歴代女王が力を封じる媒体の燐灰石からついた名前なのだ。ここは女王の終の棲家、燐灰石の尖塔というわけだ」
言葉の意味をかみしめながら、クライフはしっかりとうなずく。
「聞き返したいことがいくつかあるのだが」
彼の言葉にベイスは「聞こう」とうなずき返す。
「まず、力を込めた燐灰石とは?」
「俗にいう魔力を純粋な形で封じ込めた、貯蔵した、燐灰石のことだ」
「魔力?」
そこに食いつくかと、ベイスは首をかしげる。
「クライフよぉ、まさかと思うが――」
「ご察しの通り、初耳だ。……魔力? あの、いわゆる、魔法の?」
「当たり前のことを言う。帝政シャール、このシャール帝国は魔導大国だぞ? 凡百の術者しかおらぬ他国と一緒にしないでもらいたい。王族とは即ち魔術師であり、シャールの王は王族の中で最も強い力を持つ男子が就くことになっている。現帝王のご子息、第一王子と第二王子も国内屈指の力量、いずれどちらかがシャールを継ぐであろうな」
「魔法? 魔術師……。本当にあるのか」
疑問が顔にも出たのか、そんなクライフを見て、ヴァルがベイスに補足する。
「隊長。このシャールより南、彼がすんでいた国には、魔法という概念がありません。いわゆる『魔法』などは、十の風の一族の話や、それこそ夢物語の類でしかありません。このガランに寄る外航船の多くの水夫たちも、シャールの魔法を真偽定かではないものと、それは胡散臭く思っていることでしょう」
イーモンが頷き言葉を付け加える。
「術を秘匿する王族の方針もあれば、仕方がないことかと。大っぴらに魔術を行使しているのは、盗人猛々しい北の蛮族くらいでしょうよ」
「……火が出たり、風が舞ったり、そういう……魔法が?」
半信半疑なのだろう。クライフの言葉は、やや自信がなさげであった。
ヴァルとイーモンは、そんな彼を笑うことなく「そういうのもあるな」とうなずいている。ベイスは顎を掻いたり、油の渇き固まった髪の毛をバリバリと掻いたりと、何かを考えながら言葉を続ける。
「術者が条件や状況を設定し、それによって様々な反応を起こす力の源が、魔力だ。色々な現象を起こすもの、火とか水とかは、その反応についた名前にすぎないわけだ」
「条件や状況を設定できる者が、魔法使い?」
「そういうこと。血筋ではなく、あくまでも個人個人の素養だ。お前に素養があったら、その瞬間から王族だぞお前」
「調べる方法はあるものなんですか」
「王子たちなら見ただけでわかるだろうが、これといって無いのが現状だ。とどのつまり、素養ある者が何かをやらかしたときに初めて分かることが多い。もっとも、個々の素養とはいえ、現王家の血筋は素養に恵まれているんだろう。ここ数代は、ほぼ、血縁が王位を継いでいる」
クライフは、なるほど、と唸る。
「……で、その素養優れし王子二人が、なぜエレア姫のもとに?」
「まさにそれよ」
ズイと身を乗り出し、ベイスはクライフの鼻先に顔を寄せる。
「姫殿下は、帝政シャールにおいて、歴代最強という力の持ち主でな。この国において魔術の素養に恵まれた女性は、政から離れ、『女王』としての生活を余儀なくされる。先代女王は、エレア殿下の
曾祖伯母――祖父の姉だったのだろう。
「何度も言うが、王族は血脈ではない。素養ある者が、王族になるだけだ。そして、シャールでは長く、素養ある女性は皆強い力を持つとのことで、『女王』という特別な地位に就けられている。エレア様もその例に漏れぬ強い力の持ち主でな。……話は戻るが、その力を燐灰石に封じ込めることができるのは、女性、つまりは『女王』だけなのだ」
「術者次第で、術者の力量次第で、どのようにも使える魔力を秘めた宝石を、いったい何に使うんですか」
「あらゆることよ」
ベイスは座り直し、遠く天を仰ぐ。
「お前が言ったような、火とか風とかは、遠い昔のことよ。今はもう、多くは外敵から国を守るための武器を作ることに用いられている。あのネズミなど可愛く思えるくらいの魔物魔獣妖物の類が、北にはひしめいているからな。何でか知らんが、そのわるいものたちは、こぞって南を、シャールを通って海を目指すらしい。我が国は、常に外国と外敵の脅威にさらされているのだ」
「隊長、捕捉しますが、南の外国、彼が来た国には魔物も当然いません」
「……そうか。では、覚えることは山ほどあるな。……まあそれも、姫の直属の部下になればの話だが」
ベイスの溜息に、クライフは考える。
因習の謎を追えと、エレアは言っていた。それを思い出す。
「あのネズミも魔性のものだと?」
「そうだな」と、これはヴァルだ。「少なくとも、昨日までは人間だったらしい。人であったときの名は、フリード。人足をクビにされた以降、酒場でクダをまいてたのを最後に、行方不明だった」
「おまけに」と、これはイーモン。「クダをまいてたときに、不審な女がいたそうだ。ここにいない四人はその女を追っている」
「部外者に言うなそんなもん!!」
ベイスの怒号に、二人は「へいへい」と引き下がる。
「ともあれ」と、こちらはアリスだ。「姫さまの配下になるのなら、覚えることは本当に多いわよ? 魔物の存在、魔法の存在、姫さまの問題、そのすべては必ずどこかでつながると、姫さま自身仰っていたからね。近衛は、姫さまのもとを離れられない。姫さまは、この燐灰石の牢獄からおいそれと離れられない。だから、信用と信頼のおける人物を求めていたの。たぶん、姫さまは、あの紹介状と、遠くから見ていたあなたの人となりで納得したのでしょう」
アリスはクライフの後ろから、低い声で続ける。
「姫さまの信頼を裏切ったら、どうなるかわかってるんでしょうね」
「それはもとより。しかし、見られていた?」
「ああ、それはあの鳥だろうな」
イーモンの呟きに、鳥? とクライフは首を傾げる。
「ともあれ明後日、回収の流れを見てなお、お前が俺たちに、姫さまに協力するというのなら、お前を信じた姫殿下を信じ、俺たちもお前を信じよう」
ベイスが立ち上がり、礼をする。
「願わくば、姫の力になってやってくれ…………――」
言いかけたことがあるのだろうが、そこはぐっとベイスは飲み込んでいた。クライフもそれを理解し、立ち上がり手を差し出す。
「言ったでしょう、縁があったら力を貸すと」
「……ふん」
叩き合わせるように手をつかむと、ぐっと強く手を握る。
「お前の力、今度こそ見せてもらうぞ」
ベイスはアリスに返された腰の長剣をポンと叩く。
殴り合いではなく、働きぶりで見せてみろという、彼なりの激励であった。
「まあそれも、明後日以降だな。お前どうする? 宿に戻るか?」
「街を歩きまわりますよ。まだ自分が住む場所がどういうところなのか、よくわかっていませんからね。それに、近衛ではない自分なら、別の聞き込みもできるかもしれません」
怪しい女を追うという意味だろうか。
手が増えるのはありがたかった。
探っていることが大きくばれてしまうこともまた牽制になるだろうと、彼は頷く。
「よし。では街を案内しがてら、夜は飲みだ」
ベイスは言う。昨夜の借りを返すつもりだろう。
「おごりですかね?」ヴァルが手を叩き立ち上がる。
「おごりでしょうね」イーモンも大きな伸びをして椅子をしまい始める。
「小熊亭を予約しておく」高い店を口に、アリスも肩を回して椅子をしまう。「あーあ、退屈。じゃあ案内は隊長が、うちらは個々で聞き込み、夜何もなければ小熊亭でみんなで夕食、ですね」
「ぐぬぬ」
まあいいだろうと、ベイスは鼻から大きく息を吐く。
「腹ァ減らすために、いっぱい仕事してこい!」
「は」
三人は敬礼し、燐灰石の尖塔をあとに、街へと消えていく。
クライフはそれでも口元に笑みを浮かべる男を見、この近衛の者たちとどのような関係が築けるか、それを考えているのであった。
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