王の血族

王の血族 (1)

 へっぴり腰で棒立ちのままの男の手元に刺突剣を捻じ込み、短剣を弾き飛ばした。ディーの軌跡は見えているはずだが、暗闇の中では遠近感が掴めないのか、剣を構えることさえしない。

 落ちた剣を探しあてることはできまいと見切りをつけ、隣の男に向き直る。衝撃から立ち直ったか、彼は腰を落として槍を構えた。

 刺突剣で槍を絡め取ることはできない。さらに、丸腰とはいえもう一人いるのだから、長引かせたくはなかった。


『おいで!』


 短く叫んで、突風を招く。穂先に近い部分と、両手の中間にぶつけて木製の柄をへし折った。駆け寄り、動揺する槍の男の腹にディーの柄を叩き込む。


「えっ、あれ、う……ぐえっ」

『縛って』


 身体を二つに折ったところへ森をんで蔓草を伸ばし、縛り上げた。


『ハッハァ、楽しいなあ、シャイネ!』


 ディーが凶暴に笑う。乗せられてはいけない、叩きのめすことではなくて、尋問が目的なのだ。そのためにも、手加減はしない。力の差を見せつける。けれど、やりすぎてはいけない。


『ディー』

『はいよ』


 弾き飛ばした男の短剣を、ディーに命じて錆びつかせる。反撃はおろか、呼吸も忘れた様子であんぐりと大口を開けたままの短剣の持ち主を、同じく草で縛り上げた。ひゃあああ、と情けない悲鳴を上げた尻を蹴って両膝を突かせる。闇を払った。


『また召んでね、姫様』


 精霊の力を知らぬ者からすれば、恐怖は当然の反応だった。シャイネが手品師でないことくらいはわかっているだろうが、何がどうなっているのか理解の及ばぬまま、辺りが闇に覆われ、槍が折れて蔓草でぐるぐる巻きになっているのだから。

 男たちはたったの一撃すら繰り出すこともできず、さっきまで小馬鹿にして嘲笑していた子どもに圧倒されたのだ。冷静でいろという方が無理だろう。

 大がかりなものではないが、矢継ぎ早の召喚で喉が悲鳴を上げる。思いきり空気を貪りたかったが、喉がひゅうひゅう鳴りそうなので我慢した。細く長く、呼吸する。


「……さてと」


 肩の疼きは無視を決め込むことにして、シャイネは縛られた短剣の男に向けて刺突剣をぶら下げた。目を合わせたくないのだろう、覆面から覗く血走った眼はあちこちに逃げ、視線が定まらない。


「そんなに怖がらないで。言ったろ、手品なんだよ。種も仕掛けもちゃあんとある。……それでさ、誰に頼まれたの」

「言うと思うか」

「言ってくれると思いたいな」


 刺突剣を手の甲に乗せ、くるりと一回転させて、握る。切っ先を男の眼球に寄せた。


「剣を構えたままの姿勢保持は基本じゃないか。僕だって教わったよ」


 激しく瞬きを繰り返す男の目に、涙がにじんだ。まだまだ、足りない。


「でもさ、見ての通り怪我してるし、疲れてるし。手元が狂っちゃうかもしれない。刺さるとすっごく痛いと思うよ。たぶん失明しちゃうね」


 斬られる痛みと突かれる痛みでは、後者が酷く感じられるという。男がそれを知っているのかどうか、眼球を抉られる痛みを想像しているのは覆面を濡らす脂汗からも明らかだった。息が弾んでいる。あまり身体を動かして、自分から刺さりに来るなんてことがないといいのだが。


「魔物の巣を潰してきたばっかりなんだよね。魔物の血は一応流してあるけど、職人さんにお願いするみたいにはいかないから、毒が残ってるかも。眼に浴びたらどうなるのかなあ。あっ、でも、くり抜いちゃうなら関係ないか!」

『おまえさ、割と悪役向いてると思うよ。ひっでーな』


 ディーの楽しんでいるような、呆れたような声と、男の泣き声が同時に上がった。


「わかった、知ってることは言う! 言うから!」

「じゃあ、誰に何のためにいくらで雇われたのか教えてくれる?」


 剣は引かない。男の顔色が青くなったり赤くなったりしているのを興味深く眺め、息が苦しそうなので覆面を取ってやった。見覚えのない顔が気まずそうにシャイネを見上げたので、切っ先を再び目元に寄せた。

 自分が同じ目に遭ったら、どの程度まで黙っていられるのだろうと思う。そんな事態に陥らないのが一番だけれども。


「俺らを雇ったのはダム・バスカーだ、知ってるだろ、商人の。ここの洞窟に潜ってる連中を待ち伏せて、荷物ごとかっ攫って来いってさ。報酬は一人当たり金貨二枚」


 六人分で金貨十二枚、さらにシャイネとゼロが前金として受け取った金貨一枚ずつ(銀貨五十枚で支払おうとしたのをゼロが恫喝して、金貨一枚を支払わせたのだ)、合計金貨十四枚。大金である。


「……ということは、僕たちがあんたらを縛り上げてバスカーのところに行けば、その金貨十二枚は僕らのものになるわけか」


 ぶはは、とディーが笑っている。男は何か言いたげに口をぱくぱくしていたが、結局は沈黙を選んだ。

 荷物ごとかっ攫って来い、ということは、魔物の巣を潰すことが本来の目的ではなかったということになる。ここで、あるいは道中で、ゼロとシャイネが手に入れたであろうものが欲しかったのか。すごい宝でも眠っていたのだろうか。

 いや、重病人を隔離するための洞窟だとゼロが言っていたではないか。個人の財産にせよ、盗品にせよ、洞窟が使われなくなってから宝を隠して、そこに偶然魔物が棲みついた、という順番になる。

 それならどうして、最初から魔物狩りと宝の回収をまとめて依頼しなかったのだろう。宝が何であっても、報酬に口止め料を乗せてもらえれば皆黙るだろうに。


「よくわかんないな……それにさ、僕たち別に宝を見つけたとか、何かを拾ったとか、そんなことしてないんだけど。それとも道中お疲れでしょうって、あんたらがバスカーのところまで運んでくれるってこと? 馬は?」

「……魔物にやられたよ。バスカーの思惑なんざ知ったことか」


 素人じゃあるまいし、馬を連れてきたなら馬を守れよ、と飛び出しかけたのを無理やり飲みこむ。

 拾ったものといえば、奇妙な石ころだけである。赤く光った不気味な石。あれが欲しかったのだろうか。あんな恐ろしいもの、こちらから引き取ってくれるよう頼みたいくらいなのに。


「もういいや。次、僕らの前に現れたら命はないよ。わかってるだろうけど」

「も、もちろんだとも」


 ゼロと合流して話を組み立てよう。男の背を蹴って地面に転がし、先ほどからそのままの姿勢で震えている槍の男にも一瞥をくれ、シャイネは西に向かって歩きはじめた。


『もう一回、目隠ししておいて』


 念のため闇に命じ、ふと思いついて風を召んでもうひとりの覆面をはぎ取り、髪を縞状に刈った。これで滅多なことは考えないだろう。

男たちの悲鳴に背中を押されるままに、足を速める。ランタンを木の枝に吊ったまま忘れてきたことに気づいたのは、東の空が白んでからだった。



 夜が明け、白い朝陽に急かされてカヴェの東門を通った。ゼロには追いつかれなかったし、門番に尋ねてみても戻ってきたふうではない。風も大地も知らないと言う。

 どこで落ち合うか、場所を決めていなかったことが今さらながら悔やまれる。身体の重さが倍ほどにも感じられた。

「すぐに追いつく」「待ってる」などと格好つけたのに、締まらない。

 依頼を受けるときには宿城で待ち合わせたから、彼の定宿も知らない。宿城の主人と知り合いのようだったし、後で尋ねればよいだろう。まず身体を清めて食べて眠って人心地ついてからでも、怒られまい。むしろこのなりでうろつく方が迷惑だ。

 疲れたし眠いし肩は疼くしで、痛い痛いと毒づきながらも小走りで宿に戻った。宿を選んだ理由の一つが、いつでも湯を使えることで、魔物狩りに行ったのだと伝えると、深夜番の老婆がすぐさま薪を用意し、火を焚いてくれた。

 いつでも湯屋が使えるという利便性の裏返しとして、浴槽も洗い場も狭い。少量だから新しい湯がすぐ使えるというわけだ。着替えだけを持って湯屋に籠もり、魔物の血と旅塵で汚れた洗濯物を桶に放り込む。破れた服と包帯、傷に当てていた布は魔物の血と薬で斑に染まっていたので、焼却用の袋に捨てた。

 骨や腱に異状はないが、二の腕にかけてごっそりと持って行かれた傷はまだ乾いておらず、しかしそんなことよりも何よりも、あたたかな湯気の誘惑を振り払うことはできなかった。悲鳴を噛み殺しつつ湯を浴び、盛大に泡をたてて全身を洗い上げる。

(……石鹸)

 ゼロはどうしているだろう。もうそろそろ戻っているだろうか。彼はほとんど無表情に長剣を扱い、魔物を斬り、的確に傷の手当てをした。

 精霊に興味があるのだと言って憚らず、シャイネの眼を見ても、実際に精霊を召ぶところを見ても驚きこそすれ、恐れる様子はなかった。

そればかりか、声を「綺麗だ」などと言う。変わっている。得体が知れない。

彼がバスカーの依頼を受けるなと言ったり、一緒に行くなどと言ったり、一貫した態度を取らないから悪いのだ。男装するなら石鹸を使うなとかずけずけ踏み込んできて、言いたい放題やりたい放題ではないか。

 思えば、カヴェに来てから騒動に巻き込まれっぱなしだ。わけのわからない男、わけのわからない商人、わけのわからない依頼。誰か筋道立てて話ができるやつはいないのか!

 足で踏んで汚れ物を洗いながら、怒りを発散させる。湯を使って血行が良くなったのか、頭に血が上ってきたのか、傷口から出血し始めたので、仕方なく切り上げた。

 晒し布で胸を押さえる慣れた作業も、片腕ではずいぶん手間取ったし、きちんと巻けない。胸を押さえなければ男装がかなわないほどの豊かな肉付きではないのが悔しいが、背筋が伸びるし温かいし、何とはなしに安心感があるのだった。

 傷は新しい布を当てて包帯で留めておく。洗濯物を干し、軽く食事を済ませて施療院へ向かう際にも、賑わいの中に黒い旅装を見つけることはできなかった。

 迷子になりそうなほど広い施療院を訪ねると、すぐに外傷専門の棟に行くよう指示され、改めて傷を洗い、縫合してもらった。旅人や狩人ふうの余所者だけでなく、転んだとか船の見張り台から転落したとか、馬に蹴られたとか様々な理由で街中から人々がやって来ていた。

 緊急性が高いと判断され、シャイネは早々に治療を受けることができた。敷地内の薬草店で痛み止めの薬草茶を買い足して宿屋街に戻ると、ちょうど昼食のかき入れ時で、一帯は活気にあふれていた。

 売り子の大声、海風に翻る色とりどりの幟の合間を、食事を求める大勢がそぞろ歩く。客が列をなしている軒先もあれば、予約のみの受け付けで扉を閉ざしている店もある。昼間っから陽気な歌声が弾け、別の一角では怒鳴り声とともに食器が割れる喧噪が緊張感を招いていた。

 こんなに賑やかなところと、雪深く静けさに満ちたノールまでが地続きだなんて信じられない。目眩がして日陰に入った。

 露店や屋台を見て回ろうかと思ったが、財布の中身に思いを馳せて諦めた。施療院にかかるのも痛み止めもただではないから、余計な出費は控えたかった。カヴェには長くいるつもりだし、また機会はあるだろう。

 あと少しで宿に着く、というその時、濃厚な精霊の気配に顔を上げた。

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