第12話 慰労 ――その②

ドロドロしたものが体の奥から溢れ出てくる。

突き刺して、撃ち殺して・・・渦巻く血のヘドロが駆り立てる渇望。

メチャメチャにしたい・・・その対象が、記憶の中の無法者共から目の前の1人の女性へと変わっていく。

「な、何なんですか一体っ!」

耐え難い劣情を頭から追い払うように、僕は櫻井さんの手を振り解いた。

「覚えていらっしゃいますか、龍輔様。」

「何を、ですか?」

渇いた喉をゴクリと鳴らして、曖昧な質問にそう返す。

「私にはメイドとしての勤め以外にも、皆様の心と身体をお癒しするというお役目がございます。

これは閉鎖性の高い部隊において非常に重要で意義深い責務なんですよ。」

知性的な声が、これは悪いことではないのだと語りかけてくる。

裏腹に、僕の胸元までよじ登って奔放に歩き回る櫻井さんの指。

「硬ぁい胸板。龍輔様ももう立派な戦士でいらっしゃるんですね。素敵です。」

どうにかなりそうだった。

腹の奥に溜まった熱がグルグルと体中を駆け巡る。

ぶつけたい。解き放ちたい。その先にはどれほどのものがあるのだろうか。

知らないはずの“その先”をまるで知っているかのように、僕の身体が“早く、早く”とせがむ。

何だこの状況は。

この僕に、女の人が擦り寄ってきている。

今更何なんだ。女の子はいつだって僕のことを避けてきたじゃないか。

不快な思いをさせないよう、女子の視界に入らないよう、僕だって最大限気を遣ってきた。大体、僕が何をしたって言うんだ?

こっちから彼女らに関わろうとすることは無いんだ。そっちもいないものとして扱ってもらえばいいだけのことだ。

存在を消して、消して・・・

それなのに、僕を見つけるなり気まずそうな顔をして距離を取る女子たち。まるで気持ち悪い虫のように忌み嫌う彼女たち。

僕は何もしてないし、何も関わってないじゃないか。

理由なんてどうでもいいんだろう。声の大きい輩が作り上げた共通認識に逆らい、火の粉を被るリスクを負うくらいなら、唯々諾々と流されることのできる、そういう連中なのだから。

だけど、もう我慢するのも終わりだ。

今の僕にとって、不良ぶった学生なんてもうただのガキでしかない。裏家業の人間を纏めて始末した僕からすれば虫けらも同然だ。

立場は逆転したんだ。

そうだ、こうやって女が自分から擦り寄ってくるのが今の僕の立ち位置なんだ。

逆襲の時だ。思い知らせてやれ。僕の存在を否定し続けた連中に、誰が上なのかを。

征服するんだ。この猛りを存分にぶちかましてやるんだ。

耳の奥でガンガンと騒々しい雄叫びが鳴り響く。

「・・・あ、あ・・・」

思わず櫻井さんの肩に手を回しそうになった、その瞬間・・・

ふっと西原の顔が脳裏に浮かんだ。

今のこの僕の姿を見たら、西原は何と言うだろう。

(・・・っ、ダメだっ!)

こんなの、ダメだ。

欲望に任せて、自分の快楽のためだけに、他人を蹂躙する。

同じだ。あいつらと同じじゃないか。

僕の過去の遺恨は櫻井さんとは全く無関係なのに、僕は彼女に何をぶつけようとしているのか。

僕が絶対に許せない奴ら・・・笑いながら人を嘲り、優越を得るために暴力を振るう奴らと、これじゃあ何も変わらない。

嫌だ。あんな奴らと同類になるくらいなら今すぐ手首を掻き切って死んだほうがマシだ。

「うああああああっ!!」

「きゃっ!」

気が付くと、僕は叫び声を上げて櫻井さんを押し飛ばしていた。

「や、やめ、やめてください・・・」

唇が戦慄き、声が震える。

やめてくれ、僕を変えないでくれ。

僕は僕だ。どんなに醜く腐れ落ちるとしても、内側から這い出ようとしているこの怪物にだけは自分を明け渡したくない。

「私では、不服でしょうか・・・」

か細い声が、しなだれるように座り込む櫻井さんの口から漏れた。

「私のような女郎では、龍輔様の相手は不足でしょうか。」

搾り出した呟きが、その弱々しさとは裏腹な切実さで僕に訴えかけてくる。

「やはり、娼婦というものは汚らしいとお考えなのでしょうね・・・仕方の無いことでございます。所詮は身体を鬻ぐことでしか皆様のお役に立てない、賤しい存在なのですから。」

「ちがっ、そうじゃなくてっ・・・!」

「でしたら、私に務めを果たさせてくださいまし。」

再び膝元まで迫った櫻井さんが、そっとその手を僕の脚に乗せる。

「12の頃の私を買い付けたパトロンの許では、私はさながら玩具でした。私自身、次第に自分のことを人間以下の愛玩用の生物だと認識するようになりました。」

するすると、彼女の手が僕の内腿を這い登ってくる。

「私はこの組織に救われたことで、やっと人間になれたんです。ここの皆様にご奉仕して喜んでいただくことが、私の人間としての価値の証明なんです。」

もういいんじゃないか?このまま身を任せてしまっても・・・頭の奥で、そんな声が聴こえた。

「私を不要と仰らないでくださいまし。私に生きる価値を与えてくださいまし。」

潤んだ瞳が懇願するように僕を見上げていた。

そうだ、これは彼女のためなんだ。それで彼女の心が救われるなら、僕は彼女の願いを叶えてあげるべきじゃないのか?

「後生です龍輔様。どうかご慈悲をくださいまし。」


・・・いや、違う!


何かおかしい。彼女の訴えにはどうも違和感がある。

大体、僕はBCLに所属したばかりの新米なんだ。それ以前まで櫻井さんの言う通りこのシステムが回っていたのであれば、今更僕1人の判断次第で人間としての価値とやらが失われたりするものだろうか?

違う・・・そう、違うんだ。櫻井さんの言葉は彼女のための論理じゃない。これは僕のための論理だ。

それなら仕方ない、彼女のためなら・・・そう思わせるためのロジック。

劣情に流されたわけではない。あくまで彼女を助けるためなんだ・・・そうやって、自分を説得するための言い訳を、彼女は僕に用意したんだ。

ダメだ、絡め取られる。身体の熱が我が意を得たとばかりに暴れ狂う。

向こうが煽ってきたんだ。上等じゃないか。

貪れ、征服しろ、蹂躙し尽くせ・・・

か細いその肢体を覆い潰してしまえ。

渦巻く情動に自意識が飲み込まれそうだった。

僕は今どんな顔をしているだろうか?

路地裏のチンピラ、下卑た視線を投げつける男共、ショウ、寺門。

おぞましいほどに醜悪な顔、臭気を放つ心・・・僕は奴らに踏みにじられる側だった。

だけど今、僕は彼らを踏みにじる力を手に入れた。不条理にエゴを押し付ける身勝手な連中を排除する力を。

なのに僕自身が連中と同じになってどうする。

僕の激昂を無視するかのように、ヌルヌルと心のヒダに入り込んでくる汚らしい触手。

嫌だ・・・嫌だ!僕を侵さないでくれ。出て行ってくれ。出て行け!僕の中からっ・・・

「やめろおおおおっ!!!!」

気力を振り絞って、僕は櫻井さんの身体を跳ね除けた。

「・・・龍輔さ・・・」

「やめろよ!!何してるんだよ!!出て行けっ!出て行けよっ!!」

興奮で身体がブルブルと震える。張り裂けそうな心臓を押さえ付けながら、僕は必死に櫻井さんを睨んだ。

櫻井さんは少し寂しそうに笑うと、ふうっと1つ溜息をついた。

「かしこまりました。ご不快な思いをさせてしまいまして誠に申し訳ございません。どうかご無理をなさらず、何かございましたら遠慮なくお申し付けくださいね。」

黙ったままの僕に丁寧なお辞儀をして、櫻井さんは言われた通り部屋を出て行った。


静寂の戻った部屋。それは僕が望んだ静寂だ。

ようやくもたらされた冷たい静けさも、しかし僕のこの熱を冷ますには至らなかった。

逃げ場を失った灼熱が針となって僕を苛む。

「おっ、おえっ・・・」

首を絞めるような圧迫感に、僕は2度3度とえづいた。

胸が苦しい。身体がバラバラになりそうだ。

ダメだ、自分を保てない。どうにかなってしまう。

「ああああっ!!があっ!!!!」

ベッドに押し付けた枕を、僕はひたすら殴りつけた。


ドスッ!!ドスッ!!ドスッ!!ドスッ!!


殴って、殴って、殴って・・・

仕舞いには汗の迸る額を打ちつけてもなお、僕の身体に宿った何かは出て行かない。

「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」

枕に顔を埋める僕の耳に届くのは、自分の荒い息遣いと暴れる心臓の鼓動だけだった・・・

この空間に、僕が変わらず僕であることを証明してくれるものは何も無かった。


コンッ、コンッ


再び鳴り響くドアのノック。

一気に頭に血が上った僕は、ドアに向かって怒鳴りつけた。

「出て行けって言っただろぉっ!!」

なんで構うんだ、なんで放っておいてくれないんだ。僕をどうしようっていうんだ。


ガチャッ


「おー、何だ何だ。元気有り余ってるじゃねぇか。」

ドアから返ってきたのは意外な声だった。

「せ、芹花さんっ!」

「ったくお前寝すぎなんだよ。折角私が付き添っててやったのに全然起きねえんだからよ。」

僕の様子などお構い無しに、ずかずかと芹花さんが部屋に入ってくる。

ラベンダーの香水に混ざって、別の何かの香りが僕の鼻をくすぐった。

「・・・この匂いは・・・」

「おっ、気付いたか。ハーブティを淹れてきたんだ。お前もこっち来て付き合えよ。どうせ眠れないんだろ?」

相変わらずの強引さだが、まあ眠れないのも事実だ。芹花さんにとってはお見通しなのだろうか・・・怒鳴り声を上げたことについて訊きもせず、風邪引きがくしゃみをした程度に扱う芹花さんに、少しだけ心が軽くなった。

「ほらっ、早くベッドから出ろよ。こっち来いって。」

急かす芹花さんの声に重い身体を無理やり起こす。

「うっ、いてて・・・」

自分で思っていた以上に足腰に疲労が溜まっているようだ。ギシギシと関節が悲鳴を上げている。

「あははっ!まるでジジイだな。」

「・・・っ、怪我人に対して酷い言いようですね・・・」

まったく、本当に労わろうとしてくれているのか分からなくなってきた。

それにしても、芹花さんだって僕と同じくらいにきつい1日で、怪我もたくさんしているはずだ。それなのにまるでそんな素振りは見せずに平然としている。

腕や額を覆う痛々しい包帯が無ければ、つい半日前に生死を賭けたミッションを乗り越えたなんて信じられないくらいだ。

やっぱり僕の鍛えかたが足りないということだろうか。明日からはもっと頑張ったほうがいいかもしれない。


やっとのことでテーブルにたどり着き椅子に座ると、芹花さんは待ち構えていたようにポットを持ち上げ、思いの外繊細な手つきでカップへとハーブティを注いだ。

「ほらよ。」

透き通るような白磁が、小麦色の輝きに染められていく。

湯気とともにふわっと果実系の甘い香りが立ち昇った。

「いい香りだろ?カモミールだ。飲んだことあるか?」

「あ・・・いえ、初めてです。」

「味は保障するよ。昔は親父が仕入れて来た色んなハーブティを毎日淹れて飲んでたんだ。どんくさくて商才の欠片も無い親父だったけど、ハーブの目利きだけは一流だったんだぞ。」

卑下するような口調の中に、ほんのりとした温かみと哀愁が揺蕩っていた。

そうか、芹花さんの父親は、もうこの世にはいないんだ。

だったらハーブティの知識や習慣は、芹花さんにとって親から受け継がれた形見のようなものなのではないだろうか。

「ほら、冷める前に早く飲めよ。」

「はい・・・いただきます。」

芹花さんに促されてカップに口を付けると、爽やかな香りが鼻の奥で弾け、舌の上には思いの外豊かな甘みが広がった。

「はーっ・・・」

芳香と甘露が身体を駆け巡り、力の抜けた肩がすとんと背もたれに受け止められた。

「な?旨いだろ?これだけ質のいいジャーマンカモミールなら何も混ぜないほうが本来の風味を楽しめるんだけど、今日のは蜂蜜を垂らしてある。色々溜まってるときはこっちのほうが効く感じがあるんだよな。」

ハーブティの話をしている芹花さんは活き活きして見える。

よほどハーブティのことが好きなのだろう。どことなく芹花さんらしくない趣味だという感想は、心の中に仕舞っておいたほうが賢明そうだ。

何にせよ芹花さんのお茶を淹れる腕前が確かだということは、素養の無い僕にも分かる。

口に含むたび、重油のように絡み付いていた胸の淀みが爽やかな香りの清流に洗い流されていく。

本当に労わろうとしてくれているのか、なんて疑った自分が恥かしい。

芹花さんはとびきりの方法で僕を労わってくれてるじゃないか。

僕はまだ何も返せていない。いつも足を引っ張って、迷惑を掛けてばかりだ。

ごめんなさい・・・と言ったらまた怒られるだろうか。

だとすれば、もう1つ、僕は芹花さんに伝えなければいけない言葉がある。

失敗ばかりの僕を助け、命を救ってくれた芹花さんに・・・


「ありがとな。私を救ってくれて。」


僕が発すべき感謝の言葉は、しかしなぜか芹花さんの口から紡がれた。

「え、あ・・・何で・・・」

完全に虚を衝かれ、まともな言葉を発し得ない僕。

「“何で”はねぇだろ。私だって命の恩人には礼くらいするんだよ。」

(・・・命の・・・恩人・・・?)

芹花さんが何を言っているのかよく分からなかった。

「だ・・・だって、僕は何の役にも立ってないじゃないですか!何もできないまま迷惑ばかり掛けて、最後は結局、逆に芹花さんに助けられて・・・」

自分が情けない。僕には芹花さんにそんな言葉を掛けてもらえる価値なんて無いんだ。

それでも、無価値なだけならまだよかったかもしれない。

「何も・・・何もできなかったんだ。それどころか、僕は・・・」

思い出すだけでも反吐が出る。苦痛の末に訪れたあの恍惚感。

あの時、消えゆく己が自我をまるで超越者気取りで悠然と俯瞰する僕の頭の中から、芹花さんのことはすっぱり消え去っていた。

「全然助けてなんてないんだ!あのままだったら、僕は、芹花さんをっ・・・!!」


「おいっ、龍。」


不意に名を呼ばれて顔を上げた、その目の前に、芹花さんの顔があった。

長い睫毛に縁取られた琥珀の瞳が、瑞々しい輝きを放っている。

半ば呆けていた僕がその近さにようやく疑問を抱いた、その刹那・・・


頬を、唇の僅か脇を、柔らかな感触が包んだ。


綿毛のようにふんわりとした、それでいて朝露のように潤いに満ちた感触・・・

それが何かを考える思考すら丸ごと溶かしていく。

さらりと身体を撫でる長い髪から立ち昇るラベンダーの香りが、鼻腔から脳髄にまで流れ込んでくる。


ややあって、ゆっくりと離れていく芹花さんと目が合った。

優しく細められたその目に、僕はやっと今しがた起こったことを理解した。


・・・キス、された・・・


周囲の音が遠ざかり、自分の心臓の鼓動だけが鮮明に感じられる。

全身の感覚がおかしい。身体がまるで自分のものでなくなったみたいだ。

それは、今まで経験したことも無い、不思議な感覚だった。

ほんの僅かな接触で、僕の身体は魔法にでも掛かってしまったのだろうか。


「・・・聞こえてたよ」


僕の頬に感触をもたらした唇が、今度は僕の鼓膜をそっと震わす。

「・・・え・・・?」

「聞こえてたよ。お前の声。ずっと私のこと呼んでただろ?」

その口元には笑みが湛えられていた。

「何回も、何回も、バカみたいに私の名を叫びやがって。」

少しの意地悪さを含んだ声色で、くくっと笑う芹花さん。

・・・そうか、届いてたのか。

それが物理的な音だったのかどうかも怪しいけれども、“力”で繋がったまま発した僕の叫びは、芹花さんにちゃんと届いていたらしい。

どんな風に呼び掛けたかよく覚えていない。とにかく必死だった。それはまるで縋るような、いかにもみっともない叫びだったのではないか・・・そう思うと、自分のしたことが何だか急に恥かしくなってきた。

「あれが無かったら、私は戻ってこられなかった。お前が私を呼び戻したんだ。」

きっぱり言い切る芹花さんの言葉を聞くと、しかしそんなみっともなさもどうでもいいと思える。

「お前は最高の相棒だ。いい男だよ、お前は。」

ばんっ、と背中を叩かれ、僕は堪らず「いっ!」と声を上げた。

「だから、しゃきっとしろ!胸を張れ!お前はこの私が認める男なんだからな。」

芹花さんのビンタは僕にとって手加減が充分とは言い難いものだった。

だけどその力強さが、僕の中から濁った空気を吹き飛ばし、代わりに鮮烈なエネルギーを注ぎ込んでくれる。

僕の存在を真っ直ぐ肯定してくれる芹花さん・・・彼女がいなければ、僕はとても自分を保っていられなかっただろう。


「それじゃ、私はそろそろ行くぞ。ポットは置いてくから残ってる分は好きに飲め。」

「・・・あ、はい・・・」

ドアに向かう芹花さんの背を、僕は名残惜しさを胸に見送った。

「じゃあな、龍。」

去り際に一度だけ振り向いた芹花さん。

「・・・はい、お休みなさい。」

その顔には、不思議な程に静謐な笑みが浮かんでいた。



芹花さんがいなくなって1人きりになった部屋で、残ったハーブティを飲み干した僕は、再びベッドに横たわってケットにくるまった。

頬には、まださっきの感触がほのかに残っている。

あれだけ衝撃的な出来事があったのだ。しばらくは眠りに付けないだろうと覚悟していたが、睡魔は思いの外すぐに襲ってきた。

身体の中に宿った熱は先刻のように暴れ回ることも無く、ぽかぽかと春の日差しのように僕の心を温めている。

BCLという異常な組織で日々を過ごす中で、芹花さんの存在は僕にとってどれだけ大きな支えになってくれていることだろう。

明日の不安に押しつぶされることなくこうやって眠りに付けるのも、芹花さんがいてくれるからだ。

ミッションの壮絶さを知った今、もし芹花さんがいなかったら、きっと僕は組織での生活に僅かも耐えられないに違いない。


意識が夢の世界に落ちていく直前、僕はふと大切なことに気付いた。

(・・・あ、言いそびれた。お礼・・・)

お茶のことだけじゃない。本当だったら、僕のほうが言わなければいけなかった言葉だったんだ。

BCLに入ってから今まで、芹花さんには助けられっぱなしだった。本当に僕が何かしら貢献したことがあったのだとしても、それはきっと芹花さんが僕にしてくれたことに比べれば微々たるものでしかない。

そもそも、芹花さんこそ、僕にとっての命の恩人なんだ。

ちゃんと言わなきゃ。

感謝の気持ちを、面と向かってちゃんと伝えなきゃ。

ちょっと恥かしいけど、勇気を出すんだ。

たったそれくらいの勇気が出せなくてどうする。

まどろみの中で、僕は決意した。

言おう。明日芹花さんに会ったらすぐに、感謝の言葉を・・・



長かった・・・本当に長かった今日という一日が、僕の意識が闇に溶けるとともに、ようやく終わりを告げた。














芹花さんのBCL除隊の発表を僕が聞いたのは、その翌朝のことだった。

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