Ⅱ-Ⅴ

あの店を出て、そのまま真っ直ぐ城へ向かった。

城の目の前まで行くと、分かっていた事だが見上げると首が痛くなる程美しく立派にそびえ立っていた。

あとは城に入り、王子様に会うだけなのだが...問題が一つ。


「...ところで、神父さん。」

「ああ、なんだ。」

「なんで正門じゃなくて、此処なんですか!どうやって入るんですか!」


壁を指差しながら大声を出すものの、神父さんは素知らぬ顔で欠伸をする。

そう、城の前まで着いたのはいい。

けれど、問題は俺達がいるのは正門でも裏門でもなく、活気のある町から離れた人気のない森の中にいる。

当然ながら目の前にあるのは門ではなく、城を守るように囲う高い壁。

まさか泥棒の様によじ登る気だろうか。


「...最初に言っておくが、よじ登ったりしねェよ。つか、この壁は登る事は出来ねェんだよ。」

「およ? なんでですか?」

「触れば分かる。」


神父さんは、咥えてた棒付きキャンディーを口から出し、壁を指しながら俺に言った。

一体何が起こるのか分からないが、取り敢えず神父さんの言う通りに俺は壁の前へと近付いた。

ただ普通に触ろうと手を伸ばし、触れる直前で異変が起こった。

バチッと壁が一瞬だけ金色の光を発したかと思うと、強烈な痛みと熱が指先を通して全身で感じ取った。

危険なものだと何となく本能の様に察すると同時に反射的に手を引いてすぐに壁から離れた。


「...どうだ、痛かったか?」

「ッ...痛い...なんて、モンじゃないです...!めっちゃくちゃ熱くてジンジンします!」


涙目になりながらふーふーと手に息を吹きかけている俺を他所に、神父さんはクスクスと嫌な笑みを浮かべていた。

城に触れようとした手は、直接触っていないにも関わらず...見ると手の皮膚が熱で赤くなっていた。

指は動かそうにも、痺れたように震えて上手く動かす事が出来ない。


「お前反射神経っつーか、意外とそういうの鋭いんだな。流石火の国に居ただけはあるな。」

「一体なんですか、今の。一瞬だけピカーって光った気もしますが...。」

「ああ、コイツはただの壁じゃねえ。構図やらを全部説明すると面倒だが、一言で言うなら結界の一種だ。」


神父さんは飴が無くなりただの棒となったそれを壁に向かって吐き捨てた。

棒は宙を舞いながら壁へと距離を詰めていく。

そして、壁は俺が触れようとした時と同じ様に金の光を発し、棒は壁に触れる前に一瞬で灰と化されてしまった。


「定期的に修理や建て替えを繰り返してるからそうは見えないが、この国が出来た頃...約五百年以上前からこの建物は〈パクレット王国の城〉として存在し続けている。」

「ご、五百年!?とってもお年寄りなんですね...すごい...。」


国が出来た頃からあると言われても、どんなに見つめても城は全く年季を感じさせない。

ずっといろんな人に大切にされてきたんだろうなと一人で勝手に納得した。


「当時は今以上に戦争が酷い時期だったからな...攻撃を防ぐ防御壁として城が出来ると同時にこの壁も作られた。」

「じゃあ、敵の攻撃を防ぐ為に?」

「目的はそこだけじゃない。この国の最も優先するべき存在は国民であり、国は人がいてこそ成り立つもんだってのが王の考えだとさ。」

「王って...今のですか?」

「バーカ、初代王だよ。」


神父さんは内側のポケットから筒状に丸められた古紙を出し、ひょいと俺に投げ渡してきた。

広げてみると、薄く色分けされた変な形をしたモノが書かれていたが俺にはさっぱりで首を傾げる。


「神父さん...これは?」

「地図だよ、地図。それ使って、行きたいとこ行ったり来たりする為の道具。変な形してんのは、それは国がそういう形してっからだ。」

「おー!変なデコボコ線で描いてるのは国がそういう形だからなんですね!ほうほう...国って結構大きいんですね!」

「当たり前だ。狭い所に大勢の人が住むわけないだろ。」


貧民街にいた頃、よく兵隊さんが広い紙と睨めっこしていたのを見た事ある。

あれは、目的地の場所を確認していたということか。

人って凄いなーっと、初めて手にする地図を見て何だか何処へでも行けそうな気分になりドキドキと胸が弾んだ。


「あ、俺のその地図は貴重だから汚したら殺すぞ。」

「ひぇ...ッ、分かりました...!」


ふと何かを思い出した様な感じの声を出したかと思えば、振り返ってはいきなり殺人予告を喰らってしまった。

何だかプレッシャーを一気に掛けられ、先程まで感じてたワクワクのドキドキが一気にガクガクのブルブルに早変わりした。

神父さんなら絶対にやり兼ねない。


「...いいか、まず緑の色した箇所が今俺たちがいる緑の国。赤色が火の国だ。」

「うおっ!光ったー!」


神父さんが国名を口に出すと、それに反応して地図が淡く光った。

馬鹿な俺でも分かり易い様に表示しながら教えてやると、鼻で笑いながら神父さんは言われた。

大丈夫だと強がりを言いたいところだけど、文字も地図もまだまだ分からないだらけの俺が強がったところで更に馬鹿にされるだけだから、要するにハッキリ言ってムカつく。


「んでだ、この壁が発する結界だが...何も城の外側が範囲って訳じゃねェ。」

「えっ...違うんですか?」

「ああ。結界は初代王の親友だった砂の国の王が考案し、その国独自の防御魔術が掛けられていてな...この国の兵器の力も活用している。」

「...ヘイキ?」

「...なんだ、お前。兵器の話も知らねェのか。」


神父さんは呆れる様に溜息を吐きながら、仕方なくと言わんばかりに教えてくれた。

この国を含め、八つの国には初代王達が造ったとされる...今は「伝説」と呼ばれる生きた兵器たちが一つずつ存在しているそうだ。

秘めた力を持つ兵器たちは、強過ぎるあまりに今では表舞台から姿を消し、いつか目覚めるその時まで其々深い眠りについているらしい。

ただ、あくまで表舞台に出なくなっただけで...全ての兵器が眠りに入っているわけではないらしい。

緑の国では、国王の継承を行う際...王族の間でその生きる兵器が式で使われるらしい。


「ちなみに、緑の国の兵器ってなんですか?」

「聖剣だ。扱う者の力に多少左右される...風も大地も裂き、鋼鉄を超える強度を持つ竜の鱗も果物の様に斬れる。要するに、斬れないものがない剣ってところだ。」

「お~、すっごーい! 何でも斬れるってことは、コワいもん無しですね!」

「馬鹿だな...。さっき言ったろ、扱う者の力に左右されるって。聖剣は使用者の心を読んでその力を発揮する。正義の為に振るえば光になり、悪事の為に振るえば闇になる。誰にでも扱える代物ではねェのさ。」


その聖剣は、封印はされていないものの普段は地下で眠っているらしく、在り処は王族と関係者にしか分からないそうだ。

眠りについても有り余る力は常に溢れている為、その溢れてる力を使って壁の結界を強化しているらしい。

更に、王の魔力と連動して結界の幅を広げられるらしく、その気になれば国全体まで結界を張って敵から身を守ることが出来るそうだ。

まさに国民を守る為にある結界と言える。


「まあ、王も力はあってもすっかり老いぼれだからな...常に魔力を使うわけにもいかねェから、今は継承の時期まで代用品で結界を補ってるだろうけど。」

「......本当に今更なんですけど、話を一通り聞いて思いました。壁に近付くのって実は物凄く危険ですよね? 分かってて俺で試したんですか?」

「なんだ、ようやく理解したのか。」


当然と言わんばかりに俺の質問に対して、はんっと鼻で笑いながら神父さんにあっさり即答で返された。

神父さんの人を小馬鹿にするその態度を見た俺は、

まさかと思って聞いてみれば、この人は本当に他人に対して思いやりなんて言葉すら微塵もありゃしない。

こういう人をきっと『ド鬼畜野郎』っていうだと思う...俺知ってる。


「普通は直で触りゃあショックで麻痺して...ざっと約1週間は身動き出来なくなるぜ?」

「俺が死んじゃったりしたらどうするんですか!」

「安心しろ、平和の国の城前でそんなことはない。せいぜい壁にへばりついて拷問のように痺れを受け続けるだけだ。」

「それはもっと嫌です!!壁とずっと一緒にいるくらいなら...壁を食べてでも逃れます!」

「凄いな、そこまで食い意地張ってると最早関心の域だわ。」


やれやれと呆れながら、俺からひょいと地図を取り上げ丸めると内ポケットにしまい、別の何かを取り出した。

茶色い筒状の形をしていて先に導火線があるそれは、貧民街にいた頃でもよく目にしていたものだった。


「...神父さん、もしかして...それは爆弾ですか?」

「もしかしなくても、俺お手製の可愛い爆弾ちゃんだ。」

「一応念の為に、一体それを何に使うのか聞いてもいいですか?」

「無論、あの城の壁をぶち壊す。」


神父さんが爆弾を放り投げようと真顔で構えた瞬間、俺は持ってる片腕にしがみついた。

なるほど、壁を壊して入る為にわざわざ正面を避けて此処に来たということか。

けど、王様が住んでるこの立派なお城に入る為だけに爆弾を放り込もうなんて...この人は一体何を考えているのだ。


「おい、投げられないだろ。離れろ、子羊野郎。」

「嫌です!お城に凶器投げ込むなんて、馬鹿な事はやめて下さい!」

「安心しろ、日常茶飯事だ。向こうは金持ってんだ、壁の一つや二つ壊しても金は減らん。」

「そういう問題じゃありません!!だ、誰かいませんかぁあ!爆弾投げ込もうとしている鬼畜で凶暴な神父さんがいますぅう!誰か止めてくださいぃい!」

「あ?何処の誰が鬼畜で凶暴だ、最高にキュートでクールな神父だろうが!」

「そういうことは、自分の顔を見てから言ってください!」


俺を振り解こうと暴れる神父さんにぶんぶん振り回されながらも、離さない様にしがみつく。

人気のないこの場所でこれだけ二人で騒いでも、城からは誰かが顔出す様子すらない。

神父さんと比べて力と体力もかなり劣る俺だけでは、この恐ろしい聖職者を止める術なんて何一つない。

早く誰か助けに来てはくれないだろうか。

振り回されて目が回り出し、もうダメだと力が抜けた途端...何かが神父さんの頭を目掛けて突っ込んできた。


「ッ...てぇ...!!」

「...およ?」


痛みに耐えかねた神父さんは、額を抑えて倒れこむ。

神父さんが体勢を崩した事でしがみついていた俺も倒れ、目を回しながらも神父さんに突っ込んできた其れはパタパタと宙に浮いていた。

グラグラする視界でも分かる程に、綺麗な緑色の毛並みをした長い尾羽を持つ小さい小鳥の魔物だった。

身体を僅かに震わせて痛みで悶える神父さんの頭上をグルグルと挑発する様にピーピー鳴きながら飛び回る。


「いたいた、やっぱりこの辺りに居たんだね。」

「...え、あ....およっ!?」

「リュイ、お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。」


木の陰から出てきたのは、先程町で見掛けた金髪の王子...滝王子と呼ばれていた男だった。

どうやら自分たちを探していたようで、動き回った際に付いたであろう身体のあちこちに引っ付いた木の葉をせっせと払い落としている。

リュイと呼ばれた緑色の魔物は、滝王子の姿が目に入ると差し出している手の指に止まりピロピロと嬉しそうに鳴いていた。


「えっと...メーリちゃんだっけ? さっきぶりだね。そこの馬鹿を止めてくれてありがとね。」

「...へっ!? あ...っ、い...いえ! 俺はただ誰かが怪我したり、こんな綺麗なお城が壊されちゃうの嫌だったので...そのっ...!」

「ふはっ、そんなに緊張しなくていいよ。少なくともそこに倒れてる彼よりは歓迎するよ。」


突然現れた事にあたふたしている俺が面白かったのか、王子は楽しそうにクスクス笑った。

ゆっくりと神父さんの傍まで歩み寄れば、首根っこを掴んで無理矢理神父さんの身体を起こさせた。


「...やっぱりテメェか。」


鳥の魔物...リュイの頭突きをまともに喰らった神父さんの額は赤くなっており、表情は十を超える人間は殺したんじゃないかと思うくらい恐ろしい顔になっていた。

それを見た俺はゾッと背筋が凍り、思わず小さく悲鳴をあげてしまったが...滝王子は慣れている様で般若顔してる神父さんを首根っこ掴んだまま睨み付けていた。


「君なら、どっか人が見てない所に行ってイタズラ感覚でまた壁とか壊しそうだと思ってさ。次壊されたら、今度は俺が砂の国のアホ王子に頭下げなきゃなるからね。」


嫌だ嫌だと表情を苦くさせて首を横に振る。

先程の壁の話を振り返ってみるが、確か砂の国とは親しい仲だったはず。

だが、表情からして見ると滝王子と砂の国の王子とは仲が悪いように感じられる...喧嘩でもしているのだろうか。


「金には困ってねェんだから、壁の一つや二つぶち壊しても問題ないだろ。そこのクソ雑魚野郎を寄越せ、焼き鳥にでもすりゃあ...ちっとはマシなもんになるだろうよ。」

「リュイと君は本当に仲悪いな。ダメだよ、大事な俺の友達で家族なんだ。今の君だと何するか分からないから拘束させて貰うよ。」

「知るか、俺はそのチビをぶっ殺すまでだ...!」


滝王子の手を振り払い、真っ先にリュイを狙う。

顔だけでも今かなりヤバイ事になっている為、リュイはピーピーと怯える様に鳴きながら滝王子から離れた。

神父さんの手をギリギリで避け、肉食獣の魔物から慌てて逃げる様に上へ飛ぶ。

普通の人ならば、上へ飛んでいってしまった鳥を追おうなんて考えないのだが...彼は生憎と普通ではない。


「待てや、豆野郎...!」


逃がさんとばかりに勢いよく助走を付けて走ると、森の高い木々を蹴って登っていく。

軽々と上へ飛んで行けば、逃げるのに必死でオロオロと飛んでるリュイに届く程にまで高く飛んでいた。

捕まれば確実に焼き鳥にされかねない...神父さんなら間違いなく有言実行する。

ああ、ダメだ...捕まってしまうと思った俺が両手で顔を覆った時、滝王子が宙に陣を描き始めた。

その陣からは光の鎖が音を立てながら溢れ出て、陣を描いた指先で神父さんを指した。


「...異端者の選択ラージ・エレクシオン...。」

「ッ!?」


一言発すると、鎖は一気に神父さんの全身に絡み付いて、あっという間に拘束され容易く地上に落とされた。

身動きを封じられた神父さんの首には重そうな鉄の首輪が嵌められ、鎖を外そうとばかりに暴れる。


「糞ッ...離しやがれ、このクソ双葉!」

「煩いよ。術式の知識なら君が上だろうけど、この拘束術は君にも溶けるだろうけど...俺の鎖は君の『それ』と同化するから、かなり時間掛かるだろ?」

「...テメェ...。」


滝王子はトントンと自分の首を指すと、図星だったのだろうか...暴れるのやめて思い切り滝王子を睨み付ける。

神父さんの『それ』とは...、首を指していた事から『首輪』の事だろうか。

一緒に居てまだ二日しか経っていないけど、彼の首にそんなモノは付いていなかったし、付いていたとしたら目立つから馬鹿な俺でもすぐに分かると思う。

一体何の事だろうかと首を傾げている間に、滝王子が鎖を引っ張り、神父さんをずるずると拘束した状態のまま引き摺り始めた。


「さて、いつまでも此処にいると寒いし身体が冷える。俺の部屋でゆっくり話をしようか。」

「ばっ...テメッ! 服が汚れるだろ、引き摺るな...!」

「例えボロボロになってダメになっても、替えの修道服はいくらでもあるんだろ? ほら、メーリちゃんもおいで。」


狂犬のように吠えまくる神父さんの怒声を流しつつ、王子は笑顔で俺に手招きする。

それを見て呆然と立ち尽くしていた俺は我に返り、慌てて後を追いかけた。

流石に王子様一人に神父さんを任せっきりする訳には行かないと思い、一緒になって鎖を引っ張った。

後ろから神父さんは「滝王子を殴れ」だの「俺を助けろ」だの言ってるが、正直可哀想にも思える。

だが、今の神父さんを離せば、王子様とあの可愛く小さな魔物を真っ先に襲うに違いないし...きっと俺も理不尽な事にそれに巻き込まれると思う。

今は大人しく王子様の鎖に縛られてて下さいと心の内でそっと呟いた。


「あの、正門とは逆方向ですが...方向はコチラで大丈夫なんですか?」

「正門の他にも裏門や西と東...計四つの大きな門があるんだ。今向かっているのは、俺がお忍びでよく使う隠し門。多分、俺が急に居なくなったから...兵士の何人かが探しに近くまで来てるかも。」

「うぇっ!? それは大変じゃありませんか...!」

「それなら大丈夫だよ。俺が城から抜け出すことはよくある事なんだ。まあ、あまり仕事サボると父様に怒られるけど。」


父様とは、恐らくこの国の国王様の事だろう。

怒った時の国王様の表情を思い浮かべてるのか、僅かに苦笑を浮かべていた。

王子様という事は、次の国王になるという事だろうから...きっとお仕事もいっぱいで大変なのだろう。

とはいえ、その責任の荷の重さを理解する事は...何も知らない貧民の俺では難しいだろう。


「ねえ、メーリちゃんって歳いくつくらい?」

「およ? えーっと...正確には分かりませんが、多分...王子と同じ歳だと...思います。」

「そっか。じゃあ、別にそんなに緊張する必要はないよ。むしろ、俺は普通に接して欲しい。ダメ...かな?」


少しだけ、目が悲しそうに曇ったかの様に見えた。

王子という立場だから、みんな距離を置いてしまうし、近寄りがたいのだろうか。

今の俺は他国の来客という事になっているから、せめて違う国の人とは距離を縮めたいと思っているのだろうか。

理由が何にせよ、一人は心細いし寂しいということは...俺でも十分に理解出来ることだった。


「...分かりました。俺なんかでよければ、是非ともお友達になってください!」

「へっ! 友達...、いいのか! 俺、腐れ縁みたいな奴は一人いるくらいで...友人と呼べる人はその、いなくて...。」

「なら、俺が友達の第一号ですか! わー、嬉しいです!」

「俺も嬉しいよ...よろしくね、メーリちゃん。俺のことは、『滝』でいいよ。」

「分かりました、滝くんって呼びますね。」


互いに握手をすると、一頻り暴れて大人しくしていた神父さんがくんくんと鎖を引っ張ってきた。

視線を移すと、雪と土塗れで不貞腐れた顔をしながら滝くんを睨み付けていた。

そんな神父さんの表情を見て、滝くんは呆れ顔で溜息を吐いた。


「今度はなんですか? また鎖を解いてくれですか?」

「いや、ずーっと気になっていることがあってな...お前、子羊野郎の事を一つ勘違いしてるぞ。」

「...何を言ってるんだ、お前は。」

「いやいや、マジだって。よく聞け坊ちゃん、なんでソイツの事『ちゃん』付けで呼んでるんだ?」

「え...? いや、だって女の子でしょ...?」


そこまで口にした王子が、一瞬にして表情も身体も石の様に固まった。

俺には何故そうなったかは分からないが、何か知ってる神父さんは楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべて王子を見つめていた。

数秒して、王子は俺の方へ視線を移すと恐る恐る質問をしてきた。


「えっと、メーリ...ちゃん? 性別聞いてもいいかな?」

「およっ? 俺は立派な男の子ですよ?」


そう答えた途端、神父さんは堪えきれないとばかりに大爆笑を始め、王子は何故か顔を真っ赤にして俯いた。

一体何がおかしいのだろうか、俺は何かおかしな事を言ったのだろうか。

腕を組んで数十秒考えた後、何故こうなったかようやく理解した。

俺が『ちゃん』付けを否定しないから、滝くんは俺を女だと勘違いしたのだ。

確かに男に対して『ちゃん』付けはおかしいかもしれないが、何もそこまで笑わなくてもいいだろうに。


その後、神父さんは羞恥を受けた滝くんに勢い良く顔面に蹴りを入れられる事になった。


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子羊と神父 ふろさん @Fraud

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