第6話 対戦 ――その③
「凄いよりうっち!強すぎだよっ!!」
帰りの道中、興奮冷めやらない様子で水那方さんははしゃぎ続けていた。
「ディーネちゃんがガーって来たところを、カウンターでこう、バーンバーンって。」
対戦のシーンを実演してみせる水那方さん。僕にとっては自分の手足でこんなに綺麗な技を繰り出せる水那方さんのほうが断然賞賛に値する。
「でも僕、負けちゃったけどね。」
結局、取れたのは2ラウンド目だけだった。3ラウンド目と4ラウンド目は、何とかディーネさんのライフゲージを半分くらいまでは減らせたものの、それが精一杯だった。
「ディーネちゃん相手なら仕方ないよ。もう何て言うかチートみたいな強さだし。あのディーネちゃんが1ラウンド落とすところなんて初めて見たよ!」
確かにディーネさんの強さは最早反則の域だった。1ラウンド取れたのは奇跡に等しい。どうやってあれだけ強くなったのだろう。BCLに所属しながら、日頃からゲームをやり込んでいるのだろうか。
(・・・そういえば。)
僕が地下施設に来てから今日で3日目だが、未だにリアルでディーネさんを見かけたことが無い。
他のメンバーとはよく顔を合わせるし一緒に訓練とかもするのに、ディーネさんにだけはまだ会っていないのだ。
「ねえ、水那方さん。ディーネさんってどういう人なの?」
「どういう人って、ああいう人だよ。明るくて、優しくて、ゲームがすっごく強い人。」
「えっと、そうじゃなくて、僕、実際に会ったこと無いから・・・」
「あ、そうだね。りうっちディーネちゃんに会ったこと無いんだよね。」
水那方さんは得心したようにうんうんと頷き、言葉を続けた。
「私も無いよ。」
「・・・は?」
今の訳知り顔での頷きは一体何だったんだと突っ込みたくなる。
「私も2年くらいチームにいるんだけど、ディーネちゃんには1回も会ったこと無いんだ。」
そんなことがあり得るだろうか。居住区エリアは決して狭くは無いしむしろ広々としていると言っていいが、それでもせいぜい10名程度を収容するためのものであることには変わり無い。
2年間1度も顔を合わせたことが無いというのはどう考えても不自然だ。
「水那方さんはディーネさんの部屋がどこか知ってるの?」
「う~ん、知らない。そもそも、ディーネちゃんってあの施設に住んでるのかなぁ。」
まあ、僕からしても当然そういう疑問が湧くところだ。
仮に住んでいるとすれば、部屋にずっと引き篭って生活しているということになる。
「櫻井さんが誰も入っていないような部屋に食事を運んだり、洋服を運んだりしてるのを見たことは?」
「んっと、そういうのも見たこと無いと思う。」
ディーネさんはどんなところにでも存在できる・・・そう薄野さんは言っていた。通信ネットワークさえあれば自身が施設にいる必要は無いのかもしれない。
「あっ、もしかして、ディーネちゃんって・・・」
水那方さんが思いついたように声を上げた。
「人工知能かもしれないね!」
いや、さすがにそれは無いだろう。あんなに自然な受け答えをする人工知能はSFの世界でしか有り得ないように思う。
「ちょっとディーネちゃんに訊いてみようよ!」
「え、訊くって・・・」
電話でもするのかな?と思ったところで、僕は自分の見落としに気付いた。
(そういえばディーネさんは、ミーティングのときもさっきのゲームセンターでも急に出てきて自然に会話に加わってたよな・・・)
それはつまり、こちらから電話を掛けなくても彼女は自由に僕らの会話を聞けるということだ。
受け答えをしていないときはディーネさんはいないと錯覚しがちだが、彼女はいつだって僕らの声を聞いているのではないだろうか。
「もしかして、僕らのこの会話もディーネさんは聞いてたりするの?」
「うん、よく聞いてるみたいだよ。いっつもって訳じゃないけどみんなの話の内容知ってること多いしね。」
水那方さんの答えに、僕は小さくない衝撃を受けた。いつ自分の会話が聞かれているのか分からないというのはかなり気味が悪いが、BCLの他のメンバーはそれを受け入れているのだろうか?
「それじゃ、話し掛けたらいつでも応えてくれるってこと?」
「大体ね。ああでも、夜中とかは寝てるみたいで話し掛けるだけじゃ反応してくれなくなったりするんだけど。」
「あ、なんだ。やっぱり人工知能じゃないじゃない。」
「え?なんで?」
「だって寝るんでしょ?」
「人工知能だって寝るでしょ。」
まあ確かに間違ってはいない。とは言っても、実用的なオペレーターとしての人工知能ならば眠りを実装する必要性を全く感じないのだが。
「それじゃ、ディーネちゃんと話すから、りうっちもイヤホン付けて。」
そう言って、水那方さんがワイヤレスイヤホンを片耳に付ける。それは僕にも支給されている品だった。
「空中にいきなり声が湧いたらみんなビックリしちゃうからね。近くに人がいない状況じゃないと、これ無しで話してくれないんだ。」
確かにさっきのゲーセンでは台に人が集まり始めたらディーネさん全く喋らなくなった。あの手品さえ使わなければただのオンフックとさして変わらない気もするが、その場にいない人の声が響いていたら目立ってしまうという点では同じことかもしれない・・・そう納得しつつ僕は水那方さんに倣って自分のイヤホンを耳に付けた。
間を置かず、水那方さんが弾んだ声でディーネに呼びかける。
「ねえねえ!ディーネちゃん聞いてる?ディーネちゃんって人工知能なの?」
いくらなんでも唐突過ぎるその質問に、僕は吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。
『そうだよ~~。』
しかしさすがにディーネさんのこのあっけらかんとした返答には堪えきれず「ぶっ」と吹き出してしまう。
「わーーーっ!やっぱり!・・・って、どうしたの?りうっち?」
「い、いや、どうもしないけど・・・冗談ですよね?ディーネさん。」
『あはは、人工知能だったらいいなーとは思ってるんだけどね。』
「えぇっ!騙したの!?ディーネちゃん酷いよー!」
ディーネさんのいい加減な受け答えに水那方さんはご立腹の様子だ。
『ふふ、ごめんね。私だって人工知能の方がよかったんだよ。だけど、私が存在するためにはどうしても、あのみすぼらしい肉の塊が必要みたいなんだ。』
どう反応すればいいか分からないディーネさんの発言。
冗談と捉えて笑えばいいのだろうか?
ディーネさんの声色は深刻なものではなかったが、しかし冗談とも言い切れない何かを僕は感じていた。
「ふーん・・・それって、体がいらないってこと?私は体あったほうがいいけどなー。たくさん動くの楽しいし。」
躊躇無く話題に踏み込んでいった水那方さんが、シュッシュッと軽くパンチを数発宙に放つ。
美しい動きだ。これだけ上手く動かせる身体を持っているなら楽しくて当然かもしれない。
『そうだね、さっちゃんの身体は宝石みたいに綺麗だからね。そんな身体だったら私も大事にしてたかも。』
「ほ、宝石って!ないない!そんなこと無いよ!マメとか傷だらけだし、女の子っぽさとかも全然ないしっ!」
必死に否定する水那方さんが見ていて面白い。
『さっちゃんはホントに凄く綺麗だって!ねぇ、龍クンもそう思うでしょ?』
「え?えっと・・・」
いきなり話を振られて、僕は慌てて言葉を探した。
不意を突かれたせいで上手く頭が働かない。
結局、僕の口から漏れ出たのは、先程のシャドーを見て抱いた正直な感想そのままだった。
「・・・あ、うん、その、綺麗・・・だと、思うよ。」
「う~~~~っ!!!!」
ボグッ!
「いたっ!!・・・え?・・・な、何?」
唸り声を上げた水那方さんにいきなり殴られた。
僕が咄嗟に発した言葉を思い返してみても否定的な内容は含まれていなかったように思うが、一体何が気に障ったのだろう・・・
「りうっちの嘘吐き!私のこと凶暴な男女だって言ってたくせにっ!」
「えぇっ?い、いや、そんなこと一言も・・・」
まさかまだ昨日のことを根に持っているのだろうか?
大体、僕は水那方さんの冗談を聞くまで彼女が女の子であることを微塵も疑っていなかったのだから、そんなに怒るんだったら解釈しづらい冗談を言うのはやめて欲しいところだ。
『あははっ!もう、さっちゃんも照れなくていいのに~』
そもそもこの会話の流れはディーネさんへの質問から始まったはずだが、当のディーネさんはいつの間にか話の主役を水那方さんに押し付けて気楽そうに笑っている。
『ところで、龍クンってすっごく格ゲー強いね!』
ついさっき僕を徹底的に打ちのめした張本人に言われても言葉どおりには受け取れないが、これほどのプレイヤーからそう声を掛けてもらえるのは素直に嬉しくもある。
「でしょ~~!ふっふっふ、ディーネちゃん一強の時代はもう終わったのだよ。師匠の強さに恐れ慄けっ!」
水那方さんの切り替えの早さを僕も少し見習うべきかもしれない。
「い、いやいや!ディーネさんのほうが凄いですよ!全然歯が立たないなんて、初めての経験ですし・・・」
『1ラウンド奪っておいて全然歯が立たないってのは無いでしょ。何て言うか、龍クンの戦い方って面白いんだよね。』
「・・・面白い?」
『うん!凄く!型に嵌らないって言えばいいのかな?普通はある程度強くなると、こうしなきゃいけない、って決まったやり方に凝り固まっていくんだけど、龍クンのは自分なりの戦い方を自由に模索してるように見えるんだよね。
1つ1つの技を見ると首を傾げたくなることもあるけど、全体を通して見ると、ああなるほど、そういう考え方もあるのか・・・って納得できて、凄く楽しいよ!』
(・・・え、そうなのかな?・・・う~ん・・・)
自分では全く意識していなかったことなので、自分のプレイがそんな評価に値するのかはまるで実感が無く、何とも言えない。
「それにしても、りうっちは格ゲー強いのになんで実際の格闘はダメなんだろうね。」
予想外の方向から投げ掛けられた水那方さんの疑問に僕は面食らった。
『・・・あのね、さっちゃん。格ゲーのスキルと実際の格闘とは関係無いと思うよ?』
ディーネさんのその返答が僕の心中の全てを代弁していた。
「う~ん、リアルの格闘の感覚って、ゲームと結構似てると思うんだけどなぁ。」
水那方さんが何気なく空中に繰り出したハイキックが鮮やかな軌道を描く。
「でも、現に僕はリアルじゃ弱いしね。それに、逆にリアルでは凄く強いのに格ゲーは全然ダメって奴も知ってるよ。」
「へぇ~!そんな人いるんだ!りうっちの友達?」
その質問に対する答えを僕は知らない。あいつが今、僕のことをどう思っているのか、もはやとっくに忘れ去って平穏な日常を過ごしているのか、知る術はない。
「・・・うん、友達だよ。大事な、友達。」
もう友達とは呼べないのかも知れないが、しかしそれは僕があいつに見放されるという話であって、僕があいつを見放すわけではない。
『それって、もしかして鈴掛治樹って男の子のこと?』
「えっ!?な、何で知ってるんですか?」
ディーネさんの言葉に僕は思わず訊き返した。
『何でも何も、龍クンの身辺は一通り調査済みだしね。でも、あの鈴掛クンって子があんなに強いなんて予想外だったけど。』
「何それ!?なになに!?どれくらい強いの?私とどっちが強い?」
『あのマーくんが、“奴は鍛えればモノになる”って言ってたからね。ただの一高校生にそんな感想を漏らすなんて、ちょっと信じられなかったな。』
「え~~~っ!!会ってみたい闘ってみたい!!りうっち紹介してよ~~~っ!!」
大はしゃぎの水那方さんとは逆に、僕は自分の顔から一気に血の気が引いていくのを感じていた。
「ディーネさん・・・あいつは・・・治樹はただの友達で、もう僕とは無関係なんですけど、変なことに巻き込んだりはしないですよね?」
たとえ興味を持ったとしても、鉄真が治樹に格闘指南する状況なんて有り得ないし、あってはいけない。
『あはは、そんなに警戒しなくていいって。マーくんのは単なる感想だし、あっちが関わってこない限り何も起こらないから。』
他意は無いように思える。気の回し過ぎかもしれないが、100パーセント信じてもいいものか判断がつかない。
『外部の人間と接触するのは機密上のリスクがあるからね。特にメンバーの縁故者とは不可避な理由が無い限り接触なんてしないよ。』
確かにそういうものかも知れない。納得できる説明が聞けて僕はひとまず胸を撫で下ろした。
ただ、胸中に飛来した安堵には幾ばくかの不純物が混ざっているようにも感じられた。
治樹が巻き込まれることを僕が懸念しているのは、治樹の身を案じてのことだろうか?
その気持ちは嘘ではない。僕のせいで治樹に危険が及ぶなんて絶対に嫌だ。
しかし、僕の中に存在する“懸念”はそれだけでは無かった。
もし、何かの巡り合わせで治樹と再び顔を合わせることになったら・・・
僕は、治樹と会うのが怖かった。
今の僕に対して治樹は一体何と言うだろうか。どういう顔をするだろうか。どんな目で見てくるだろうか・・・
治樹の前に立つことを想像しただけで、強烈な不安が胃の底からせり上がってくる。
その時僕は、何を言えばいいのか。どんな顔をすればいいのだろう。治樹の顔を見ることができるだろうか・・・
そういう場面が訪れたとして、僕は、治樹の視線に耐えられる気がしなかった。
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