神都へ

神都へ (1)

 ゼロが、記憶を取り戻した。



 彼はほんのひと呼吸のあいだ過去をて、再び戻ってきた。何がきっかけになったものか、しかしその瞬間に目が合ったことは偶然ではないと思う。

 凍りついた冬空から涙がこぼれ落ち、たまりかねて伸ばした腕に湯上がりの髪が飛び込んでくる。

 嗚咽も慟哭もなく、熱っぽい息と力加減を忘れた抱擁だけが彼の激情の発露だった。寝間着は涙を吸ってあたたかく湿り、その妙な生々しさが同情も、憐憫も、労りも届かぬと知らしめる。

 僕がいる。大丈夫、しっかりして。どんな言葉も届くまい。いま、それらは何よりも無力で、シャイネは黙って広い背に手を置いていた。

 涙を流すゼロを抱きしめているうちに、窓の外が白んできた。追い求めていた記憶をようやく手にしたのに、こんなふうに泣かねばならないなんて。ハリスのように、過去の後悔と恐怖にもみくちゃにされて泣きわめくのならともかく、何もかも押し殺し、耐え忍ぶ涙はつらい。


「思い出したの……?」


 間抜けにすぎる一言に、肩に額を押しつけてゼロが頷いた。

 思い出せてよかったという気持ち、思い出してしまったのかという気持ち、今まで通りではいられないだろう不安、かすかな終わりの予感。まとまらない気持ちが好き勝手に暴れて胸が破れそうだ。


「おれは……アーレクス・ウォレンハイドは、あの日、石卵を使った」


 潜められた低い声が体全体に響いて、どきりとする。ゼロを抱く手に力がこもり、応じて彼の手のひらが背中を覆った。


「うん」

「おれの姉が、石卵を使った。だから止めなきゃって思って、咄嗟に……でも……」

「……うん」


 告白と同時に血でも吐いているのではないかと心配になった。ゼロの背を撫でるが、強張りは解けない。


「間に合わなかった。イシュレアも、マリエラも、王も王妃も、みんな死んでしまった。どうしておれだけ生き残ってしまったんだろう」


 記憶を取り戻した彼の中に住まうは、愛を捧げた水の半精霊イシュレアだ。きっと、彼女を死なせた後悔と無力感と絶望が、記憶を封じてしまったのだろう。精霊のことも、女神のことも、何もかも全部。

 骨が折れんばかりに抱きしめられているが、彼が望んでいる相手は自分ではないのだと思うと、空虚さで全身が軋む。

 湯上がりの匂いをさせていた身体もすっかり冷えている。風邪をひいてはいけないと、シャイネはわずかに動く手先で上掛けをたぐり寄せ、大きな背をくるんだ。

 顔を上げたゼロと目が合う。薄明の中でも、冬空の眼に映る精霊の金茶をはっきりと見分けることができた。


「驚かないんだな」

「母さんから聞いてたから。全部ではないけど」

「やっぱり。……イシュレアのことも?」


 背中に回されていた腕が解けて、冷たい指が頬をなぞる。かたちを確かめるように、優しく何度も往復し、まぶたを、耳を、唇を、次々にたどる。止めてと言えないでいるうちに、理由のわからぬ震えがはしって、弁解する間もなく上掛けが戻ってきた。

 これまでにも何度か選択肢が示されたが、安易に流されなくて良かったと思う。誰かの代わりになるなんてまっぴらだった。そのくらいの自尊心はある。


「レイノルドさんに言いつけようか」

「本気で殺されかねんからやめてくれ」


 剣呑なことを言いつつ大あくびをするものだから、少しも緊張感がない。それでも、苦しげに泣くよりはずっと良かった。


「聞きたいこととか、確かめたいこととか、朝になったら全部答えてもらうからね」

「もちろん」

「……一緒に寝てくれとか言うつもりじゃないよね?」

「こっち来るか?」

「来てくださいお願いします、の間違いだろ」


 唇を曲げて衝立の向こうへ去るゼロを見送って、冷えきった寝台に転がる。頭の中はぐちゃぐちゃだったが疲労には勝てず寝入ってしまい、目を覚ましたときにはすっかり明るくなっていた。どこもかしこも怠く、起き上がる気になれない。

 昨夜は、夢に落ちてどうにか抜け出してきたところへゼロが戻ってきて、そのまま起きていた。どう考えても睡眠不足だが時間が惜しい。

 重い体を叱咤して階下に降りる。宿泊客はほとんどが朝食を済ませているようだった。閑散とした食堂の隅の席に落ち着いて、熱い茎茶を啜る。

 遅れて下りてきたゼロも同様にぼんやりしていて、しょぼくれた目をしきりにこすっていた。


「あー、シャイネ。とりあえず、何でもいいから訊いてくれ。答えるから」

「うん……まあ、そうだよね」


 彼の話をすべて聞くとなれば、時間がいくらあっても足りない。聞き知った話とゼロの記憶を突き合わせて、過去に何があったのか、いまどんな状況かを把握するのが先決だ。


「ええと、じゃあ……」


 本当に知りたいことは、それほど多くはない。話すうちに増えるだろうが、そのときはそのときだ。


「僕、ゼロのこと、これからもゼロって呼んでいいの? アーレクスって呼んだほうがいい?」

「どっちでも、好きなふうに呼べよ。……しょっぱながそれか?」

「重要なことだと思うんだけど」


 ゼロは肩をすくめるだけで答えなかった。朝食の盆が運ばれてきて、しばし黙る。小ぶりの蒸籠せいろを開けると、ふんわりと湯気をまとった色とりどりの野菜が姿を現した。黄色い四角いものは卵焼きのようだ。冷めないうちにと箸を取る。


「それからね……ゼロの前に、お姉さんが呪卵を使ったって言ったよね。どうしてそんなことになっちゃったの。滅びの原因は卵でいいんだよね?」


 ゼロは遠くを見て考え込んでいたが、やがて難しい顔のままぼそりと呟いた。


「そうだ。それが肝心なとこなんだけど、積み重ねだから話すと長くなるな……ざっくりまとめると、痴情のもつれってやつか」

「……は?」

「姉は何でだか国王に惚れててさ。もちろん、陛下は見向きもしなかった。いくら女神教の中枢に近い血筋だからって、高貴さとは何の関係もない。女神教をことさらに重んじることもなかった国だから余計にだ。アレクは怒った。それで、どかんだ」


 たったそれだけのことで国が滅び、数えきれないほどの人々が命を落としたのか。もっともっと複雑な、政治的な思惑や複雑なかけひき、利権やら陰謀やらが絡んでいるとばかり思っていたのに。怒って壊すなんて、子どもの癇癪ではないか。


「だから、いろいろあるんだよ。国王は精霊を重んじてたけど、姉はそうじゃなかったとかさ。まあ、身内の恥ってやつだ」


 いろいろ、などと一言で片づけられたところで、納得できようはずもなかった。失われた多くの命、そしてこれまでに調査に訪れた人々、もしも二度目があればと怯える人々に対して申し訳が立たなさすぎる。


「ね、それってレイノルドさんも知ってるの?」

「どうだろう。ただ、アレクと陛下が揉めてたのは知ってるし、神殿長になったんなら卵のことも知っただろうから、滅びの原因だって予想してるはずだ。そもそも女神教に下ったのだって、ウォレンハイドうちが関わってるって思ったからだろうし。あの人も半精霊と結ばれたのは聞いたか」

「義兄弟なんだってね」


 そうだよ、とゼロは気まずげに視線を泳がせた。いささか意地の悪い言い方だったのは認めるが、カヴェでの一件はひどすぎた。


「でも、なんでゼロを責めるの? ゼロは別に」


 いや、とシャイネを遮り、彼は何やら考えにふける。しばらくの沈黙ののち、ゆっくりと話し始めた。


「アレクは卵を持ってなかったんだ。石卵は神都で管理されていて、おれは長男で、女神の力を持ってるからってひとつ持たされてたんだけど……あの人に卵を渡したやつがいる。恐らくアンバーだな。王と揉めてることを知ってて、焚きつけたんだろう」

「アンバーって、女神教の一番偉い人でしょ。その人がク・メルドルを滅ぼすためにってこと? そんなにお姉さんは向こう見ずだったわけ? それにその卵、使った人まで殺してしまうなら、武器としてはぽんこつでしょ。意味ないじゃない」

「アンバーは、何て言うのかな、見た目もいいし口もうまいし、立ってるだけで品格があって……人の上に立つべきだって思わせる力があるんだ。両眼の色が違って、立ち話してるだけで変な気分になる。アレクにあることないこと吹き込むなんて、何てことないだろうさ」

「何それ、詐欺師みたいなの?」


 ゼロは右頬だけで笑った。


「小さく言えばそうだな。街の東の森にはヴァルツやソラリスがいたし、イシュレアもマリエラも国にいたから、まとめて消すには都合がよかったんだよ。アレクは真面目だし、冷静で頭も切れるんだけど、その分突き抜けたときに周りが見えなくなるっていうか、手がつけられなくなるっていうか、熱くなりすぎるんだ。……それでも、石卵を使うとは思ってなかった。教義には忠実な人だし、つまらん学術書も熱心に読んで、女神教について誰よりも詳しかったから、あの卵を使えばどうなるかもおれよりずっとちゃんと把握してたはずだ」


 いっそう慎重にゼロは語る。


「アンバーははじめからク・メルドルを滅ぼすつもりだったんだろう。アレクが大司教として放り込まれたのだって、その性格を利用されたのかもしれない。ウォレンハイドの長子で、かくあるべしって躾けられるままに育って、大司教になって……でも、女神の力は授からなくて、弟たちはできが悪いし、国王は精霊を重用するし。おれが言うのもなんだが、あの人にとってはあまりいい環境じゃなかった。異動願を出すとか、表面だけ取り繕うとか、やり過ごさずに正面からぶち当たったから、こんな……。団長はきっと、そのあたりのことに気づいたんだ。それで、おれに対して怒り狂ってる」

「だから、そこでどうしてゼロが出てくるわけ」


 ほんのかすかに、自嘲ともとれるかたちに唇を歪めて、ゼロは呟いた。


「おれは女神の力を授かって……ゆくゆくは『いとし子』として起って、アンバーの独裁を止められる力を持ってるはずだからだ」


 ああ、とシャイネは吐息をこぼす。女神の子。半魔クロアにそう呼びかけられた意味も理解したことだろう。マジェスタットでの邂逅がお目こぼしだったことも。


「それも聞いたけど……持ってるはずって?」

「残念ながらおれは、力を受け継いだだけで、力の使い方は知らないんだ。力を受け継いだ奴は特徴的な熱を出して伏せるから、誰が力を受け継いだかってのはすぐわかるんだが、実際に力を使えるようになるのは半分くらいらしい。厳密には、力を受け継いだ奴のことを『女神の子』、実際に力を使えるようになったら『いとし子』って呼んで祀り上げるみたいだな」


 そんなばかな、と思ったが、シャイネとて精霊を使うやりかたや声の出しかたの手ほどきを受けたわけではない。女神を遠ざけて生きてきた彼がいまだに力の使い方を知らないとしても、一生知らずにいるとしても、おかしくはないのかもしれなかった。


「でも、ゼロは精霊を感じたんでしょ? ディーの声が聞こえたんでしょ。女神の力って、そのことじゃないの」

「さあな。父は力を使えずにいとし子になれないままだったし、アンバーとおれとじゃ力の性質が違うから……ああそうだ、神都と女神教の支配を巡って、ウォレンハイドとメイヒェムが吠え合ってるようなざまでさ、ほんと滑稽なんだ。父がいとし子になれなかったもんだから、おれこそは、って気持ちがあったんだろうな、椅子に縛られてぶん殴られながら経典だの歴史書だのを暗記させられて……」

「ひどいね」

「昔の話だ」


 首を振って、ゼロは組んだ指に額を乗せる。


「なんでアレクが女神の力を授からなかったんだろう……。団長はさ、あの通り自分にも他人にも厳しい人だから、滅びを止められなかったことでおれを憎んでる。おれが自分の生まれにきちんと向き合って、アレクを止めることができていれば国は滅びなかったし、マリエラも、イシュレアも死ななかっただろうって」


 とうとうと流れる水のごとく、話は続く。つい何時間か前まではまったくの白紙だ

った記憶は、今はびっしりと描き込まれた絵画だ。そこに悔恨が暗く影を落としている。


「それから、卵はあんたがぶ炎や火薬とは全然違う性質のものなんだ。解放されたら、周囲の生命を喰らって巨大化して、ありとあらゆる命を喰らい尽くす。精霊も魔物も人間も、見境なしだ。使用者が死ぬかどうかは、使い方による」


 ひとつは、と彼は指を折った。


「自分の命を捧げるやり方。もうひとつは、自分以外の命を捧げるやり方。つまり、生贄だ」


 生贄、と物騒な単語を口の中で転がす。マジェスタットの路地で、アンリがそんなことを言っていなかったか。


「ネズミとか蛇とか、そんなのじゃだめなの」

「卵は命を喰って威力を増してゆく。最初に注いだ命が大きければ大きいほど、成長が早い。ネズミなんかじゃ、人を殺せるまで何時間もかかるだろう。で、重要なところは、何を目標にするかってことだ。言葉を選ばずに言うなら、何を殺したいか、壊したいかってことな」


 朝食の皿はすでに下げられ、食後の茶が入った器も手をつけられることのないままに冷めてゆくばかりだった。


「自分の命を捧げたとき、卵は破壊を終えるまで止まらない。生贄を使ったときは、破壊の途中であっても使用者を殺せば卵は消える」


 ゼロは卓上で固く指を組み合わせた。


「あの人が何を生贄に選んだのかは知らない。でも、血溜まりの中で姉がぼんやり突っ立ってるのを見ても、どうしても剣を向けられなかった。大嫌いだったし、許せないし、関わりたくないと思ってたけど、どうしてもだめだったんだ。だから、自分の命をくれてやるから、アレクの卵を喰えと命じて……ただ、おれが生きてるってことはあの人も死んでないかもしれない。理由はわからないけど、何かが不完全だったんだろう。もしかすると他にも生き残りがいるかもしれない」


 全身に残る傷は卵に喰われた痕だと、暗い声で付け加える。レイノルドに斬られたのではない、と。


「じゃあ、ク・メルドルには精霊がいなくなったの?」

「たぶん」


 精霊がその場にいないということが想像できなかった。どこにいても何かしらの精霊は存在する。少なくとも風や、水や、大地や、いしが。それらの精霊がいない、それがどういう状態なのかがまったくわからない。

 ゼロは大きく息をついて、ぬるくなった茶を注いでくれた。濃く出すぎて、苦い。それとも明らかになった真相がそう感じさせるのか。


「覚えてるかな、カヴェでさ、青服にぼこぼこにされた日に、夢をみたでしょ。それがレイノルドさんの夢だったんだ。滅びの前のク・メルドルで、ゼロとお姉さんが喧嘩してた」

「え、そんな前から知って、黙っててくれたのか」

「だって、ゼロが知らないのに僕だけが知ってるのって、ずるいもの。精霊の力だし、見ようと思って見たわけでもないから」


 続けるほどに言い訳がましくなるので、言葉を切って湯飲みに口をつけた。やっぱり苦い。


「気を遣わせたな」

「そんなことないよ。人の夢を覗くなんて、気持ち悪いと思われるのがいやだから黙ってただけ。でも、もうしない。しなくてよくなったもの。もちろん、必要があればするけど」

「じゃあ、巧くできるようになったんだな。頼もしいねえ」


 大きな手が湯飲みを置いた。内緒話をする格好で卓に乗り出すので、シャイネもならった。


「あんたはイシュレアの代わりなんかじゃない。……それもまた、薄情だと思うか?」


 朝からする話ではないと思ったが、今でなければ機を逸するのも確かだった。薄情だとか、後釜だとか、代替だとか思う気持ちも捨てきれないが、こうして打ち明けてくれる誠実さは信用したかった。


「そんなことない。僕だって同じだ」

「へえ。キムってやつは、そんなにおれと似てる?」


 とたんに意地悪げな表情になる。調子に乗るなと口が尖った。


「そんなことは言ってない」


 髪と眼の色は同じだが、何を言ってもからかわれそうな気がした。ゼロは眼を輝かせてにやにや笑っていたが、ふと表情を引き締めて席を立った。


「支度しろ」

「どこへ行くの」

「ナナのところ」




 幸い、ナルナティアは家にいた。都に着いてすぐ、北西の農業都市メリアまで仕事に出ていて、昨日戻ったばかりなのだそうだ。

 彼女はシャイネの快復を喜び、シャイネも独走と無茶を詫び、ジェン・カッツが許したからという理由でこの話はお終いになった。

 ゼロが記憶が戻ったことを告げ、滅びの真相を語ると、難しい顔で頷いたナルナティアもまた、レイノルドに頼まれて情報を流していたのだと打ち明けた。


「兄はカヴェに戻ってるよ。そうそうは神殿を離れられないって」


 裏から、賑やかな物音と歓声が聞こえる。水場からはくつくつと何かを煮込む音がした。生活の場に持ち込むには、あまりに血なまぐさい話題だ。知らず、顔をしかめていた。


「兄は復讐を望んでる。あんたに、ではないかもしれないけど。あの人はやるって言ったら必ずやるよ。知ってるだろ」

「もちろんだ。団長とはきっちり話をつける。おれにも責任はあるんだから」


 ナルナティアは荷が下りたと言わんばかりに、大仰に肩をすくめた。


「そこまで言うなら止めないけど。……もう、流血沙汰はごめんだよ」

「善処する」


 どうだか、とシャイネは思う。

 レイノルドは呪卵を欲していた。それで何を破壊するのかといえば、神都か、女神教の首座たるアンバー、もしくはゼロしかない。けれども、ふたりを亡きものにするためだけに呪卵を使い、周囲を巻き込むだろうか。それとも、復讐のためならば手段を選ばないのか。残された者の辛さや哀しみを、シャイネは想像することしかできない。

 カヴェ神殿でレイノルドと向かい合ったときに卵を奪われなかったのは、彼の情けなのかもしれない。何もかも失った義弟を目の当たりにして良心が咎めたか、事を荒立てたくなかったか。問答無用でこちらを叩きのめし、力尽くで奪い取ることも難しくなかっただろうに。

 けれども、容赦も一回きりだろう。改めて顔を出したところで、卵を奪われて不幸な結末を迎えるだけだ。泣いていたソラリスのためにも、彼を止めなくてはならない。


「で、どうやってカヴェまで戻るつもり? 東回りとなると、時間がかかるけど」


 学問の都からカヴェに行くには、来た道を戻るのではなく、神都まで西進してメリアへ北上するほうがずっと近い。ゼロは悩む様子も見せなかった。


「神都に向かう」

「魔物だらけだよ。それに、神都にシャイネを連れていくのはまずいだろう」

「神都では一泊するだけだ。長居はしない。道中に関しては、腕のいい傭兵が目の前にいる」

「……あたしらは高いよ」

「そこは仮にも家族っていうことでさ、頼むよ、


 ぐ、とナルナティアは息を呑んだ。口元がむずむずしている。何だかんだ言っても、彼女がゼロのことを気に入っているのはシャイネにもわかった。凄腕の傭兵が押し負けるさまなど、なかなかお目にかかれるものではない。

 神都。女神の都。

 呪卵によって拓かれた地で栄える都。

 およそ自分とは縁がないと思っていた都へ向かう。

 どうにも実感がなくて、奇妙にすかすかした疎外感と浮遊感を抱えながら、頼もしく輝く冬空の眼を見つめた。

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