第16話 傀儡 ――その③

聞いていたのと違う。僕くらいの歳の人間を相手にして強引に制御を奪えるほどの力ではない、という話だった筈だ。

鉄真が知っている頃より、敵の能力が格段に向上したということだろうか。


「せりりんっ!敵は人の体を操る力を持ってる!今見せたみたいに、操られたら“ロスト”って声かけてお互いにサポートしてくよ!いいね!」

水那方さんの投げつけた指示に、芹花さんはどう反応していいか分からないように見えた。

血濡れた少女の肩を抱き、目を泳がせている。

どこか見覚えのある少女・・・この少女がなぜ芹花さんに銃を向けていたのかは分からない。

しかし、あの時、あの不自然な動きを見た瞬間、すでに頭をよぎっていたものはあった。

(やっぱりその子も、操られて・・・)

敵の”力”を体験してみた後では、もうそれ以外にないとすら思える。

(くっ・・・考えるなっ!)

全部後回しだ。とにかく今は芹花さんを助けることだけ考えるんだ。


「早くここを切り抜けなきゃ!その子が手遅れになる前にっ!」

発破をかける水那方さん。その声で、芹花さんの目にようやく幾ばくかの光が戻ってきた。

「・・・っ、分かった・・・!」

少女の被弾は肩と右腕。意識は無いようだ。バイタルを確認したわけではないので状態は分からない。それは水那方さんも同じだろう。

まだ助かる見込みがあるのかは不明だが、芹花さんを動かす材料になるなら何だって構わない、と、水那方さんはそう考えているに違いない。


パァン!! パァン!!


テーブルをひっくり返してバリケードを作った丁度その時、乾いた破裂音とともに銃弾が飛び込んできた。


パァン!! パァン!! パァン!! パァン!!


水那方さんと、銃を拾った僕が応戦する。

「敵エージェントと接触、交戦開始!人数は不明!」

『了解、こっちにも1人いたぞ。今追跡中だ。そっちは2人で何とかしろ。』

水那方さんの発信に鉄真の応答が返ってくる。

何とかしろと言われても、現状は弾幕を張って近づけさせないようにするのが精いっぱいだ。

引き金を引いている最中も、いつまた“力”で銃口を逸らされてしまうかと気が気でなかった。

密集し地に伏したこの状態でそれをやられると、誤射の危険性は非常に高い。

その不安は集中力を削ぎ、それだけでも射撃の精度を下げる要因になってしまっていた。


パァン!!パァン!!パァン!!パァン!!パァン!!


(っ!?水那方さん撃ちすぎ・・・っ!)

そう思った瞬間、「ロスト!」という水那方さんの声が響く。

(くっ、弾薬を無駄遣いさせる気か!こんな“力”の使い方が・・・っ!)

僕は咄嗟に、彼女の右手を跳ね飛ばすように思い切り正拳を打ち付けた。


ただの打撃は、その部位を操っている“力”の使い手にさほど効果は無い。

しかし、その制御を大幅に逸脱する範囲で一気に引き剥がすと、操っている相手にもダメージを与えることができるらしい。

他人の体を操っているうちに、脳はその部位を自分の体の一部と認識するようになる。

その状態でいきなり制御対象が弾き飛ばされると、“力”の使用者は身を引き千切られるような痛みを感じる。

いわゆる幻肢痛の一種だ。

この現象を利用すれば活路を開ける筈だ。

現にさっきも今も、制御を引き剥がした直後は一時的に銃撃が止む。


(・・・この隙に敵の位置を・・・)


パァン!! パァン!!


僕が頭を上げると同時にすぐさま銃弾が襲い掛かってきた。

「ちっ!ダメかっ!」

慌てて頭を引っ込める。駐車場に止められた何台かの車のうちどれかに身を隠しているのだろうが、なかなか特定ができない。


パァン!!


「・・・っ! つうっ!!」

「りうっち!? 大丈夫!?」

銃弾が頬を掠めた。

テーブルに身を隠してはいるが、木製の天板をやすやすと貫通してきた。

(鉄芯のフルメタルジャケット弾か・・・)

厄介だ。これではバリケードの意味がない。期待できるのはせいぜいブラインドの効果だけだろう。

これで外のベランダの壁にまで張り付いて来られたら終わりだ。


パァン!! パァン!! パァン!! パァン!!


弾薬にも限りがあるが、均衡を保つためには牽制の射撃を続ける以外になかった。

それもさっきみたいなやり方で弾薬を浪費させられたら、そう長くは・・・



「「ロストっ!!」」



それは、想定を遥かに上回る最悪の事態だった。


(なっ・・・!同時っ!!??)

僕と水那方さんの構える銃が、見えざる力で無理やり引っ張られて互いのほうを向く。


ドガァッ!!


「くぅっ!」「があっ!」

2人とも即座に床に倒れ込み、肩を床に叩きつけることで、どうにか同士討ちを免れた。

まず過ぎる。これではまともに銃を構えることすらできやしない。

こんなのどうすればいいって言うんだ。

微かに希望が残っているとしたら、鉄真が早くカタをつけてこっちに応援に来る可能性に賭けるくらいか・・・


『鉄真だ。こっちは待ち伏せがいて3人に増えた。気を付けろよ、奴ら思った以上に人数掛けてきてやがる。』


ゲームセットだ。

僅かな光明も、その通信によって完全に消え去った。

出来ることなど何一つ残されていない。

怪我をした肩の痛みが再発して悶える僕を尻目に、いち早く身を起こす水那方さん。

「りうっち!反撃続けるよ!とにかく少しでも奴らの前進を遅らせて・・・」


パァン!!


「・・・っ、つうぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

「みっ、水那方さん!!??」

へたり込む彼女の傍へと必死に這い寄る。

(冗談だろ!?・・・う、撃たれたのか・・・!?)

じわりと血が滲んだズボン。

弾丸は太腿を突き抜けたようだ。人体急所である大腿動脈が走る箇所だが、出血の様子を見るに動脈損傷という最悪の事態は免れたらしい。

だがこれで、相手の隙を待って水那方さんの機動力で攪乱するという手も使えなくなった。

そもそも被弾個所が太腿ということ自体、互いの陣形の決定的な差を示すものだった。

敵は射線をかなり低くとることができている。それはつまり、もう相当なところまで近付かれてしまっていることを意味する。

もはや頭を上げることもできない。手だけ出してデタラメな方向に撃ち返すのが精一杯だ。


パァン!!パァン!!パァン!!パァン!!パァン!!


(・・・気のせい、だよな・・・?)

いや、違う。銃声が明らかに増えている。

いったいどれだけいるんだ? 3人? 4人?


ガシャァ!! パリーン!!


廊下ドアや押し入れの引き戸にまで間断なく銃弾がぶち当たり、騒々しい音が部屋を駆け巡る。

(は・・・は・・・もう無理だろ。これ・・・)

こんなところで終わるのか。

せっかくここまで来て、こんなところで終わってしまうのか。

救いたい人も救えず、繋いできたものが全て無駄になる。

嫌だ、そんなの絶対に嫌だ。

だけどもう、頭を抱えて床に突っ伏すことしかできやしない。一縷の希望さえ抱けない。


「・・・っ!・・・も、もう、充分だろ!」

震えるような声を発したのは、芹花さんだった。

「あいつらの狙いは私なんだろ!?お前らが付き合う理由なんてねぇよ!

今なら廊下に出て玄関から逃げられる!お前らだけで逃げてくれ!」

苛立ちの内に諦観を内包した言葉を、苦しげに吐き出す。

「私はもういいんだよ!もううんざりなんだ!ほっといてくれよ!」


「ふざけるなっ!!!!」


これ以上我慢するのは無理だった。芹花さんの物言いに限界を迎えた僕は、湧き上がる感情を彼女にぶつけた。

「そんなこと言うなよ!やめろよっ!いい加減にしてくれ!

“もういい”だって!?勝手なこと言うな! 芹花さんは・・・」

これが最後の時間かもしれない。後悔することすらできないかもしれない。

だったら堪えてたってしょうがない。


「芹花さんは僕の憧れなんだっ!!」


「・・・はあっ!?」

気の抜けたような疑問符に構わず、僕は一方的に言葉を続けた。

「自分のことがイヤで、嫌いで、いつもびくびくしてるのが情けなくて、自分なんか生きてる価値無いって思ってたけど・・・

そんな僕が、組織に入って、芹花さんに出会って・・・」

正直最初は苦手なタイプで、ちょっと怖かったけど、そんな先入観は全部間違っていた。

「僕なんかよりよっぽど辛い人生を歩んでるのに、そんなのものともしなくて、堂々としてて・・・」

分かってる。本当は辛かったんだって。僕らに弱いところを見せたくなかっただけだって。

「芹花さんがいたから、僕は絶望せずにいられた。芹花さんみたいになりたい。強くなりたいって、そう思えた。」

それでも、芹花さんに憧れるこの気持ちは、変わることなんてない。

「芹花さんが死んじゃったら、僕はどうすればいいんですか!誰を心の支えにすればいいっていうんですかっ!!」

「・・・お前・・・な、何言って・・・」


「とにかく!芹花さんは死なせません!僕のためにも!いいですね!」


自分が無茶苦茶なことを言っているのは分かっている。それでもこれが僕の偽りない本音なのだから仕方ない。

呆気にとられたようにぽかんと口を開けたままの芹花さん。

そんな芹花さんを見て、水那方さんがクスクスと笑い声を漏らす。

「初めて見た!せりりんのそんな顔・・・ふくっ、くふふふふふっ!」

芹花さんの顔にあるのは、感動や共感といったものでは全くなかった。心底呆れ返って声も出ない・・・そんな顔だ。

途端に今しがたの自分の台詞が恥ずかしくなってきた。

そこまで場違いな発言だったか? いや、まあ自覚はあるけど、こんな反応されるほどか?

だけどそれならそれでいい。さっきまでに比べたら、今の芹花さんの顔のほうが断然ましだ。


「そうだね、うん、りうっちの言う通りだ!りうっちのためにも、私のためにも、せりりんには嫌でも生きててもらうから!」

でも・・・と、水那方さんは厳しい表情に戻り弱音を口にする。

「正直、厳しいよね。流石にちょっと活路が見出せないよ。何かまだ打つ手は残ってないのかな・・・」


「それなんだけど、僕にちょっと考えがある。」


腹を括ると発想も出てくる。僕は今思いついたばかりの策を水那方さんに耳打ちした。

「ちょっ!そ、そんな、危ないって!!そんなのダメだよ!!」

「でも、これが一番可能性高いよ。もうこれ以外にない。水那方さんは他に案があるの?」

「・・・だったら、私がその役やる!りうっちなんかより私のほうが適任だって!」

「そりゃ普段ならね。でも流石にその足の水那方さんよりは動けるよ。」

「・・・っ、でも・・・っ!!」

「急がなきゃ、もう敵陣を押し留める圧力を保ててない。突入してこられたらお仕舞いだ。」

「ま、待ってよ!りうっちってば!!」


「作戦開始5秒前、4・・・3・・・」


聴く耳を持たない僕に、流石に諦めて援護の体勢に入る水那方さん。


「・・・2・・・」


不思議な気持ちだった。高揚感が全身を包む。震えが、死の恐怖が、湧き出る熱に塗りつぶされていく。


「・・・1・・・」


強がり? 陶酔? 現実逃避?

何だっていい。それで芹花さんの助かる確率が1パーセントでも上がるなら、世界一の勘違い野郎だっていい。





「・・・開始・・・っ!!」





テーブルのバリケードから飛び出した僕は、弾丸降り注ぐベランダへと躍り出た。

普通ならこんなのは作戦なんて呼べない、ただの自殺行為だ。

ただし、外の奴らの注意を引くことが起きたなら、話は変わってくる。


ガッシャアァァァァァァァァァァッ!!!!


突如、駐車場にけたたましい衝突音が鳴り響いた。

どこからともなくやってきた車が、駐車場に止めてある1台に思いっきりぶつかったのだ。


そう、これは僕らが乗ってきた車だ。


この車は、クラウディネットの1部。ネットワーク上のデバイスの1つだ。

BCLのアジトを出たとき、この車は誰も乗せていない状態で、自律走行して近寄ってきた。

自律走行できるなら、こういう使い方もできるはず。

それが、僕の思い付きだった。


ギュルルルルル!! ガシャッ!! ギュルルルル!! ガシャ!!


敵が車への対応に手間取っている間に、僕はベランダを乗り越えて駐車場脇の小さな倉庫へと向かう。

僕らが追い詰められていたのは、一か所に張り付けられていたからだ。

あの倉庫の裏に回り込めたら、今度は敵を挟み込む陣形をとることができる。

そうなれば戦況は劇的に変わる。

(よしっ!順調だ・・・!)

もう少し、もう少しで倉庫に辿り着く。


パァン!!


「・・・ぐっ!!!!」


脇腹に突如として発生した滾るような熱源。

それを確認する間も惜しんで僕はひたすら走り続ける。

9mmであの貫通力なら、運が悪くない限り死にはしないだろう。


「うおおおおおっ!!!!」


気力を振り絞って倉庫裏に飛び込んだ僕は、すぐさま臨戦態勢を整えた。

(・・・よしっ!辿り着いた!)

ディーネさんの車は既に駐車場から離脱している。ボディの損傷だけならいいが、あまり長く留まってパンクでもさせられら後がまずい。

ほんの僅かな間の攪乱作戦ではあるものの、成果は充分だといえる。

これでもう奴らはさっきまでのようなやりたい放題の銃撃戦ができなくなった。

水那方さんのほうに攻撃を向ければその背をこっちから狙うことができるし、その逆もしかりだ。

ある程度の均衡を取り戻すことができたと言えるだろう。


あくまで、奴らが普通の相手だったなら・・・だが。


そう、奴らは普通じゃない。奴らからすれば、僕らのこの陣形は格好のカモだ。


右手に到来する重み。

ギリギリと途轍もない力で、意に反した方向に持ち上げられていく。

こうなったら打つ手がない。もう僕は水那方さんと離れ離れになってしまっているのだ。

これではサポートし合うこともできず、“力”を引き剥がす術がない。

敵の殺意を宿した自分の右手が、銃口を誘導していく。

そしてそれは、ついに僕のこめかみへと到達した。


終わりだ。


こうなることは分かっていた。

この好機を、奴らが利用しない理由がない。

奴らは必ず“力”を使う。僕らに挟まれても逃げることなどせず、駐車場に留まったままで。

そして今、その“力”は、確実に僕を捉えている。

思うがまま僕の体を操っている。


これで、終わりだ。



・・・僕らの勝ちだ。



相手を捉えたのは、僕だって同じだ。奴らの力の射程内は、僕の力の射程内でもある。

トリガーに掛けた人差し指に、じわりと力が籠る。

だが、もう遅い。

お前らが僕の右手を動かし始めた時には既に、僕の力の発動も始まってるんだ。





空中の粉雪をかき集めたかのように、穏やかなさざなみが、冷え切ったアスファルトをゆっくり浸していった・・・

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